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六月の初恋 1/3

 旧校舎へ通い始めてもう一ヶ月が過ぎようとしていた。梅雨へと季節が移り替わり始めたこの頃、元々陽の当らないこの校舎はより暗くなり、部室もジメジメしてかび臭くなりはじめ、私たちは日ごとに憂鬱な気分になっていった。


 私は美子といつものように部室へ入り、そこにいる三人の先輩方にごきげんよう、と挨拶する。初めの頃は緊張して緊張して、先輩方とほとんど何も話すことなく一日を終えていたのだが、一ヶ月も経つとすっかり解きほぐれ、今ではどの先輩方とも等しく仲良く話している、と思う。


 美術部、いやこの美術同好会にはたった4人の生徒しか在籍していなかった。3年生は、眼鏡をかけた田辺先輩、体格の良い山崎先輩、そして花時計の王子様である岡田進先輩の3人であった。あと一人は少し背丈の小さい2年生の佐藤先輩だ。佐藤先輩は卓球部と掛け持ちしているようで、この一ヶ月この部室には一度しか顔を出すことはなかった。忙しい人なのだ。


 始めて来た頃は、岡田先輩から毎日違うお題を出されて、それを部室に置いてあったスケッチブックに見よう見まねで絵を書いていた。私も美子も元々絵に全く興味がなかったため、最初のそれはあまりにも悲惨だった。帰宅する前に出来上がったそれを先輩方へみせると、笑われ、岡田先輩には頭を抱えられた。自分の顔が赤くなり、とても恥ずかしい思いをしたことはつい先日のように思い出される。その後は、少しずつ書き方や、力の加減方法とともに色の濃淡の出し方などを教わりながら、毎日絵を書き続けた。今では大分成長し、人に見せても恥ずかしくはない程度にまで上達した。



 

 ある日、いつものように美子と部室に行くと、岡田先輩はおらず、田辺先輩と山崎先輩がめずらしく絵を書いていた。実は先輩方が絵を書いているところを一度も見たことがなかった。彼らは部室ではいつも、勉強か、前日に聞いたラジオの考察か、学生運動に対しての意見など、毎日違うことをその日その日で楽しんで行っていたのだ。私たちは近づいて彼らの絵を見る。それは私たちが初日に出されたお題の『鉛筆』の絵を書いていた。私たちは笑った。だって、当時の私たちと変わらないくらい下手だったのだから。


 「美術部っていってもいいんですか?結構ひどいですよ」美子が涙を拭きながら言う。


 「君たちを見てたら、僕らも書けると思ったんだが、難しいな、絵って」山崎先輩が鉛筆をおいて、私たちを見る。「岡田と佐藤以外は部員と名乗ってはだめだな」


 「違いない。この微かな線の違いで全く違うものになるからな。よく、こんなに長く集中して絵なんてかけるものだ」田辺先輩も彼に同意する。


 私たちは彼らの鉛筆とは思えない絵をみながら、「なんで先輩方はこの部活にはいったのですか?」とふとした疑問をぶつけた。


 「そりゃあ、岡田が絵が好きだからだよ。あいつと一緒に入部したんだ」


 「まあ、最近ぱったりと書くことはなくなったけどな」


 「そういや、植田君はやつの絵を見たことがあったんだっけ?」山崎先輩は私の目を覗き込みながら聞く。私はつい目を逸らしてしまった。「岡田の絵、壮大で綺麗だったろ?教師からも一目置かれていたんだぜ、だから絶対どこかの美術大に進学するものとばっかり俺らも思ってたんだけどな」


 私は壮大、という言葉に引っかかった。確かに綺麗で可憐な絵ではあったが。


 「進学しないのですか?」美子が首を傾げ、そう尋ねる。


 「ま、世の中うまくはいかねえよ」苦笑いを浮かべる山崎先輩に代わり、田辺先輩が答える。「親父さんが反対したんだ。ま、決めるのは本人だが、親父さんに従うだろうな」


 「やっぱりあの噂の通り…」


 美子が口を挟むと同時に、「違う」とどちらの先輩も叫んだ。「噂なんて嘘っぱちだ。あいつも親父さんもお互い憎みあってなんかいない。時代だよ、俺らのこんな時代のせいだ」山崎先輩がそのまま続けて強い声で反論した。私たちの間には気まずい空気が流れたが、「でも、あいつがまだ絵を書いていると知ってほっとしたよ」と、またいつものような人懐っこい笑顔を浮かべ呟く。山崎先輩のおかげで少し空気が和んだ。




 「今日はこれでおしまい、さ、帰ろ」


 誰かがそう言ったのを合図に皆でいつもより早く部室を後にすることになった。私は何か煮え切らない思いを抱えたまま、美子と帰路についた。


 




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