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五月の再会 4/4

 「演説っていうか、なんか激しい討論会だったね。あれ?あのアメラジアン*の先輩がどうかしたの?」目が合ったまま動けない私に美子が尋ねてきた。「あの先輩色々噂がある人だよね。どれがまことかは分からないけど」


 色んな噂ってなんだろう。私はそういうことに疎かったため、美子の言っていることが良く分からなかった。でも、噂とか関係なくもう一度彼と話したいとなぜか強く感じた。


 「あの人が百合子の言ってる噂の花時計の王子様なの」私は消え入るような小さな声でようやく打ち明けることができた。


 「うそでしょ、あの混血の人?」美子が目を大きく見開いた。小さくうん、と首を振る私をみて美子は「梅子もなのね」と何故か優しいため息をつく。そして、「話すきっかけ何か作らないと」美子はつぶやき、あろうことか私の腕を掴み、教壇の前まで引っ張っていく。が、美子が花時計の王子様に話しかける前に、隣にいた眼鏡をかけた先輩に「あれ?あの時の保健室の子?」と話しかけられた。


 「あの時はお世話になりました」と軽く会釈をしながら私は答えた。


 「もう、大丈夫なの?」


 「はい。すっかり良くなったようで」


 美子は足をとめ、私をみる。「あれ?梅子って、先輩に知り合いいたっけ?」


 「うん、あちらと、あちらの先輩は保健室で…その、美子が体調悪くなったあの日の…」そう言って、眼鏡の先輩と、体格の良い先輩を紹介する。


 「え!?あの日の?」美子は顔を赤らめ、「もう、体調は万全です。その節は、色々ありがとうございました」と先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、今にも消え入りそうな声でそうお礼を言う。


 「君だったのか、調子が良くなってなにより」眼鏡の先輩はにこにこしてそう言う。「ところでどうしたの?前まで来て」


 「もしかして」先ほど下で会った体格の良い先輩が不思議そうな顔をして聞く。「イールズ声明の質問とか?」


 「女子が興味あるとは思えないけどな」先ほどまで後ろにいた花時計の先輩が急に威嚇するような声で話に参加してきた。


 「そんなことを言うな」「もう女子もまつりごとに参加する時代になったのだぞ」など、先輩方が花時計の王子を非難する。


 私は苦笑いを浮かべて「あの…、そうではなくて…」と口ごもった。なんて返すのが正解なのだろう。私は自分の計画性の無さにだんだん悲しくなってきた。


 そんな私を見かねて、「美術部…」と思わず美子が言葉を漏らす。「私たち美術部に興味があるんです」


 「美術部にかい?」眼鏡の先輩が聞き返す。


 「はい、一度絵を拝見したことがあって…」私は美子の急な提案に乗ることにした。心の中で美子に感謝を述べながら話を続ける。「私もあんな人の心を動かすような絵を描きたいんです」


 先輩方は混乱していた。私の言っていることがよく理解できていないようだった。ただ一人、彼を除いて。


 「あの絵はそんなものじゃない」花時計の王子はやはりとても低い声でつぶやいた。「早く忘れてくれ」


 そんな彼を他の先輩が驚いた顔で見たのが私の目に入った。だが、「でも、妹が…」と私は気づかないふりをして続ける。百合子に心の中で謝りながら。「あなたの絵をとても気に入って、部屋に飾っているんです。私も毎日見ていて、とても安らぐあの絵を私も書いてみたいんです」確かにあの時の絵は百合子の机に飾られている。嘘はついていない。


 私たちの間に痛々しい沈黙が流れた。無理な話だったかしら。私はとても不安だった。美子の顔も、先輩方の顔見れず、ただ、目線を下に落としていた。


 「美術部というのは名ばかりで、部員もほとんどいないから同好会なんだ」体格の良い先輩が沈黙を破ってそう答えた。「それでもよければ、来週から放課後おいで。この部屋に。大したことなんて誰も教えられないけど」


 おい、と怒る花時計の先輩を静止しながら、その先輩はこうも続けた。「ただ、もし僕らの活動の邪魔になりそうなら、問答無用で出入り禁止にするからね」


 絵のことなんて興味は一ミリも本当はなかった。ただ、ここで彼との縁を終わらせたくなかった。たったそれだけのためのとっさについた嘘に、彼らは気づくことなく、私たちを歓迎してくれた。


 「絶対に邪魔は致しません。ただ…家の…、お店の手伝いがあるので長くは参加できませんけど、それでも問題なければ是非」


 美子も私と同じく頭をさげて「よろしくお願いいたします」と言ってくれた。


 「関係ない。じゃあ、また来週」そう言って花時計の先輩は、足早に教室から出て行った。


 その後を他の先輩方が追いかけるようにして「またね」と言いながら退室していく。廊下で何やらボソボソ話している雰囲気が感じ取れたが、声が反射してよく聞き取れなかった。


 彼らの部室に私と美子だけが残った。美子がにやにやして、「感謝してよ」と私を肘で突く。私は自分の心臓の音をぼんやりと聞いていた。それはとても激しく打っていたのだが、決して嫌なものではなかった。




 こうして私たちは再会し、奇妙な関係が始まることになったのである。


*アメラジアン

 アメリカ人(主に軍人)とアジア人との混血をさす。

 1953年頃に初出された言葉。

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