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調査を始めた、手がかり見つけた。

 リルと別れた一行は、警邏の詰所の門をくぐった。

 シンプルな建物の中へと入ると受付のような所へガスパルが声をかける。するとすぐに担当らしき警邏がやってきた。


「どうも、責任者のレイモン・ラグコーだ。改めてよろしく頼む」

「エリシュ王国騎士団第七部隊所属のガスパル・シュラールだ」

「同じくエヴラール・バラントです。はじめまして」


 ガスパルに続き、外套を脱いでエヴラールも身分証を提示する。

 身分証を確認してこっくりと頷いたレイモンは、視線を涼夏へと移した。


「そちらのお嬢さんは?」

「今回の件の重要参考人だ。諸事情で目も耳も口も聞けんがな」

「はぁ……?」


 そんな人間がどうやったら重要参考人になれるのかとでも言いたげなレイモンに、ガスパルは苦笑している。

 それでもレイモンは首なし殺人事件の対策本部室に二人を案内してくれた。

 既に部屋には何人もの警邏が集まっていて、二人の騎士を待っていた。二人に続いて入ってきた少女に誰もが訝しげな視線を向けるけれど、少女はその視線に怯んだ様子もなく、エヴラールに手を引かれて用意された椅子に腰かけた。


「待たせた。こちらがエリシュ王国騎士団より派遣されてきた方々だ。右からガスパル・シュラール殿とエヴラール・バラント殿だ。以上。では、これより同色持ち首なし殺人事件についての打合せを始める。概要からまずは確認する」


 レイモンが部下の一人を指名して、今回の事件のあらましを説明させる。

 一人目の被害者から順に、発見場所、被害者の名前、特徴、被害者同士の共通点、これまでに分かっていることが述べられていく。

 けれどもやっぱり調査はかんばしくないようで、犯人に直接つながるような手がかりと言うものは見つけられていないようだった。


「……どの被害者も、首が切られているのに現場の血痕は非常に少ないです。犯行は別の場所で行われたのを森や路地裏などに遺棄しているイメージです。もしかしたら、馬車などに引きずり込んで殺害しているのかもしれません」

「そのわりには車輪の跡は無かったが」

「森なのに足跡が無いのもおかしい」

「ならやっぱり魔術か?」

「現場には魔術痕もなかったんだ。モーリア家の魔術師のお墨付きだぞ。どれも難しくないか」


 一通り説明が終われば、部屋中ざわざわとあちこちで意見が上がる。その様子を見て眉をひそめたレイモンがガスパルとエヴラールに視線を寄越した。


「お二方、何かご質問などはございますか」

「まぁ、だいたい貰っていた事前資料の通りだな。手がかりがないに等しい。今まで目撃者がいないって言うのがなぁ」


 ガスパルがちらりとエヴラールを見る。視線を投げられたエヴラールはこくりとうなずくと、その場で立ち上がった。

 ざわついていた部屋中の視線がエヴラールに集まる。

 エヴラールは自分に集まった視線を見渡すと、静かになったタイミングで話を切り出した。


「今回の件で、重要参考人をお連れした。彼女は涼夏・鈴宮という。今回の事件の、第七被害者であり……また、運良く生還した人物でもある」


 部屋のざわめきが倍になる。

 ざわつく人たちに手を叩いてもう一度注目を集めると、エヴラールは話を続けた。


「彼女は犯人の顔を見ている。ただ、やはり面識のない人間のようで、現状犯人が白髪または銀髪であったということのみ聞き取り済みだ。目の色までは把握できなかったとのこと」

「ま、待ってください! 生還したって、首が切られなかったんですか!」


 警邏の中でも比較的若い者が声をあげる。

 誰もが思っていることを代弁した若者に同調してうなずいている者も多い。

 エヴラールはどうするべきかとガスパルと視線を交わす。

 するとガスパルはニヤリと笑った。


「後でリョーカちゃんには謝っておいてくれ」

「は?」


 エヴラールがうなずく前に、ガスパルは立ち上がった。

 それから涼夏の後ろにまわると、そっと帽子を外してしまった。

 現れたのは氷の頭。

 美しい氷の彫刻のようなその頭に、この場にいる誰もが絶句する。


「エリシュ王国騎士団ガスパル・シュラールの名において、リョーカ・スズミヤに関する事項は本案件のうち第一級機密情報として他言無用を命じる。……事情聴取をした結果、我ら騎士は彼女を今回の第七被害者として認定。及び重要参考人として認識している。この件に関して、質問は?」


 先程とはうって変わって静まり返った部屋の中に、ガスパルは満足そうに頷くと、リョーカに帽子を被せた。

 静かになった部屋の中、先程真っ先に声を上げた若者がポツリと声をもらす。


「それ、生きてるんですか……?」

「まぁな。だが首と頭を魔力で繋げているようで、かなりの魔力を消費しているようだ。その魔力をこのエヴラールが供給しているので、今のところは問題ない。彼女の望みは自分の首を取り戻すことだから、早期事件解決のために協力を申し出てくれたんだ」


 ガスパルの言葉に、徐々に部屋中がざわつきだす。

 やがてあちこちから質問が飛び交い始めたので、ガスパルやエヴラールは当たり障りのない範囲で彼らの質問に答えていく。

 その中で、涼夏の記憶の信頼性についても挙げられたが、そればかりはきちんと調査して裏づけをするべきであることは念を押した。

 それでもようやく事件解決の糸口が見つかったためか、警邏たちの声はやる気に満ちたものになってきた。

 そんな中でエヴラールから、ガスパルが身勝手に帽子を取ってしまったことと、頭を晒してしまったことに対する謝罪を受けていた涼夏があることを思いつく。


『エヴラールさん。私、犯人の頭、作れるかも』

『え?』

『私の頭と同じように、犯人の顔、作ればいいんじゃないかなって』


 エヴラールは涼夏の提案に瞠目した。

 確かにそれができれば、それはもう九割がた事件を解決したといっても過言ではなくなる。

 エヴラールはすぐにガスパルに声をかけた。エヴラールの代わりに警邏たちの質問攻めにあっていたガスパルの腕を引っ張り、そっと耳打ちをする。

 簡潔に涼夏の提案を述べれば、ガスパルも驚いたのか目を丸くしてエヴラールの顔をまじまじと見つめた。それからすっと手を上げて、警邏たちの声を遮る。

 声をエヴラールにだけ聞こえるように絞り、エヴラールに尋ねた。


「それができたら願ったり叶ったりだが……リョーカちゃんの魔力に余力はあるのか? 多分彼女は今、自分の生命維持と頭の氷の維持に相当魔力使ってるだろ。お前、その魔力までカバーできるか?」

「……リョーカ次第かな。ちょっと聞いてみる」


 ガスパルに諭されて、エヴラールは涼夏に向き直る。


『涼夏、君の魔力次第でいい。今すぐやっても魔力に余裕があるのならお願いするし、僕からの供給が必要になるなら、また日を改めてお願いしようと思う』


 涼夏の考える気配を感じていると、数秒後には涼夏から答えが返ってきた。


『たぶん、夜までは保つ気がします。魔力の消費を最小限にすれば大丈夫です』

『本当に? 無理はしていない?』

『本当。ありがとう、エヴラールさん。でも、私のためにもやらせてほしい』


 涼夏の強い意志の乗った言葉に、エヴラールはうなずいた。

 そしてガスパルにその旨を伝えれば、ガスパルからも了承の返事をもらえた。

 その上でレイモンに話を通せば、レイモンはやはりガスパル同様驚いた表情を見せたけれど、捜査が進むのであればと好意的な返事をくれる。

 そして警邏たちへとレイモンが説明をすれば、警邏もそれぞれの反応を見せ、またもや部屋中が騒然とした。

 この状態でどう涼夏に魔術を使ってもらおうかとエヴラールが考えていれば、涼夏はおもむろに立ち上がった。

 氷の頭の少女が立ち上がると、皆そちらに視線を持っていかれ、池に石を放り込んでできる波紋のように話し声が消える。

 エヴラールは今のうちにと涼夏の手を引いて、彼女を机の前へと導いた。

 机に触れた涼夏がおもむろにそこへと手をかざすと―――


「ほう、上手いな」


 レイモンが感心したように言葉を落とす。

 涼夏の手のひらから見えない魔力が注がれて、机の上に氷が出来上がっていく。

 最初は小指の爪ほどの大きさだった氷が段々と大きくなり、手のひらに収まるサイズになる。そして氷が削られるように、パキンと音を立てて形が整っていく。

 足、胴、腕、頭。

 小さな人間を作り出した涼夏は、その顔の造形まで細かく氷を削る。

 段々と彫られていく氷の人形の顔を見て、何人かの人間が息を飲む。


「……これは」

「どなたかお知り合いで?」

「知っているも何も……この男はフィルマン・モーリア。今回の事件にも捜査協力してもらっている、魔術師だ」


 レイモンの言葉に、ガスパルもエヴラールも天を仰ぐ。

 これは灯台下暗しだ。

 なるほど、犯人が犯人探しをする……なんという目くらましか。

 しかも人が簡単に暴くことのできない魔術師という領域において偽装をしている犯行は、かなり悪質だ。この場にいる全員が苦虫を噛み潰したような顔になる。

 その上。


「この男、モーリア家の次男だったな」

「あぁ。何度か社交界で見たことがある」


 その家名からもわかるように、このモーリア侯爵領を治める侯爵家の一員だ。しかも自領。国家権力ですら及び難い治外法権での犯行とくれば、もう確信犯とでもいうべき手際の良さだった。


「……モーリア侯爵邸内の捜査をする。関連施設もだ。各方面に通達。裁判所から令状をもぎとれ。目的は失われた首の発見だ。首さえ見つかれば動かぬ証拠になる」


 レイモンがテキパキと指示を出し始める。その様子を見たエヴラールは涼夏の手を取った。


『おつかれさま。君のおかけで忙しくなってきたよ』

『本当? 私お役に立てた?』

『十分さ』


 エヴラールは涼夏の頭をぽんと叩く。帽子越しにひんやりとした冷気を感じていれば、なんとなく涼夏がはにかんだような気配がした。



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