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帽子をかぶった、馬車に相乗りした。

 エヴラールは涼夏に昨日買った服一式を渡した。

 流石に一人では着るのは難しいだろうと思ったので、涼夏に与えたのは夜着に近いシンプルなワンピースだ。


「リョーカちゃんが操れるのは水と氷だけか。潜在的な能力があるのかと思ったけど、がっつりお前の魔力の影響が強いな」

「まぁ、炎とかよりは良かったんじゃないかな。頭が作れて、涼夏は喜んでる」

「そうだけどよぉー……。俺は不安しかねぇわ」


 涼夏が着替えている間、男二人で話し込んでいると、しばらくしてベルが鳴った。

 涼夏が着替え終わった合図を聞きつけて、エヴラールは寝室の扉を開ける。

 クリスタルから生まれた人形のような少女がいた。

 エヴラールはその光景に息を呑み、後ろから覗いていたガスパルもヒュウと口笛を鳴らす。


「これぞ芸術ってか。すごいな。人間離れした美しさってやつか? 顔のいいお前と並ぶとすっげぇ性癖歪められそう」

「冗談はよしてくれ」


 エヴラールは眉間にしわを寄せると、ガスパルを睨んでから寝室の中へと踏み出した。

 涼夏の手を取れば、言いつけ通りレースの手袋まで身につけてくれている。

 その手袋を恭しく外して、騎士服のジャケットのポケットにしまい込むと、改めて涼夏の手を握った。


『すごく似合っている。サイズはどう?』

『あ、ありがとうございます、大丈夫です』

『手袋の方は?』

『こちらもぴったりです』


 涼夏の返事に、エヴラールは神妙にうなずく。

 それからもう一度、外に出る時の注意事項を繰り返し聞かせた。


『この手袋は僕と一緒にいる時以外は外さないこと。僕以外の人間からうっかり魔力を吸い取ってしまうと大事だからね。僕も仕事中にごっそり魔力を吸い取られて倒れちゃうのも困るから、魔法もあまり使わないこと』

『はい』

『うん、それならよろしい。さぁ最後の仕上げだよ。頭はできたけど、本物じゃないからね。この帽子を被って隠そう』


 エヴラールが手繰り寄せたのは、昨日、婦人店で譲られたベール付きの帽子だ。

 ベールが絡まないように、丁寧に涼夏へと被せてやる。

 暗い色のベールはうまく涼夏の表情を隠してくれる。帽子さえ脱がなければ、うまく隠しきれそうなくらい、内側の秘匿性に優れているベールだ。

 扉のところから様子を伺っていたガスパルも異議はないようだ。同じ婦人の店で買ったからか、ワンピースとも相性が良くて、とても神秘的でミステリアスな少女が生まれた。


『大丈夫そう?』

『はい。問題ないです。帽子の感覚がないから、ずれたりしたら気づかないかもしれないのだけが、不安です』

『ずれないように僕が見ておくから大丈夫』


 涼夏に声をかけたエヴラールは、涼夏の手を引いた。


『さぁ行こう。急なことだったから馬車の手配ができてないんだ。乗合馬車に乗ることになるから、ちょっと歩くよ』

『わかりました。お願いします』


 緊張した声音で涼夏が返事をくれる。

 そういえば街に入ってから涼夏はこの部屋の外を自分で歩いていないことに気がついて、ちょっと過保護が過ぎたかとエヴラールは反省した。

 だけど目も耳も不自由な状態の涼夏を歩かせるのも偲びなくて、つい余計な申し出をしてしまう。


『やっぱり馬車停めまで僕が運ぼうか? 昨日みたいに』

『えっ、いや……恥ずかしいので大丈夫です。それに歩くのにも慣れておきたいので』


 すげなく断られたエヴラールがほんのちょっぴり肩を落とすと、涼夏から年頃の女の子らしい恥じらいの感情がじんわりと伝わってきた。昨日恥じらいがどうのこうのと言っていた手前、無理に強行することはできないので、ここは大人しく涼夏の自主性に任せることにする。

 ことさらゆっくりと歩いて、部屋を出る。宿を出て、大通りにある一番近い馬車停めへ。

 先に馬車停めに来ていたガスパルが馬車を引き止めておいてくれたおかげで、エヴラールと涼夏も無事に馬車に乗ることができた。

 馬車は六人がけのもので、ガスパルの他にもう一人、涼夏と同じようなベール付きの帽子を被った女性が馬車に乗っていた。


「大変お待たせしました。レディ、ご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ない」

「ふふ、大丈夫です。急ぐ用事でもないので、私のことはお気になさらず」


 エヴラールが体裁よく挨拶を交わせば、先に乗っていた女性は快く許してくれた。

 この四人以外に乗る人はいないようで、ガスパルが御者に出すよう指示を出す。

 ゆっくりと動き出した馬車に、涼夏がぎゅっとエヴラールの手を握った。


『どうしたんだい』

『あ、その、急に動いたから、びっくりしちゃって』

『あぁ、ごめん。発進すると伝えればよかったね』


 次はそうすると涼夏と約束していると、不意に同乗している女性が話しだした。


「ねぇ、不躾で申し訳ないけれど、それってベリンダの店の帽子?」

「ベリンダ?」

「そうね、ここの通りの……あの小道の先にある露店街に構えている婦人服専門のお店よ」

「あぁ、そうだよ。よく分かったね」

「もちろんよ! だって私、そのベリンダの娘だもの!」


 そう言って女性は自分の帽子を外した。

 帽子の中から出てきたのは赤い髪に赤い目をした、天真爛漫そうな少女だ。帽子のせいか、上品な女性と思い込んでいたエヴラールとガスパルは驚いて目を丸くする。


「ふふ、驚いたかしら。私はリル。ベリンダの娘よ。びっくりしちゃった、あなたがその帽子を被ってるなんて。お母さんったら、こんな大事なものを売ってしまうなんてひどいわ」


 リルと名乗った赤色の少女はまっすぐに涼夏を見てそう言うけれど、涼夏はうんともすんともいわない。

 何も言わない涼夏をリルが不審がる前に、ガスパルが助け舟を出す。


「あー、ごめん、その子に言ってるなら、本当にごめん。生まれつきの病気で、目も耳も聞こえないんだよ、その子。だから話すならこっちの色男を通して会話してやって。特殊な魔法で、この色男だけが会話できるから」


 ガスパルの説明にリルは驚く。

 それからおそるおそる、エヴラールに話しかけた。


「えっと、この子と話せる?」

「いいけど、その前に一つ。この帽子はマダムの善意だ。この子も君と同じだからってくれたものだから、そう母君を悪く言ってやらないであげて」


 絶世の美男子から切なそうな微笑みと共にそう言われ、リルは頬をポッと赤らめた。こくこくと非常に素直に頷いてくれたので、エヴラールは満足する。


「お前本当に顔面凶器だな……」

「なにか?」

「ナンデモナイデス」


 ガスパルが微笑一つで女性を手玉に取ってしまうエヴラールに当てこするように言うけれど、すぐになかったことにして話を切った。


「えっとそれじゃぁ、はじめましてって伝えてくれる?」

「もちろん」

「私はリル。よろしくね」

「彼女は涼夏。よろしくって言っているよ」

「まぁ嬉しい。握手をしても?」


 リルが手を差し出したことを伝えれば、涼夏も手を差し伸べる。

 微妙にすれ違った手を、嬉しそうにリルが握った。


「ふふ、そこのイケメンお兄さんの話しぶりから、あなたも同色もちなのでしょう? 嬉しいわ、久しぶりに同じ子と出会えた。安心したわ」


 心から嬉しそうにそう言うリルに、ガスパルが首をひねる。


「久しぶり? 身近に同色持ちがいたのか?」

「あぁ、そういえばガスパルには言ってなかったっけ」


 ガスパルに、涼夏の服を買いに行ったときの話をする。

 そこで世話になった婦人が、自分たちが追うことになっている首なし殺人事件の第三被害者の母親だったということ。

 そして、その婦人の娘、ということは。


「もしかして、ベル・アフネルの姉妹か?」

「もしかしなくてもそうよ。ベルは私の双子の妹だったの」


 これにはエヴラールもガスパルも驚いた。


「双子で同色持ちか。珍しいな」

「あぁ、だから有名って婦人は言っていたのか」


 ガスパルもエヴラールも、それぞれが納得して頷く。

 その様子を見たリルは、表情を曇らせた。


「……赤のリルと緑のベルっていう子供は、あの露店街じゃ皆知っていたわ。髪や目の色と同じように、性格も全然違った双子姉妹だったから。ベルは内向的で、母の仕事を継いだのだけれど、私はもっと人と関わる仕事がしたくて侯爵様のお屋敷に奉公に出たの。……まさか新聞で妹が死んだってのを知るなんて、思わなかったけれど」


 しみじみと語るリルに、エヴラールもガスパルも真摯にその言葉を受け止めた。

 これは被害者遺族の表裏ない気持ちなのだから、今後事件の真相に深く関わっていくためにも、二人は真摯に受け止めておく義務があった。


「この街も物騒になっちゃったわね。侯爵様のお膝元で殺人事件するなんて正気じゃないわ。そう思わない?」

「そうだな。だけどその事件ももうじき解決するはずだ」

「あら、なんでそんなこと言えるの?」

「俺たちが呼ばれたからだよ。ここだけの話にしておいてくれよな」


 そう言ってガスパルは、外套の内側から騎士の身分証を出してリルに見せた。

 案の定リルは絶句して、まじまじとガスパルを見て、それからエヴラールを見て、最後に涼夏を見る。


「王都から来た騎士様なの……?」

「そうだ。王がこの事件に大層心を痛めていたからな。俺たちが派遣されたんだ」

「えっ、それじゃ、もしかしてその女の子は……?」

「彼女は関係ないよ。僕のごくごく私的な付き合いのある子だから。体が不自由で世話する人間が僕以外にいないから、連れ歩いているだけだよ」

「それ、大丈夫なの? これから私、侯爵様の屋敷に戻る途中なんだけれど、これも何かの縁だし、お仕事の間だけでも預かりましょうか?」

「いや、大丈夫。彼女人見知りで、会話できるのも僕だけだから」


 リルが食い下がるのをエヴラールがうまくかわす。

 そうして話し込んでいるうちにも馬車は進み、警邏の詰所の前まで来た。


「あぁ、もうお別れね。馬車は本当に早いわ」

「それではレディ、先に失礼するよ」

「事件のことも、お母さんに伝えておけ、頼もしい助っ人が来たってな」


 馬車が止まり、御者が扉を開けてくれる。エヴラールが立ち上がり、涼夏の手を引こうとすれば、最後にリルが引き止める。


「これどうぞ。私達の安寧を守るために来ていただいた騎士様に感謝の言葉の代わりに。リョーカ、あなたにも。この街物騒だから、騎士様の側を離れては駄目よ」


 そう言ってリルは手のひらほどの小さな包を三つ、ガスパルとエヴラール、涼夏の手の上に順にのせた。


「母の手作りクッキー。お屋敷の子達と分けてって言われてたのだけれど、余分にもらっていたのでどうぞ」

「おう。ありがとう。感謝する」

「この期待にぜひとも応えられるよう、努めるよ」


 当たり障りなく謝辞を述べた騎士二人。

 そんな中、涼夏がおもむろに手を伸ばして、リルの手を取った。

 エヴラールは涼夏から感謝の言葉がリルに向けられていることに気づいたけれど、どうやらリルは涼夏の言葉が聞こえないようだった。


「レディ。涼夏も喜んでる。ありがとうと言っているよ」

「あぁ、そうだったの! いいえ、こちらこそ不躾にごめんなさいね!」


 エヴラールがリルの言葉を伝えれば、涼夏からも言葉が返る。二人の間で通訳をしていれば、後ろからガスパルに小突かれた。


「仕事。いい加減、警邏の奴らが困るだろうが」


 ガスパルの言葉を区切りに、三人は馬車を降りる。

 リルが馬車の小窓から手を降っていたことをエヴラールが涼夏に伝えれば、涼夏も手を振ってさよならをしたのだった。


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