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服を着た、見てしまった。

 エヴラールとガスパルが帰ってきた。

 涼夏はガスパルと直接会話はできないけれど、ガスパルは涼夏の肩を叩いて、ただいまの挨拶をしてくれた。

 エヴラールは出かける前に言ったとおり、服を買ってきてくれたらしい。これに着替えるようにと一式を渡してくれた。


『これがお湯。タオルはこれ。シャワーは危ないから、体ふくだけで我慢してほしい。僕もガスパルも、魔法がきちんと使えたら浄化の魔法で綺麗にしてあげられたんだけどね』


 ごめんよ、と謝るエヴラールだけれど、涼夏にとっては十分ありがたいこと。


『お世話してくれたり、服も買ってくれたり……感謝してもしきれないのに、不満なんてないです』

『そう? それならいいんだけど』


 顔が見られないってなんて不便なんだろう。

 表情があれば伝わるはずの言葉も、うまく伝わっていない気がする。

 一人で悶々としていると、お湯とタオルを用意していたエヴラールがさっき買ってきたばかりの服も側に置いてくれた。


『着ていた服はこの籠に。明日、宿の女将に洗ってもらおう。それじゃあ僕は隣の部屋にいるから。終わったらこのベルを鳴らすように』


 エヴラールは涼夏の手を取って、丁寧に物の位置を教えると、最後にベルの場所を示した。

 扉の閉まる音も何も聞こえないから、涼夏は心の中で、ゆっくり六十秒数える。

 エヴラールのことは良識ある良い人だと信じているので、着替えを覗くなんて低知能男子みたいな真似はしないだろう。涼夏はためらわず服を脱いだ。

 着ていた服は全部籠の中へ入れて、床へ置く。タオルを一枚手にとって寝台から降りると、床に置かれたお湯にタオルを浸して体を拭いていく。

 エヴラールたちに出会う前、散々歩き回って細かい傷をこさえていたから、傷にしみるのを覚悟した。けれども、肘や膝、すね、怪我をしたと思っていた場所に傷はなく、ちょっと拍子抜けだ。


 十分体を清め終わると、エヴラールが買ってきてくれた服を手に取った。

 手探りで服を広げてみるとワンピースのようだった。

 だけどここで問題が。


(下着は、どれっ?)


 ワンピースは見つけた。もう一つ、丈の長めのキャミソールらしきものも見つけた。だけど、パンツとブラらしきものが分からない。

 うんうん唸って、ようやく紐が四本ついた布がいわゆる紐パンと呼ばれるものなのではと気がついて、身につけてみた。裏表が合ってるか分からないのが困ってしまったけれど、縫い目を探って表だろうという面に当たりをつけた。

 ブラのようなものがないのは仕方がない。

 キャミソールを着て、ワンピースを着て、その上から幅広のベルトらしきものを手探りでつけた。


 着替えるだけでも一苦労。

 ふう、と心の中で一息ついて、涼夏はベルを鳴らした。






 涼夏が着替えている間、簡単な食事をして、ガスパルが打ち合わせてきた明日以降の予定を確認していると、隣の部屋からベルの音が聞こえた。

 すっかり食事も終わって、長いこと話し合っていた気がするので、涼夏にとって着替えがかなり苦労することだったのかもしれないとエヴラールは思った。

 話し合いを中断させて、エヴラールは立ち上がる。

 ガスパルに今までの話のメモにまとめるのをお願いして、エヴラールは奥の寝室に続く扉を開けた。


 閉めた。


「あ? どうした」

「…………」

「おーい、エヴラール?」


 閉めた扉の前でエヴラールが顔を覆ってしゃがみこんでしまった。

 ガスパルはきょときょとと目を瞬かせると、何かに気がついたようにニヤニヤとしだした。


「なんだ、事故ったのか? まだ着替え終わってないのに、うっかりベルがなっちまった感じか?」

「…………いや、着替えは、終わっていそうだった、よ」

「ならなんだ? 不思議な力で頭が戻っていたとか?」

「いや、違う、そうじゃなくて、…………あぁ……」


 エヴラールは深く深く、息をつくと、よろめきながらも立ち上がる。その耳が真っ赤になっているのを、ガスパルは見逃さなかった。


「おいおい、本当に着替えが終わってないなら入るなよ?」

「いや、終わってると思う。ワンピース着てたし、しっかりベルを持ってたから」

「んじゃ、なんでそんな赤くなる必要がある」

「あ、ああああ赤くなんかなってない!!」

「はぁ〜? 鏡見てから言えって。氷の騎士がこんな初心とか、城の侍女幻滅するぞ」

「別にどうだっていい」


 ガスパルの茶化すような言葉に、エヴラールはスッと真顔になった。その早変わりに、ガスパルはククッと喉の奥を鳴らして笑う。


「……とりあえず、中を片づけてくる。絶対に、絶ッッッ対に、僕が出てくるまで中に入ってくるな!」


 高らかに宣言して、エヴラールは奥の寝室へと手早く扉を開けて、猫のようにするりと入る。ガスパルが何かまた茶化すようなことを言っていたけれど、黙殺した。


 寝室の中で、涼夏は静かにベッドに腰掛けていた。

 夜着として渡したワンピースは白色にして正解だったと、頭の片隅で思いながら、エヴラールは視線を床に固定したまま涼夏に歩み寄る。

 そして跪いて、涼夏の手を取った。


 手を触れた瞬間、ビクッと涼夏の身体が跳ねる。

 けれどすぐに手を握り返してくれた。


『エヴラールさん?』

『あぁ、お待たせ。大丈夫だった?』

『うん。身体さっぱりしました。ありがとう』


 涼夏の言葉とともに、彼女が本当にありがたがっている心も伝わってきた。

 それにホッとしたエヴラールは、こほんと一つ咳払いする。


『あの、さ。服だけど……その……』

『もしかして後ろ前、逆です?』


 エヴラールの気まずさを感じ取ったらしい涼夏が、エヴラールの言葉を引き継ぐけれど、そうではなくて。


『後ろ前は、合ってるよ。そうじゃなくて……』

『あ、どこかボタンかけ違えてる? ボタン、首のところだけ外したから、大丈夫だと思ったんですけど』

『それも合ってて……えぇと』


 煮えきらない態度のエヴラールに、涼夏の困惑する感情が流れてきた。

 エヴラールはグッと一度呼吸を止めてから、深く深呼吸する。

 平常心は騎士の朋友である。


『涼夏、これが間違ってる』

『これ? ……このベルトですか?』


 涼夏の手を導いて、間違っているものを触らせる。

 すると涼夏がコレをベルトと認識していることを知って、エヴラールは一瞬呼吸が止まった。

 ベルト。

 異世界だと、そういうベルトもあるのだろうか。


『涼夏、これはベルトじゃないよ。コルセットだ。シュミーズの上からつけて、その上に服を着るんだ』

『しゅみーず……。え、ていうかこれ、コルセット??』


 涼夏が驚く声に、エヴラールはホッとする。

 コルセットを知らない訳じゃないのなら、問題はなさそうだ。


『そっか……これが噂に聞くコルセットなんだ……ごめんなさい、もう一回着替えますね』


 そう言うと、涼夏は迷わずコルセットを剥ぎ取った。

 それまで引き絞られて強調されていた腰と胸が、ワンピースのゆったりとした生地に隠される。

 エヴラールはまさか涼夏がためらいもなく着替え直し始めたのを見て、慌てて後ろを向いた。

 しゅるしゅると衣擦れの音がする。

 その音がやけに大きく聞こえて、エヴラールの心臓は全速力で走った後のようにせわしない。

 なんと言っても、十六の年と聞いたわりに発育が良かった涼夏の身体が瞼の裏にこびりついてしまっている。女性の体型にこれまで全く頓着してこなかったというのに、ようやく大人になる年頃の女性の体型を見てしまうことが、こんなにも恥ずかしいものだとは思わなかった。


 心頭滅却して涼夏の着替えを待っていると、衣擦れの音が止んだ。

 背中側に組んでいた手に、小さくて温かな指が触れる。


『後ろ向いていてくれたんですか? 下、キャミ着てるので、気にしなくても良かったのに』

『いや、君はもう少し恥じらいを持って。お願いだから。僕が悪い男だったらどうするの?』

『悪い男って……首なしの私にそんなことしようとする人なんていませんよ』


 あきれたような涼夏の心の声に、エヴラールはムッとする。


『首があろうとなかろうと、君が女の子であることに変わりはないだろう? そこはちゃんと、恥じらいなさい』

『はーい』


 手をつないでいるので、涼夏の表の気持ちだけではなく、ほんのりと裏の気持ちも感じ取れる。

 涼夏がいまいち理解していないのはお見通しだ。

 だからエヴラールは少しだけ懲らしめてやろうと、あることを思いつく。

 手を握っていた涼夏の腕をそのままさらい、背中を優しく倒して、ベッドの上に押し倒した。

 涼夏から焦る気持ちが伝わってくる。


『えっ、へっ? えっ? 倒れちゃった? なんで? エヴラールさんも一緒? 手、つないだまま……』


 わたわた手足をばたつかせる涼夏の首元に、顔を近づける。


 息を、吹きかけた。


『んきゃぁああああ!!!』

『悪い男は息を吹きかけるだけじゃ飽き足りないから、本当に気をつけるように』


 エヴラールが息を吹きかけた場所を押さえる。首があったらこくこくと涼夏は頷いていた。涼夏も子供ではないので、エヴラールが言いたいこともなんとなく察しがついた。


 分かればよろしい。


 エヴラールはほんのりと笑みを浮かべると、涼夏を抱き起こして、きちんとベッドに横になるようにと促した。


『疲れただろう? ゆっくりお休みよ』


 シーツをかけてやり、エヴラールは涼夏と夜の挨拶を交わす。

 やることもないので、涼夏は大人しくエヴラールの言う通りにシーツにもぐりこんだ。

 最後にもう一度おやすみの挨拶を交わして、エヴラールはベッドから離れる。

 お湯を片付け、洗濯物を女将に預けないといけない。

 一人で全部運ぶよりは手伝ってもらったほうが早いと踏んだエヴラールは、隣の部屋のガスパルに手伝いを願い出たのだった。



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