馬に乗った、街へ来た。
暗闇に金色の粒が見えるようになってから、男の人の声が聞こえるようになった。
エヴラールと名乗ったその人は親身になって涼夏の話を聞いてくれた。
そしてエヴラールはもう一人の同行者も紹介してくれた。
エヴラールの他にもう一人騎士がいて、その人はガスパルと言うらしい。
二人は国からとある事件解決のために派遣された騎士で、今はその事件の起きた街へと向かっている途中だという。
エヴラール曰く、涼夏はまだ生きているらしい。
なんでも首のところに魔法がかかっていて、頭さえ取り戻せれば元に戻るかも、と言われた。
そして運良く、エヴラールたちが解決のために呼ばれた事件というのが、首なし連続殺人事件だという。間違いなく、犯人が涼夏の首も持ってる可能性が高いのではという話になった。
『なんでもその殺人事件は、「同色持ち」の女性ばかりが狙われるそうで』
『同色持ちって?』
『髪と目の色が同じ人のことさ。この世界では魔力の種類によって髪や目の色が決まる。親から魔力を受け継ぐから複数の種類の魔力を持つことが多いのだけれど、ごくごく稀に、一種類しか魔力を持たずに生まれる子がいる』
エヴラールの馬に乗せてもらい、ぽくぽくと揺られながら相槌を打つ。目的の街までは距離があるそうなので、エヴラールとガスパルは馬で移動していると話してくれた。
そしてエヴラールの追っている殺人事件の話を聞き、涼夏の肩が力なくうなだれる。
『……たぶん、私が会った人が犯人ですよね。あの人、私の頭があれば、望みが叶うとか言ってたから』
『本当かい? ちなみに涼夏の髪と瞳の色って?』
『日本人によくある、黒髪黒目、です』
『それはきっと綺麗なんだろうな』
綺麗、という言葉に吐き気がした。
涼夏の首を切り落としていた男もそう言っていたから。
胃のあたりを掴み、涼夏の気持ちが暗い方へと落ちていくことに気づいたエヴラールが、別の話をふってくれる。
『涼夏。君は日本という世界からきたんだよね。それはどんな世界だったんだい?』
『どんな世界……ええと、魔法はなくて、科学が発展した世界、です。機械がたくさんあって便利で、八十年以上、戦争もない国だった』
『それはいい国だ』
エヴラールの声が柔らかくて、涼夏も少しずつ気持ちが浮上した。
エヴラールは涼夏が異世界人であることをすぐに見抜いた。
なんでもこの世界の人は魔力を持っている人が多いけれど、異世界から召喚されるモノにはこの世界の魔力が宿らないらしい。そのため普通は召喚後、契約術というものをかけて契約主から魔力を分けてもらうのだという。
なんでも魔力がないと、この世界の空気は異世界のモノにとって毒になるのだそうだ。
ぎょっとしてあたふたしだした涼夏に、エヴラールは少しだけ申し訳無さそうに教えてくれた。
『……大変申し訳無いけれど、僕が君に契約術を行った。僕の利益半分、君の利益半分だ』
エヴラールの利益? と疑問符を浮かべていれば、少しだけ言いづらそうに、エヴラールが身の上を話してくれた。
生まれた時から魔力を扱う器官が壊れていること。
魔力を作るだけ作って、消費できずに身体を悪くしてしまうこと。
召喚獣を召喚して契約を結べば、毎日一定の魔力を消費できること。
だけど魔力を扱えないせいで魔法は使えず、魔力の影響で常に頭痛にも悩まされて難しいことを考えるのが苦手だということ。
『……だけどさっき君が僕の魔力を思いっきり吸ってくれたから、今人生で一番絶好調なんだよ。この状態を維持したいがために、強引に契約術を使ったんだ。教えてもらったのは随分前だったけれど、覚えていてよかった』
エヴラールが甘えるように涼夏の肩に顔を埋めてきた。
前を見て、と話しながらエヴラールの手をたたく。
背中にはエヴラール、足には馬の腹の躍動を感じながら、涼夏はエヴラールの不憫な境遇に同情した。
涼夏から同情の気配を感じたエヴラールは苦笑して、話を続ける。
『ひとまずこの世界にいる間は僕が君の契約者になるから大丈夫だ。お互いに契約術で繋がっているから、こうして会話もできるのはありがたいね』
涼夏も気持ちだけで首をぶんぶん縦に振って頷いた。
ボディランゲージができないというのはちょっと違和感があったけれど、エヴラールは正しく涼夏の気持ちを汲み取った。
「リョーカちゃん、なんだって?」
「やっぱり異世界人だ。彼女を召喚した奴が彼女の頭を切り落として、身体を捨てたらしい。黒髪黒目で、召喚者は望みが叶うと言っていたって」
「大当たりじゃねぇか」
エヴラールの言葉を受けて、ガスパルは天を仰ぎながら大仰なため息をついた。
「お前が見た犯人って、顔は?」
「分からない。僕が見たのは斧だけがやたらと鮮明な記憶だった。ただ、その斧を持っていた手元や斧のあとに見えた足元は男物で、それも上等な物だった」
「……有力なのは貴族か。召喚術ができるくらい魔力が高いとなると、平民より貴族のほうが可能性が高い……そりゃ私兵や街の警邏じゃあ手に余る」
馬を走らせながら、二人は話し合う。
涼夏のおかげで目星がつけられたし、もう少しだけ涼夏に協力をしてもらえれば、犯人の特定も可能だ。
エヴラールはもう一度涼夏の手に触れて、心の会話を試みる。
『涼夏、君は犯人の顔を見ているかい?』
『見ました』
『名前は分かる? 分からなければ、髪の色とか、目の色を覚えていたら教えてほしい』
『名前は、分からない……若い男の人で髪は白色でした。でもどうだろう、真っ白じゃなくて、ちょっとくすんでいたからグレーとか銀髪っぽい気もします』
『目は?』
『分からない……』
力になれずにしゅんとする涼夏に、エヴラールは見えないとわかりつつも微笑みかけて握る手に力を込めた。
『十分だ。これでかなり絞り込みができる』
さっそくエヴラールはガスパルにそのことを伝える。
するとガスパルは該当しそうな人物を指折り数えだした。
「白や銀髪だとラフォン公爵家、ダントリク伯爵家、クララック伯爵家が有名か。その縁故を辿るのが一番早いな」
「街についたら貴族名鑑を調べて洗い出ししよう。本当はもう一度彼女の記憶を見せてもらえるのが一番いいんだけれど」
「難しそうか?」
「負担が大きいし、馬の上でやるようなことじゃない」
それもそうかとガスパルは肩をすくめた。
それからは黙々とモーリア侯爵領を目指して馬を走らせる。
そっと涼夏の手を握ったままでいれば、退屈なのか、涼夏は心の中で異世界の歌をハミングしていて、不謹慎とは思うけれど、エヴラールの旅路が少しだけ華やかなものになった。
一行がモーリア侯爵領の中でも一番大きな街についたのは、もう太陽がほとんど落ちてしまったような時間だった。
警邏の詰所に王国騎士の身分を明かせば、宿を紹介してもらえたので、そこに荷を下ろす。首のない涼夏は街の人を混乱させないように、またその服が娼婦のようなのも相まって、エヴラールの外套を頭からつま先までしっかりとくるんで街中を移動した。
騎士の馬に乗っていたので目立ってはいたものの、エヴラールが鋭い視線を周囲に配っていたからか、誰もが腫れ物のように涼夏には触れなかった。
ガスパルは荷を下ろすと、さっさと明日以降の予定を打ち合わせするため詰所にとんぼ返りしていった。
エヴラールはとりあえず騎士服を脱いで、平服に着替える。それからベッドに座らせた涼夏の元へ歩み寄り、その手を取った。
『涼夏、少し出かけてくるよ。君の服と、食事を買ってくる。……何か食べたいものはあるかい?』
『ご飯……分からないけど、今はお腹いっぱいなんです。エヴラールさんに会う前はすごくお腹が空いたのに、不思議』
『そうか……もしかしたら、魔力が関係しているのかもしれない。頭がなくなった分、魔力で栄養を補填しているのかも』
エヴラールは自分で言いながらあながち間違いではないのかもしれないと思った。実は口がないからどうやって彼女に食事を取らせるべきか悩んでいたけれど、魔力を食べているのであれば今すぐ生命が危ぶまれることはないだろう。
『それじゃあでかけてくるよ。いい子で待ってて』
エヴラールは涼夏の両手をすくい上げると、自分の額に押し抱いた。
そして名残惜しくも涼夏から離れると、しっかりと宿の部屋に鍵をかけた。
涼夏もさすがに一人で出歩くことはないだろう。鍵をかけておけば誰かが間違って部屋に入ることもない。
エヴラールはそうして宿を出ると、夜の街へと繰り出した。
モーリア侯爵領で一番大きなこの街は、夜であっても賑やかだ。
露店があちこちに出ていて、仕事帰りの客を呼び込んでいる。
エヴラールはその露店街をすり抜けると、今にも店を閉めようとしていた婦人服店へとすべり込んだ。
「ちょっと、うちはもう閉め―――おや、あんた、すっごい色男じゃないか」
「すまないけれど、服をいくつか見繕わせてほしい。連れが旅の途中で服を駄目にしてしまってね」
「そうかい、そうかい。それなら仕方ない。あんたの顔に免じて店を閉めるのは待ってやるよ」
「ありがとう」
ふわりと微笑めば、店を閉めていた赤髪の婦人の頬が色づく。
顔がいいエヴラールの笑顔を間近で見た婦人は、火照る頬をパタパタ仰ぎながら、なにくれとエヴラールの買い物に声をかけてくれる。常であれば雑音のようで煩わしく感じられたそれも、頭痛や体の不調から解放された今では全然気にもならなかった。
「旅の連れって幾つぐらいだい?」
「十六と言っていたかな」
「それなら着飾りたい盛りだね。髪と目は?」
「黒。同色もちだ」
エヴラールが婦人の質問に答えていると、同色持ちと聞いた婦人の表情が凍りついた。
言葉を失った婦人に、エヴラールは顔をあげる。
エヴラールの視線が自分に向いたことに気づいた婦人は、誤魔化すように笑った。
「そ、そうかい。それならそうだねぇ、どんな色もきっと似合う……」
「……無理に取り繕わなくてもいいですよ。この街で同色持ちの女性が、次々殺されているという話は聞いていますから」
「知ってるなら、どうしてそんな子をここに連れてきたんだい。もし何かあったら、もうどうにもならないんだよ……」
憔悴したような表情で婦人がそう言うのを聞いて、エヴラールは婦人の手を取った。
「マダム? もしかして身近な人をなくされましたか?」
「……ここいらじゃ有名だよ。緑のベル。あたしの娘さ」
名前を挙げられて、エヴラールは悟った。
緑の同色持ち。
首なし殺人事件の三人目の被害者だ。
婦人は顔を覆って深く息をつく。
「駄目だねぇ。いつまで経ってもあの子がいないことに慣れないよ。早くに逝っちまった旦那の忘れ形見だったから、余計にね……。あんたも連れとやらがどんな関係かは知らないが、もし家族や恋人だったりするなら、よくよく用心するんだよ」
婦人の言葉に、エヴラールは神妙に頷く。
半分手遅れである気はするけれど、どういうわけかまだ涼夏は死んでいない。だからまだ助けられるとエヴラールは信じている。
「そうだ、あんたのお連れさんにこれをやるよ。この街にいる間だけでも被らせておくといい」
そう言って婦人が店の奥から出してきたのは、薄いベールが垂れ下がった形の帽子だった。
「事件が起きてすぐにうちの娘のために作った帽子なんだが、結局あの子が被ることは無かったよ。この街の娘たちは今や、同色持ちかどうか関係なく髪も目も隠す子が多い。うっかり犯人に目をつけられる可能性も低くなるだろう」
エヴラールは帽子を受け取った。
帽子のつばから垂れる紺色のベールは外からは頭があることしかわからず、髪や目の色も分かりづらくなる。確かにここに来るまでの道中、似たような帽子を被っている女性が多かった。これならば頭部を細工して落ちないようにすれば、涼夏の容姿を隠すことも可能だろう。
エヴラールは帽子をありがたく買い取ることにして、他にもいくつか婦人が薦める服を見てみる。
荷物がそれなりになる頃、ようやく支払いを済ませて、店を出た。
若干買いすぎてしまった気もするけれど、これからの涼夏には必要だろうし、婦人の娘に対する餞の意味も込めれば安い買い物だ。
普段であれば頭痛や体のだるさで手早く買い物を終わらせるだけだったエヴラールの、人生で一番長い買い物だったかもしれないことを思えば、とても充実した時間だった。