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捨てられた、拾われた。

 斧を振りかぶった男の姿を最後に、涼夏は死んだと思った。

 不思議なことに死んだ自覚はあったし、そう思う意識があることにも驚いたけれど、目を開いても世界は真っ暗だし、声は出ないし、何も聞こえない。

 悲しくて、顔を伏せて泣こうとしたら、首もない。

 悲鳴をあげたいのに悲鳴すらあげられなくて、涼夏は打ちのめされた。確実に死んだんだと思ったし、なんなら死後の世界とやらにいるのだろうとさえ思った。

 でも不思議なことに、何も見えないし聞こえないのに、手のひらや足の感触はしっかりあって、そこがどこか森や庭のような、草木のはえるような場所だってことに気がついた。

 最初はもうどうにでもなれとふてくされて、寝ようと思った。だけど首がないせいで寝心地も悪い。

 仕方ないから自分の他に誰かいないのだろうかと、そろそろと手探りで移動してみたりもした。


 歩いては転けて、疲れては休んで。

 見えないということは本当に怖い。

 それでも涼夏は歩いた。

 どれくらい歩いたかもわからない。

 たったの数メートルかもしれないし、遠くまで進めたのかもしれないし、もしかしたら同じ場所をぐるぐるしているだけなのかも。

 時折意識がぷつりと途絶えることもあって、ますます怖くなった。

 そうしてとうとう、何度目かわからないくらいに転んだとき、もう立ち上がることもできなくなった。


 お腹も空いて、足は棒のようで、身体中埃と汗と擦り傷だらけ。


 もうこのまま寝よう。

 死後の世界というものは厳しいものだと悟った。

 寝て、また元気が出たら、動けばいい。

 そう思った。


 そしてうとうととまどろんでいると、不意に予感がした。

 何かに誘われるように、ついついと袖を引かれたような気がした。


 怖かったし、暗闇を手探りで歩くのも疲れていた。

 誰かがいるのであれば、その人の手を取ってみたいと思った。

 だから、起き上がった。


 手探りで起き上がって、不格好だとは思うけど、周りになにもないことを確認するために腕を伸ばす。

 そろり、と靴底を削るように引きずりながら一歩を歩く。


 一歩。

 二歩。

 三歩。


 四歩目で、何かに触れた。


 氷のように冷たいそれに驚くあまりに、身体がバランスを崩して後ろ向きに転びかけた。

 地面に叩きつけられる衝撃に身構えるよりも早く、ぎゅっと手を握られる。


 冷たかった。

 だけど指先から流れ込んできたものは温かかった。

 チョコレートのように甘い何かが身体中にとろりと流れ込んできて、じくじく傷んでいた擦り傷も、吐き気がするくらい空っぽになってた胃の中も、暗闇に凍えそうになっていた心の中も満たされた。


 心地よいその感覚に微睡んでいると、誰かが涼夏を抱きしめていることに気づいた。


 たくましい腕が涼夏の身体を軽々と持ち上げる。

 驚いて手を伸ばせば、さらりとした髪を見つけ、顔、首、肩、を認識した。


 ―――男の人だ。


 暗闇に落ちる前の景色がフラッシュバックして、身がすくむ。

 だけど耐えずに流れてくる甘い何かが名残惜しくて、離れがたかった。

 二律背反の気持ちを抱えて、じっと身体を小さくしていると、身体中を巡る甘い何かが、離れていった。


 それが名残惜しいけれど、手をのばす勇気もなくて。

 きゅっとその手を胸に抱きしめていると、身体がふわりと浮き上がる。

 その途端、さっきよりは少ないけれども、じんわりと身体中を甘い何かが巡りだして。

 その甘いものに身を委ねていると、不意に暗闇に金色の粒子が混じりだした。

 不思議に思ってその粒子を視線で追いかけていると。


『ああ! これで君は僕のものだ!! すごい! 嬉しい! 君がいれば、僕は毎日このままでいられるのかもしれない!!』


 喜びの声が聞こえた。

 誰の声?

 その声はとても甘くて魅力的だけれど、涼夏にとって到底受け入れられるようなものではなくて。


 毎日?

 このまま?


 それは、私の首がないままということ?


 そう思った瞬間、涼夏の心が最大ボリュームで叫んだ。


『やだぁぁぁあああ!!! 首返してぇぇえええ!!!』



 ◇



 唐突に脳内で大音量に響いた声、その上顔面をわし掴まれたエヴラールは、腕に抱いていた少女を落としかけてしまう。

 慌てて抱き直すと、少女の心の声が直接エヴラールの耳に届いた。


『やだやだやだ! 頭返してよぅ!!! 私の頭!!! 頭がないからこんなところにいるの!? 家に帰してよバカ!! お父さん!! お母さんっ!!! 助けてっ、死にたくない……っ』


 子供のように泣きじゃくる少女の声に、エヴラールは目を見開いた。それから手さぐりで少女の首元に手を当て、左胸にも手を当てる。


『やだぁ痴漢!!!』

「うっわエヴラール!?」


 少女がエヴラールの顔面を殴った。それも拳で。

 上ずった声を上げたガスパルが首なし少女を睨みつけるが、エヴラールがそれを片手で制した。


「ぐっ……ぅ、いや、今のは僕が悪い……心拍を測るためとはいえ、女性の胸に無遠慮に触れたんだから」

「心拍?」

「この子、自分が死んだんだと思ってるみたいだ。だけど体温もあるし、脈も打ってるようだから……死んではいないよね?」

「いや、俺に聞かれても。そもそも首が無いのに生きているかどうかはその種族によるんじゃないか……?」

「この子も、元は首がある種族みたいなんだけれどね」


 エヴラールは一つ頷くと、少女をそうっと地面におろしてその手を取った。

 素肌に直接触れると魔力が吸い取られていくようだ。だけど最初のようにごっそりと持っていかれる感覚はなくて、ちうちうと蝶が蜜を吸うような感覚で吸い取られていく。


『えぇと、聞こえるかい?』

『っ?』


 少女から驚く気配が感じられた。顔があればまじまじと見られただろう。

 エヴラールは微笑みを浮かべながら、そうっと少女の心に語りかけた。


『僕はエヴラール。エリシュ王国の騎士だ』

『えりしゅ……? きし……?』

『君の名前は?』


 首なし少女から困惑の気配が伝わってくる。

 それでもぎゅっと手を握ってやれば、肩から力が抜けた。


『涼夏、です』

『りょうか……涼夏。すごいね、心の声だからか、君の名前の意味まで伝わってきた。とても良い名前だね』


 少女が恥ずかしそうに指をもじもじさせる。

 その可愛らしい仕草に、エヴラールは自然と微笑みが浮かんだ。


『涼夏、君のことだけれど、頭はどうしたの? さっき、頭を返して、って言ったよね。どうして頭がなくて、ここにいるか、分かる?』

『やだ。こわい』


 エヴラールが問いかけたとたん、少女の心の恐怖が全開となってエヴラールの脳に直接叩きつけられる。


 やだやだやだ。こわいこわいこわい。


 涼夏と名乗った少女の感情だけではなく、断片的に映像のようなものまで見えてしまい、思わずエヴラールはその手を離してしまった。


「? どうしたエヴラール」

「……これは、ちょっときつい、かも」


 エヴラールは大きく息を吐いて、ガスパルを見上げる。


「この子、僕らが追うはずだった首なし連続殺人事件の被害者だ。犯人も見てる」

「はぁ!?」

「たぶん契約術のおかげかな。心の会話みたいなのができたんだけど……言葉だけじゃなくて、強い恐怖の感情と一緒に首を斬られる瞬間の映像が、見えた」

「……それは、また」


 ガスパルも返事に困ったように言葉を飲み込んだ。

 素直に僥倖と言っても良いのだろうか。

 少なくとも、ひどく怖がっている被害者の少女を前に、自分たちの仕事が早く片付きそうだからと喜ぶことは、素直にできなかった。


 怖かったことを思い出したせいか、涼夏はカタカタと体を震わせる。そんな彼女を安心させるように、エヴラールは華奢な肩を引き寄せて、抱きしめた。


『大丈夫だ。君はもう大丈夫。僕が君を助けてあげるからね。何も心配しなくていい。頭も、きっと戻してあげるから』

『こわい……やだ……こわい……』

『僕の声を聞いて。もう君は一人じゃないから。僕は君の味方だよ』


 とんとんとあやすように背中を撫でてやれば、涼夏の恐怖がじんわりと収まっていった。

 その様子を見ていたガスパルは、髪をガシガシと乱暴にかき混ぜると、よし、と顔をあげる。


「とりあえずその子から話を聞かないことには始まらねぇ。目的地に着くまでに、色々聞き出しておいてもらえるか?」

「いいよ。だけど彼女も傷ついているようだから、あんまり無理はさせたくないな」

「そこはお前の判断でやってくれてかまわない。お前しか話せないからな」


 多少強引ではあったものの、怪我の功名というものか。

 エヴラールが暴走した時は焦ったが、これはある意味自分たちにとっても、少女にとっても、ウィンウィンな関係なのかもしれない。

 ガスパルはそう考えながら、馬上へと乗り上げた。


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