【電書化記念SS】ダンデライオンはつよく咲く
電子書籍化記念SSです。
「いけない、洗濯物とりこまないと」
そろそろ日が暮れる。
うっすらと茜色になりだした部屋の様子に気がついた涼夏は、読んでいた本を閉じると庭へと出た。
お日様の光をたっぷりと浴びた柔らかな白いシーツが、空の色を映すようにほんのりと茜色に染まっている。
今日は温かい気持ちで眠れそうと思いながら、涼夏は風に揺れるシーツへと近づいた。
取りこもうと物干し竿にかかるシーツへと手を伸ばして、ふと気づく。
夕暮れの色に混ざって気がつかなかったけれど、シーツに何かがぽつぽつとくっついている。
「なんだろう、これ……?」
小さな小さな、ふわふわとした何か。
柔らかくて繊細で、つまんで引っぱったら、根本がシーツに引っかかって、ふわふわしたところだけが抜けてしまった。
よくよく目を凝らしてみれば、植物の種のようで。
「見たことのあるような、ないような……?」
このままではうまく取れないと思った涼夏は、植物の種ごとシーツを家の中へと持っていった。
ひとまず居間へとシーツを持っていく。テーブルの上にシーツを広げて、涼夏は手元にランプを手繰り寄せた。
炎のような明かりだと、夕焼けのようにシーツにくっついている植物を見落とすかもしれない。蛍光灯のような白い明かりを想像しながら、ランプに魔力を籠めて魔法の明かりを灯す。
白光のランプに白いシーツ。そこにぽつぽつとくっつく、黄色くて薄い羽を持つ植物の種。
なんだかどこかで見たことがあるような気がしながら、涼夏はちまちまとシーツから植物の種を取り外していく。シーツの片面に、びっくりするくらいくっついていて、夢中で種をつまんだ。
「……涼夏? 何をしているんだい」
「ひゃあっ」
すっかり夢中になっていたようで、ふっと耳もとで声をかけられて涼夏の肩が大きく跳ねた。
「エヴラールさんっ?」
「ただいま、涼夏」
帰宅したエヴラールからかすめるように額に口づけが落とされて、涼夏の頬がほんのりと赤く熟れる。エヴラールも照れたように相好を崩すものだから、涼夏も恥ずかしそうにはにかんだ。
「おかえりなさい、エヴラールさん」
「うん。それで、何をしていたの」
エヴラールが涼夏の背後から机の上を覗いた。テーブルクロスのように広がるそれと、涼夏の手元にある刺抜きを見比べている。
「シーツにこれがついていて」
「あぁ、デューべの種だね。もうそんな季節なのか」
「デューべ……」
言われて気がつく。この既視感は、前にエヴラールからこの花の特徴を聞いていたからだ。
ふわふわの綿毛は黄色で、この綿毛が風にのって遠くまで種を運んでいくそう。種ができる前の花は白色なのだと聞いて、涼夏は元の世界のたんぽぽを思い出した。
「この子がデューべの種なんですね」
「そうだよ。羽がとても細いから、こうやって布に絡まりやすいんだ。庭先にデューべが咲くと、種子を飛ばす季節になる前に刈っておけって言われるくらいなんだよ。ここの庭にもデューべが咲いていたんだね」
エヴラールがくすりと笑って、涼夏の隣へと座る。
外套だけを脱いで、まだ騎士服を着たままのエヴラールがシーツにくっついたままのデューべをつまんだ。
「涼夏ひとりだけだと時間がかかるだろう? もう夜だし、手伝うよ」
「えっ、いいですよ、私、明日続きをしますよ?」
「涼夏も明日は仕事じゃないか」
「でもエヴラールさんよりは早く帰れるし」
言い募る涼夏を横目に、エヴラールはさくさくとデューべの種をつまんでいく。真剣にシーツを見つめているエヴラールの横顔がきりりとしていてかっこいい。涼夏は食い下がろうとしたのをやめた。だって自分の恋人の真剣な表情があんまりにもかっこいいから。
黙々とした作業は苦痛ではないけれど、さすがに夜にもなってずっとこの作業をしているのは手先も暗くなるばかりでつらかった。エヴラールのおかげで作業はすんなりと終わり、涼夏はほっとひと息ついた。
翌朝、シーツから回収した種を涼夏は庭へと持ち出した。
今日のエヴラールは遅番らしく、まだ夢の中。エヴラールが寝ている間に見つけられるかなと思いながら、デューべの種を手のひらに包んだ涼夏は、おもむろに庭に自生する植物たちを観察し始めた。
涼夏が今住んでいる家は、ガスパルの姉であるジネットの紹介によるもの。エヴラールが貴族だからと、ジネットは小さいながらも二人で維持するには少し立派な家を用意してくれた。なので庭もそれなりに広く、定期的に庭師を呼ぶかどうかを、ついこの間エヴラールと話していたところだった。
そんな庭の隅から隅へと、涼夏はちょこちょこと屈みながら歩いた。庭の中ほどは人の行き交いがあるので植物なんて生えていないけれど、脇の生垣や塀、建物の影には植物がぽつぽつと自生しているから。
朝日の中、ちょこちょこと庭を歩いていた涼夏は、ようやく探していたものを見つけた。
まぁるくてふわふわな、たんぽぽの綿毛のような植物。
たんぽぽと違うのは、綿毛の色が白じゃなくて黄色いこと。
色違いのたんぽぽを見つけて、涼夏の目もとがゆるんだ。
「懐かしいな」
手に包んでいた種を、地面にふんわりと落とす。いくつかは風に流れてどこかへ飛んでいってしまった。
黄色い綿毛はどこまで飛んでいくのだろう。
飛んでいった先で芽吹くデューべの花を想像して、ちょっとだけ笑ってしまった。
涼夏のイメージするたんぽぽは、ガードレールや縁石のそばでひっそりと、アスファルトの隙間から顔をのぞかせる黄色い花だ。排気ガスだらけで植物が育ちにくい町中でも、強くたくましく花を咲かせる。でもこの異世界にはアスファルトなんてものはないから、花壇のように柔らかな土の上で咲くデューべを見て、ちょっと不思議な気持ちになった。
しゃがんだまま、じっとデューべの綿毛を見つめていた涼夏だったけれど、不意にその頭上が陰った。
ふと見上げると、まだ髪も結わえていないラフな姿のエヴラールがあくびを噛み殺しながら、涼夏の見つめていたものを見ていた。
「朝ごはんの支度はしてあったのに、姿が見えないと思ったら。デューべを見ていたのかい?」
「はい。私の世界にもあったお花と似ていたから、見てみたくて」
「どう? デューべは気に入った?」
「そうですね……子供の頃を思い出すかも」
くすくすと笑う涼夏に、エヴラールは不思議な顔になる。
「子供の頃?」
「エヴラールさんはしませんでしたか? こうやって」
涼夏はまんまるの綿毛を実らせているデューべを一輪手折ると、エヴラール目がけてふぅっと息を吹きかけた。
ふわっとそよいで飛んでいくデューべの種たち。
そのうちのいくつかが顔に直撃したエヴラールは反射的に目をつむってしまった。
「涼夏っ?」
「ふふ。こうやって、空に飛ばすのが楽しかったんです」
子供の頃、風に乗って飛んでいくたんぽぽの綿毛が魔法のように見えたことを覚えている。魔法使いのステッキのように振ったり、今のように吐息で空へと飛ばしたり。
くすくすと笑いながら、涼夏はエヴラールの髪にくっついてしまったデューべの種をつまむと、また吐息を吹きかけて空へと旅立たせる。
「私の世界では、このデューべによく似た花を、たんぽぽって言います」
「たんぽぽ……なんだか可愛い響きだね」
「はい。でも英語……別の国ではダンデライオンって呼びます」
「ダンデライオン」
「ライオンって分かりますか? 大きい猫科の動物で、こう鬣があって、ガオーって」
がおーっと、爪を立てるライオンの真似をした涼夏に、エヴラールがすっと真顔になった。あんまり反応のよろしくないエヴラールに、何か悪いことをしてしまった? と涼夏が内心不安になると、エヴラールは天を仰いで。
「涼夏が可愛い」
小さいけど、すごく小さな声だったけれど、涼夏にはちゃんと聞こえてしまった。
うすらと頬を染めて、涼夏はライオンのポーズをしていた手をおろしてしまう。
「に、日本だと可愛い名前のたんぽぽなんですが、海外だとライオンっていうかっこいい動物の名前になるんです。不思議ですよね」
「うん、そうだね」
天を仰いでいたエヴラールがにっこりと笑いながら、涼夏へと顔を向ける。それから両腕を大きく広げると、ひょいっと涼夏を捕まえて抱き上げた。
「わっ、エヴラールさんっ?」
「ねぇ、涼夏。デューべの花言葉を知っているかい?」
「デューべの花言葉……?」
きょとんとする涼夏に、エヴラールは海色の瞳を面白そうに細めて、彼女の耳へと唇を寄せる。
「デューべの花言葉は新しい出会いだ。種が飛んで、今ある場所とは違うところで花を咲かせることが由来だったかな。デューべは同じ場所で咲くことってあまりないんだよ」
耳もとをくすぐるように囁くエヴラール。涼夏はほんのりと頬を赤くさせながら、エヴラールの首へと腕をまわした。そのまま頬を寄せた涼夏は、エヴラールに伝えたい気持ちをめいっぱいこめて。
「私が飛んでいかないように、エヴラールさんは捕まえていてくださいね?」
「……涼夏っ」
触れ合った頬から、ずっと一緒にいたい、出会えてよかった、エヴラールさんが好きです、ずっと、これからも、いつまでも、という涼夏の気持ちが伝わったらしい。エヴラールが感極まって、ぎゅうぎゅうと涼夏を抱きしめる腕に力をこめる。
苦しいくらいぎゅっとしてくれるエヴラールに、涼夏は声を上げて笑って。
アスファルトに咲くたんぽぽのように、強くたくましく生きていきたい。
そう思いながら、今日も涼夏とエヴラールの一日が始まった。





