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御前試合(下)

 この状況に一番驚いているのはエヴラールだった。

 これまでの連戦に汗だくになりながら、控室で呆然としていると、ガスパルがエヴラールの肩を叩く。


「よう、色男。善戦してんじゃねぇか」

「ガスパル……これは夢か?」

「何いってんだ。お前の実力だろうが」


 ガスパルの言葉に、エヴラールが微妙な顔になる。

 正直、自分の実力と言われても、いまいち理解が追いついていなかった。


「エヴラール、お前すごいな。いつの間にそんな力付けてたんだよ」

「なんだ、彼女ができたから良いところ見せようってか?」

「最近動きが良かったからなぁ。ここに来て成長期だったのか??」


 先程の試合でエヴラールに負けた騎士や、試合を見ていた騎士がエヴラールを取り囲んでくる。

 エヴラールは曖昧に笑いながらそれらの言葉に返していると、ガスパルがにやにやと笑ってエヴラールの隣に座った。


「言っただろ、今年は違うってな」

「あ、ああ……」


 ガスパルの含みのあるような声掛けにエヴラールが目を白黒させていると、不意に控室の扉付近がざわついた。

 なんだなんだとエヴラールを取り囲んでいた騎士たちが扉の方を向けば、青いドレスが上品で可愛らしい令嬢と、黄色のドレスが映える婦人が立っている。

 ガスパルとエヴラールは慌てて立ち上がった。


「姉上、どうされたんです。こんなこところに来るなんて」

「ふふ。付き添いと、差し入れです。ほら、こちら皆さんでどうぞ」


 ジネットはそう言うと、腕に下げていたバスケットをガスパルに渡す。中にはボワレー商会おすすめの燻製やチーズが入っていた。


「お、ありがてぇ。後でいただきます。で、付き添いって……」

「あら、無粋なことを聞くのね」


 そう言ってジネットが視線を流した先には、エヴラールと涼夏がいる。

 ちょうど涼夏が汗だくのエヴラールの汗を甲斐甲斐しく拭いてるところだった。


「エヴラールさん、汗をかいたならちゃんと拭かないと風邪ひきますよ」

「あ、いや、大丈夫。というか、汚いし……それに、涼夏、朝のこと……」

「もう怒ってませんよ。子供っぽいことをしてしまってごめんなさい。むしろ、来ないでって言われて来てしまった私のこと、怒ってますか?」

「そんなことない! あれは、それこそ僕の子供のようなわがままで……」

「なら、仲直りです。ね?」

「……ああ。ありがとう」


 手をのばす涼夏に、エヴラールが恥ずかしそうに視線をそらしている。エヴラールの額や首筋の汗をタオルで拭く涼夏に、騎士たちの視線が突き刺さった。


「……なんだあれ、勝者の余裕か」

「たいちょー、ここに団内風紀乱す野郎がいまーす」

「畜生……今まで顔だけ男だったのが、剣の腕まで上げやがって……!」

「神は不平等すぎるッ!!」


 チクチクとエヴラールにトゲを投げつけている騎士たちに、ガスパルも大いにうなずく。


「幸せ者は滅べ」

「こらこら」


 弟の怨嗟にジネットは呆れながらなだめる。

 その間にも、エヴラールと涼夏は二人で話し込んでいた。


「エヴラールさん、決勝がんばってくださいね」

「あ、あぁ……でも僕は弱いし……」

「そんなことないです。エヴラールさんは強いです。ここまで勝って来たんですし、自信持ってください」

「だけど……」

「私を助けてくれたエヴラールさんが弱いなんてことありません。あの時、炎の中で私を救ってくれたのはエヴラールさんです。あの瞬間のエヴラールさんが、私にとっての騎士様なんです。どうかもう一度、私にかっこいいエヴラールさんを見せてください」


 涼夏がエヴラールの手を握る。

 直に伝わる優しい熱とともに、涼夏の心からの労りと、エヴラールへの揺るぎない信頼が伝わってきて、それがエヴラールの背中を押した。


「……ここで逃げるわけにもいかないな」

「エヴラールさん」

「僕の勝利の女神。どうか見ていておくれ。君に勝利を捧げられるよう、尽力するよ」

「はい! ……あ、でも、怪我には気をつけてくださいね?」

「もちろんだとも。この髪一本までもすべて君のものだ」


 ちょっとだけかっこつけたエヴラールが、涼夏の手をすくい取り、口づける。

 頬を真っ赤にさせた涼夏に、エヴラールの美貌がいつもの十割増しで輝く。


「……調子に乗んなよ」

「そーだそーだ」

「鼻っ柱折られちまえ」

「惨敗したら指さして笑ってやる!」


 やいのやいのと野次を飛ばす騎士たちに、ジネットが苦笑している。ガスパルも他の騎士に混じって、エヴラールに激励のような野次のようなものを飛ばす。

 そんな中、決勝を知らせる予鈴が鳴った。



 ◇



 赤い紋章を肩につけた鎧の騎士と、青い紋章を肩につけた鎧の騎士が、場内に現れる。

 これまで区画ごとに別れて行われていた試合も、決勝となれば場内全体を使用するものになる。場内中央に歩み出た二人の騎士に、観客の視線が集まる。

 赤い紋章の鎧の騎士がエヴラール。

 青い紋章の鎧の騎士はダグラス。ダグラスは去年の御前試合優勝者だ。

 二人は兜を被ると、互いに剣を構える。

 涼夏はそれを観客席からじっと見つめていた。

 審判が、開始の合図を打ち鳴らす。

 瞬間、ダグラスが踏み込んだ。

 エヴラールが身をひねり、躱す。

 ダグラスが楽しそうに大剣を振るった。


「見違えたな、騎士エヴラール!」

「ありがとうございます」


 二人の声が魔術師によって拡大されて観客席にまで届いてくる。

 はらはらとして涼夏が見ていると、エヴラールがダグラスに仕掛けた。


 美しい氷の剣が、冷気を放つ。

 霜が青方の鎧にまとわりつき、動きが鈍くなる。


「氷の騎士の名は伊達ではないな! これならどうだ!」

「……っ!」


 ダグラスの大剣が地面に突き刺さる。

 途端、地面が盛り上がり、弾け、土砂がエヴラールに降り注いだ。


「エヴラールさんっ」

「まぁ」


 ダグラスの大剣もまた、魔剣である。

 地の属性を持つダグラスの魔剣は銅色(あかがねいろ)で、その力もまた大地を介するもの。ダグラスにとって地面を割るなど造作もない事だった。

 涼夏が心配のあまりに腰を浮かせると、ジネットにやんわりと腕を引かれる。涼夏は後ろにも観覧者がいることを思い出して、そっと腰を下ろした。

 その間にも、舞い上がった土埃が晴れていく。


「ここまで残ったのなら、これくらい防がなくてはな」

「……」


 エヴラールが土埃の中、姿を現す。

 エヴラールの周囲を襲っていた土砂が氷漬けとなって、他の土砂を防いでいた。

 エヴラールが一閃すると、土と氷の混じった壁が砕け落ちる。

 これが魔剣の戦いだ。

 予選からこの決勝まで、魔剣の試合がなかったわけではないけれど、改めて正面からぶつかるのを見ると緊張が走る。

 涼夏がじっとエヴラールを見つめていると、赤い紋章の騎士は、青い紋章の騎士に肉薄した。

 切り結ぶたび、青い騎士の動きが見るからに鈍くなっていく。

 同じ場内にいる審判が、ただよう冷気に歯の根を震わせた。

 兜の隙間から漏れ出る吐息が白くなる。

 観客席の前方にある涼夏とジネットのいる席にまでも冷気は漂ってきていて、ジネットが体を震わせた。


「寒いですか?」

「ええ……これがエヴラール様の魔剣の力なのね」


 エヴラールの魔力は氷の魔力。

 この冷気は魔剣を奮うたびに生まれる副産物のようなもの。これが数合打ち合うだけであれば相手の騎士も問題はないけれど、長期戦になればなるほど相手方の騎士が不利になる。

 かじかむ手はだんだんと剣を握る感触を忘れさせ、冷気にさらされる足は余計な力が入ってしまうのだ。

 ダグラスはその事実を実感しながらエヴラールに対峙していた。


「その魔剣、飾りだと思ってたが、これほどのものとは」

「僕も、この剣がこんなにも生き生きしてるのは初めて見たよ……ッ」


 エヴラールはそう言うと、ダグラスに斬りかかる。

 氷の風がダグラスの体を搦めとる。

 ダグラスはその膂力でエヴラールの剣を押し返した。

 弾かれたエヴラールは一歩下がり、その水晶のような刀身でダグラスの銅色の大剣を受け止める。

 ピキ、と銅色の大剣が触れた箇所を凍らせる。

 眉を顰めたダグラスは間合いを取ると、自分の魔力で凍った刀身を溶かした。


「やはり長期戦は不利か」

「……」

「話す余裕もないか。……騎士エヴラールがこの場に立つなんて誰も思ってはいなかったしな。ならば互いにこの一撃に渾身の力をかけようではないか」


 ダグラスが大剣を構えた。

 エヴラールも一呼吸おいて、細身の剣を構えた。

 両者ともに呼吸をはかる。

 観客席の間にも、これが最後の一撃になるだろうと緊張の空気が張りつめる。

 場内が一瞬、無音になった。

 その瞬間。


 ダグラスが地を穿つ。

 エヴラールが剣を凪ぐ。


 荒れる土埃とみぞれのような冷気が衝突する。

 その余波が観客席にまで届いて、涼夏は慌てて自分の見える範囲に氷の盾を作り上げた。


 土埃とみぞれが視界から消えた時、場内に立っていたのは―――



 ◇



 エヴラールと二人、手を繋いで涼夏は帰路を歩く。

 二人の間は無言だけれど、つないだ手のひらからはエヴラールの内心がよくよく伝わってきて、涼夏は彼にかける言葉を探していた。

 少しだけ気落ちしているエヴラールに寄り添って歩く涼夏は、そっとエヴラールの顔をうかがう。

 エヴラールは涼夏の視線に気がつくと、しょんもりとますます肩を落としてしまった。


「……ごめん、涼夏。かっこいいところを見せられなかった」

「そんなことなかったです。今日のエヴラールさんはとってもかっこよかったです」

「……あんなこと言っておいて負けてるんだから、かっこ悪いだろう」


 あんなこと、と思って、控室での言葉のことを指していると涼夏は気づいた。

 結局エヴラールは今回、準優勝という結果に終わってしまった。

 勝ってみせると意気込んでいたのにこの体たらく、エヴラールはかなりそのことで気落ちしているようだった。

 それでも万年予選敗退していたエヴラールが準優勝に輝いたのだから、それは褒められるべきこと。

 でもエヴラールは涼夏へ捧げた言葉を気にしてばかりで、その栄誉に向き合おうとしていなかった。

 このままでは駄目だと感じた涼夏は、足を止める。


「それならエヴラールさんが負けたのは私のせいですね」

「いや、それは違うだろう」

「私のせいですよ。なんたって私はエヴラールさんの勝利の女神らしいので、私の加護が足りなかったんですよ」


 涼夏がエヴラールの両手を包むように握った。

 エヴラールの海色の眼差しが涼夏を映して不安げに揺れる。

 涼夏はそんなエヴラールに精いっぱい伝えた。


「かっこよかったです、エヴラールさん。一生懸命がんばるあなたの姿はかっこいいです。去年までずっとくすぶっていたその才能がようやく花開いたんです。焦らなくても、大丈夫。今日がだめでも明日、明日がだめでもまたその先で、またがんばればいいんです」

「涼夏……」

「悔しさをバネに立ち上がれる人は強いんです。エヴラールさん、来年はもっともっとかっこいいところ、見せてくださいね」


 にこやかに笑いかけた涼夏に、エヴラールは眩しそうに目を細める。

 それからきゅっと涼夏の両手を握り返した。


「……敵わないな、涼夏には」

「エヴラールさんは少しだけ後ろ向きなんですよ。今回のことだって、どうせ負けるからとかじゃなくて、勝てなくてもベストを尽くすって意気込んでほしかったです」

「やっぱり朝のこと、怒ってる?」

「まぁ、少しは。……でも来年は、最初から私を呼んでくれますよね?」


 そう聞き返せば、エヴラールは一瞬だけ目をみはる。

 でもすぐに。


「……もちろん。来年こそは、勝利を君に」


 その冴えわたるような美貌をとろけさせて、エヴラールは膝をつく。

 そして涼夏の両手を額に押し抱くと、その手の甲に口づけた。

 涼夏ははにかんで、エヴラールを立たせる。


 また来年。

 未来の約束をして、二人は帰途についたのだった。


2022/4/1 追記

エイプリルフール企画、別途投稿してます。

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