手をつないだ、幸せになった。
「あー……おまえら。めちゃくちゃいい雰囲気なところ悪いんだが、ちょっといいか?」
コホン、とガスパルの咳払いが聞こえた。
涼夏はここが今どこだったかを思い出して、顔を真っ赤にするとエヴラールから身を離す。
ベッドサイドで小さくなる涼夏に、エヴラールがひどく残念そうな表情になった。
「……無粋な真似は遠慮してくれると嬉しかったんだけどな」
「おーおー、ほざけ」
ガスパルが半眼になってエヴラールに言い返す。
そのやり取りを見ていたイジドールが「仲がいいことだ」と穏やかに微笑むと、椅子から立ち上がった。
「……ふむ、魔力は安定したようだ。まだ顔色が悪いけれど、一日身体をよく温めて大人しくしていれば体調も万全になるだろう」
「イジドール様。ご迷惑おかけしました」
「いいよ。そんなことより、良い人と巡り逢えたね。祝福するよ」
イジドールが茶目っ気たっぷりに言うものだから、涼夏はますます赤くなってうつむくし、エヴラールも少しだけばつが悪そうに視線をそらした。
そんな二人にイジドールは笑みを深めると、ガスパルに声をかける。
「では私は行くよ。医師には彼が目覚めたことを伝えておく」
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
ガスパルが敬礼すると、イジドールは颯爽と病室から出ていった。
忙しい人だと聞くので、涼夏もあわててぺこりとお辞儀をしてイジドールを見送れば、エヴラールもベッドの上で上体を起こして礼をする。
イジドールの去った部屋で、三人はほっと息をついた。
ガスパルがエヴラールのベッドに近づいてくる。
「それにしても心配したぞ。気分はどうだ?」
「悪かった。気分はかなりいいよ」
「ならいい。これで一件落着か? エヴラールの魔力過剰症もこれで軽減するだろうし、なにより二人とも、よーやくお互い自分の気持ちを自覚したみたいだしな」
ガスパルがにやりと笑えば、涼夏は先程の羞恥が戻ってきてしまって、頬を上気させた。
対するエヴラールは堂々としたもので、これみよがしにガスパルに見せつけるよう、かたわらの涼夏の腰をさらう。
すとんとベッドの縁に腰かける姿勢になった涼夏を、エヴラールはぎゅっと抱きしめた。
「羨ましいかい? でもあげないから。彼女は僕と一緒にいてくれる。君はもう部屋を出るといい」
「両思いになった途端これとか、大概にしとけよ」
ガスパルがジト目になってエヴラールに言うけれど、エヴラールはどこ吹く風だ。
エヴラールはぎゅうぎゅうと涼夏を抱きしめて離さないし、ストレートな愛情表現に照れる涼夏はぽっぽっと顔に集まる熱を冷ますのに忙しい。
ガスパルがそんな二人にやれやれと息をつく。
「まぁいい。俺も騎士団に戻って報告するわ。付き添い、リョーカちゃんがいるからいらねぇだろ」
「そうだな。ガスパルはいらない」
「そこまできっぱり言われると俺も泣くぞ!? 誰がぶっ倒れたお前を抱えてここまで来たと思ってんだ!?」
冗談だと分かっているものの、ガスパルが声を上げて抗議すれば、エヴラールはふっと頬を緩めた。
「知ってる。すまなかった、ガスパル。ありがとう」
「それはそれで気色わりぃな……」
そうぼやいたガスパルは、がしがしと乱暴に自分の髪をかきまぜると、そのまま軽く挨拶をして部屋を出ていく。
病室に残された涼夏は、急に静かになった部屋にちょっとだけ緊張した。
どうすればいいのか分からずにエヴラールに抱きしめられたままでいると、エヴラールの心臓が涼夏よりも早く脈打っているのが聞こえてくる。
「……涼夏?」
「はい」
「何してるんだい」
「エヴラールさんの心臓の音、聞いてます」
とくとくとリズミカルに脈打つエヴラールの心臓。
目を閉じてその音を数えていれば、涼夏を抱きしめるエヴラールの腕に力が込められる。
「……あんまり可愛いことしないで」
「ふふ、音が速くなった」
涼夏がくすくすと笑えば、エヴラールも柔らかい表情で微笑む。
そうして笑い合った二人は、主治医の先生が来るまで抱き合って、お互いの心臓の音と体温を感じあった。
◇◇◇
エヴラールが魔力過剰症で倒れた日を境に、再び涼夏の生活に変化が訪れた。
まずジネットの計らいで、涼夏に小さな家が与えられた。城に近い場所に用意されたその家はボワレー商会の管轄の貸家だそうで、自分には少し広すぎると思いながらも、涼夏はありがたくその一軒家を借りることにした。
するとその日のうちに、エヴラールもまた、その家に引っ越してきたのだ。
本来なら寮暮らしが基本である騎士だけれど、イジドールが手を回したようで、魔力過剰症が今後悪化しないようにとエヴラールと涼夏を一緒に住まわせることにしてくれたらしい。
こうして二人が意図しないままに始まった同居生活。
最初こそ戸惑ったり、緊張したり、妙な気恥ずかしさにそわそわしていた二人だけれど、一年もすればその生活がすっかり馴染むようになった。
朝早くにエヴラールが出かけるのを涼夏は笑顔で見送るし、どんなに夜遅くエヴラールが帰ろうとおやすみの挨拶はかかさない。
涼夏がボワレー商会の仕事の日にエヴラールの非番が重なれば、エヴラールは喜んで涼夏の送り迎えをして、二人で手をつないで通りを歩く。
一日一日がゆったりとして、穏やかで、それが当たり前になった毎日。
涼夏はそんな日々に、幸せを感じていた。
「お疲れさまでした」
「リョーカちゃんお疲れー」
涼夏がボワレー商会での仕事を終えて帰宅準備をしていると、同じく終業した先輩会計士が声をかけてきた。
「ねぇねぇ、今日この後、飲みに行かない? 新しいお店オープンしたから行きたいんだ」
「ごめんなさい。今日はちょっと……」
「えー、なんでぇー」
「えぇと……」
「今日はリョーカちゃん、彼氏デーでしょ」
「あ、そっか。今朝イケメン彼氏がくっついてきてたっけ。帰りもお迎えか。くぁー、甘ったるいことで!」
さらっと素通りしていった上司が、困った表情でいた涼夏の代わりに先輩会計士に言葉を投げていくと、先輩会計士は納得し、恨みがましそうな目を涼夏に向けた。
「はー、もう一年だっけ? リョーカちゃんがここにきて」
「そうですね。もう一年です」
「リョーカちゃんがあのイケメンと住むようになったのもここに来てわりとすぐだったよね」
「はい」
「いつ結婚するの?」
ずばっと切り込んだ先輩会計士に涼夏はまばたく。
涼夏は気づいていないが、涼夏以外のこの場にいる同僚全員が耳を大きくして、この話題に食いついている。
皆、常々思っていることらしい。
そんな全員が興味津々になって耳を澄ませている中、聞かれた内容を理解した涼夏がほんのりと頬を染めて答えた。
「す、するんですかね? 私まだ十八だし、あの人とそんな話したこともないし……」
「いやいやいや、なんであんたが聞くのよ。十八ってこの国じゃあ結婚適齢期だよ。向こうだって意識してるでしょ」
「どうだろう……本当にそんな話、したことなくて」
「まぁ、リョーカちゃんが結婚しないならしないでうちらは嬉しいけど。寿退職なんてされた日にゃ、うちの部署みんな泣くから。リョーカちゃんいなくなったら、仕事が回らなくなる」
うんうんとうなずく会計士たちに、涼夏はそんなにも重宝されていたのかと改めて身に感じた。
「ま、それでもリョーカちゃんの幸せがそこにあるなら、それはそれで応援するけどね。それじゃ、またねー」
そう言って帰っていく先輩会計士。
涼夏もまたハッとしてささっと帰り支度を済ませると、ボワレー商会を出る。
なんとなく悶々としたまま涼夏が外に出ると、従業員用の出入り口のそばにエヴラールがいた。
「涼夏。おかえり」
「ただいま、エヴラールさん」
涼夏を見つけたエヴラールが笑顔で歩み寄ってくれる。
涼夏もエヴラール近づくと、彼は涼夏が肩にかけていた仕事用の鞄をさっと取り上げてしまった。
「あっ、エヴラールさんまた! 私自分で持ちますってば」
「だーめ。涼夏はこっち。鞄じゃなくて僕の手を持って」
エヴラールが笑顔で手を差し出す。
そんなこと言われてしまえば、涼夏も強気には出られなくて、なんだかんだでほだされてしまう。
「エヴラールさん、ずるい。そんなこと言われたら断れない」
「すねた涼夏も可愛い」
「もう、茶化さないで」
つんっとした態度を取りながらも、結局はいつものようにエヴラールの手を取ってしまう涼夏。
そんな涼夏を一層可愛いと思いながら、エヴラールは帰路を歩き始めた。
エヴラールに手を引かれて、とことこと歩き出す涼夏。
二人の間に沈黙が流れる。
いつもなら手をつないでしばらくすると、涼夏が異世界の歌を心の中で歌ってくれるのに、今日は一向にそれが伝わってこない。
不思議に思ったエヴラールが、そっと涼夏の様子をうかがうと、ふいに涼夏の心の声が聞こえた。
『けっこん……結婚……先輩はあんなこと言ってたけど、私達、結婚できるのかな……エヴラールさん、貴族の人だし、私異世界人だし……』
涼夏はおそらく、自分の思考がエヴラールに漏れでていることに気づいていない。
青天の霹靂とはまさにこのこと。
エヴラールは思わず立ち止まった。
突然立ち止まったエヴラールに、涼夏も歩みを止める。
何か気になるものでも見つけたのだろうかと思った涼夏がエヴラールを見上げると、エヴラールは涼夏の方を真剣な表情で見ていた。
「涼夏」
「はい」
「結婚しよう」
……エヴラールという男の悪い癖だ。
思い立ったら即行動。
悩むくらいなら突き進め。
思考が飛躍しようがお構いなし。
だから涼夏は、一瞬本気で何を言われたのか理解できなかった。
数拍数えて、エヴラールの言葉を飲み込んだ涼夏の頬が真っ赤に染まっていく。
「あっ、………あっ! 私、もしかして、心の声が……っ!?」
「そうだけど、それだけじゃない」
あわあわと顔を真っ赤にして視線をさまよわせる涼夏に、エヴラールは向き合った。
魔術で生まれた明かりがぽつぽつと街灯を灯し、夜の帳が下りたなかでも、お互いの表情がよく見える。
恥ずかしさのあまりに視線を合わせようとしない涼夏に、エヴラールは言葉を重ねる。
「僕も、いつかはと思っていたんだ。でも、君はこの世界に生きるのに毎日が必死で、楽しそうで、忙しそうだったから……そんな君をさらに僕に縛りつけたくはなくて、言い出せなかっただけ」
涼夏の手をぎゅっと握ったまま、エヴラールは少しだけ茶目っ気をのせて海色の瞳を細めた。
「それに最近、ガスパルにも言われるんだ。ウェディングドレスだっけ? レディ・ジネットが最近売り出したあのドレス、君に一番着せたがってるってガスパルが言ってたよ」
涼夏の目が、びっくりするあまりに丸々と見開かれる。
かなり前になるけれど、ジネットとドレスの話をしたときに、涼夏はウェディングドレスくらいしか知らないとジネットに伝えたことがある。白いドレスに込められた意味やサムシング・ブルーの意味にジネットは商機を見出したようで、ウェディングドレスを含めたウェディングプランは、ここ最近のボワレー商会のトレンド商品でもあった。
でもそれを涼夏自身が着るなんてつゆほども考えていなかったようで、涼夏はただただ驚くばかり。
涼夏があ然としていれば、おもむろにエヴラールが口を開いた。
「涼夏。どうか僕と一生を共にしてほしい。この一年、君の一番そばに居るのは僕だったけれど、そんな僕らの関係はまだ他人の関係だ。そんな関係じゃなくて、もっと君に近い、君の家族に、僕をいれてほしい」
家族。
その言葉に、涼夏は久しく思い出さなかった両親の顔を思い出す。
もう家族なんて縁遠いものだと思っていた涼夏は、エヴラールの言葉に気がついた。
たしかにもう元の世界の家族に会えないけれど、でも、家族になることはこの世界でもできる。
失ってしまった家族の代わりにエヴラールの存在が隣にあれば、それはどんなに心強いことだろう。
男女の関係の先にある結婚という形じゃなくて、家族という温かいものを見据えて伝えてくれるエヴラールに、涼夏の黒い瞳からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。
「っ、涼夏ごめん! 迷惑だったかい?」
「ちがっ、違うくて……っ」
ぽろぽろと自分でもどうしてか分からないくらいに涙が溢れ出した涼夏が、嗚咽をもらしながらエヴラールの手を離して涙を拭っていく。
エヴラールがぐしぐしと拭う涼夏の手を優しく留めると、懐のハンカチを取り出して優しくその目元を拭った。
「そんな力いっぱいこすると、腫れてしまう」
「うぅ、だって、だってぇ……」
子供のように泣きじゃくる涼夏に、エヴラールは少しだけ肩を落とした。
「ごめんよ。僕はいつも考えなしだ。思ったことをそのまま言ってしまう。もっと涼夏の気持ちを考えてから言うべきだったし、こんな僕が君と結婚なんて……図々しかった」
「だからっ、違うんですっ! 私、嬉しいんですっ」
夜とはいえ、まばらに人が行き交う路上で叫んだ涼夏の声に、行きずりの人々が涼夏の方へと視線を向ける。
だけどそんなこと気づかないくらいに涼夏はエヴラールしか見えていなかった。
ぽろぽろ涙をこぼしながらエヴラールの手を握り返して、潤んだ瞳でエヴラールを見あげる。
「私、エヴラールさんと家族になりたいですっ! もっと、もっとエヴラールさんのそばにいたい……っ! 私、家族がほしいんです、恋しいんです、寂しいんです……っ!」
エヴラールと一緒にいるとその寂しさは埋まるけれど、ふとした瞬間、実は一人ぼっちなんじゃないのかと思う瞬間がある。
それはエヴラールが仕事で帰宅が遅いときだったり、任務で出張したときだったり、エヴラールの非番の日に涼夏が仕事があるときだったり。
エヴラールが心変わりして涼夏より素敵な人を見つけてしまって、涼夏の元から去ってしまうんじゃないかと不安になることだってある。
恋人という曖昧で壊れやすい関係はいつだって不安定で、契約術という義務にも近い関係はやがて煩わしいものに変わってしまうのではと、涼夏は常々怯えていた。
でも、家族になってくれるのなら。
元の世界の両親が、時々喧嘩をしながらも仲睦まじかったのを思い出す。
あそこにはちゃんと涼夏の居場所があった。慈しんでくれた両親のように、その幸せをエヴラールと分かち合えたのなら、元の世界に負けないくらい、涼夏は幸せになれる気がして。
「エヴラール、さん」
「なんだい」
「エヴラールさんこそ、私でいいですか? 私がエヴラールさんの家族になっても、いいですか?」
ひっくひっくと喉を震わせながらも尋ねた涼夏に、エヴラールは真剣な表情でうなずいた。
「もちろんだ。僕が君の家族になりたいんだ。だから」
エヴラールは涼夏の手を取ると、膝が汚れるのも構わずに路上にひざまずく。
「エヴラール・バラントは鈴宮涼夏に忠誠を誓い、愛を乞う。どうか僕に、家族という永久の絆と愛の栄誉を与えてくれませんか」
月と星が瞬く夜空の下、氷の騎士と謳われる美貌の人が、極上の笑顔で涼夏に愛を乞う。
涼夏の心臓は人生で一番跳ね上がって、目の前にいる綺麗な人に胸のときめきが止まらなくなる。
痛いくらいに高鳴る胸の鼓動を感じながら、涼夏は泣きながら笑った。
「はい。どうか私を、あなたのお嫁さんにしてください」
そう答えた瞬間、エヴラールの表情が蕩けた。
涼夏もまだ止まらない涙を流しながら笑顔になると、突然パチパチと拍手が響き出した。
びっくりした涼夏が周りを振り返れば、夜の通りに行き交っていた人たちがいつしか二人に注目していたようで、数人の通行人が二人に温かい拍手を送ってくれている。
ここが往来だったことを思い出し、涼夏が恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせてうつむくと、その後ろから聞き慣れた声がかかった。
「いやー、おめでとうさん。ついにここまできたかお前ら。今夜は祝い酒だな」
「ガスパルさんっ? えっ、どうして!?」
「姉上からの呼び出しでちょっとな。これから帰るところで見慣れた背中見つけたもんだから、後ろから追いかけてたんだよ。そのおかけでいいもん見れたわ」
にやにや笑うガスパルに、涼夏はますます恥ずかしくなって、視線をあっちへこっちへとさまよわせた。
対するエヴラールは少し不機嫌そうな顔でガスパルを睨む。
「ガスパルはいつもタイミングが悪い。これから涼夏の可愛い顔をたくさん見るつもりだったのに……」
「ほほお。どんな顔を見るつもりだったのかは聞かないでおくがな、諦めろ。このむっつり野郎」
軽口を言い合う騎士二人に挟まれて、涼夏はわなわな震えた。
とにかく通行人の生温かい視線がつらい。
恥ずかしくて、恥ずかしくて、どうにかなっちゃいそうだ。
涼夏は立ち上がったエヴラールの手を握ると、少し強引に歩き出した。
エヴラールがたたらを踏みながら歩き出すと、ガスパルもそれにつられて歩き出す。
「涼夏? どうしたの、慌てて」
「だってあそこにいたら恥ずかしくて死にそうだったんです。なにもあんな人前でプロポーズしなくてもいいじゃない……」
後半は消え入りそうな声でぼやく涼夏に、エヴラールはまんざらでもなさそうに笑顔を浮かべると、しっかりと涼夏の手を握り返す。
「はぁ、すっごく嬉しいよ。涼夏と僕が結婚して家族になる……すごいな。嬉しい」
「お前、浮かれるのもいいけど、浮かれすぎんじゃねぇぞ。明日の仕事、朝早いのわかってんのか?」
「分かってるって。ガスパルは心配しすぎだ」
ぽんぽんと言い合うエヴラールとガスパルに、涼夏はちょっとだけそわそわとして、つんつんとエヴラールの手を引く。
「エヴラールさん、明日早いの? なら私ともお話しましょ? 未来のお嫁さんを大事にしてください」
ちょっとだけすねたように言ってみれば、エヴラールが突然顔を押さえてしゃがみこんでしまった。
「はぁ〜………」
「え、エヴラールさんっ?」
「もう無理、本当に涼夏は可愛い。すごい。なんでこんなに可愛いの。お嫁さんだって。可愛い。好き」
ぶつぶつつぶやき始めたエヴラールに、さすがに心の狭いことを言ってしまったかと心配になった涼夏が不安そうにしていると、その肩をガスパルがぽんっと叩く。
「リョーカちゃん、コレ置いて帰ろうぜ」
「え? で、でも」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ほっといたって死なねぇよ」
そう言って歩き出したガスパルと、未だにしゃがみ込むエヴラールを見比べて、涼夏はやっぱり置いていくことができなくてエヴラールを選んでしまう。
「エヴラールさん、帰りましょう?」
そっと手を差しのべれば、エヴラールはちらりと涼夏を見上げた。
涼夏がさらりと落ちてきた横髪を耳にかけながら、にっこりと微笑めば、エヴラールもゆるりと笑みを浮かべてその手をのばす。
一年前、涼夏に手を差しのべたのはエヴラールだった。
何も見えない世界ですがった、節くれだった剣を握る人の手が、涼夏は一番好きで。
涼夏の手を取って立ち上がったエヴラールと、視線が交わった。
つないだ手から、たくさんの気持ちが伝わってくるのはずっとずっと変わらない。
たとえすれ違っても、心が伝わらなくても、涼夏は全身でエヴラールに気持ちを伝えに行くだろう。
声がなくても伝わって、心が傷ついても想いあえたこの人なら、きっと受け止めてくれると思うから。
涼夏の小さな手を、エヴラールの大きな手がぎゅっとにぎりこむ。
この手がいつかしわくちゃになっても、この人の隣に並んでいたい。
手をつないで笑いあった二人は、先を行くガスパルを追いかけて歩き出した。
【首なし少女は氷の騎士と手をつなぐ 完】
 





