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道を尋ねた、後悔した。

 腫れてしまった目元を隠すようにお化粧をしてもらった涼夏は、ドレス姿でエヴラールたちの前に姿を現した。

 エヴラールは目を見張り、ガスパルはひゅうと口笛を鳴らす。


「姉上もいい仕事するじゃねぇか」

「当たり前です。私を誰だと思っているの」


 ジネットはボワレー商会を担う女主人。

 もちろん涼夏の全身はボワレー商会の扱う新作で全身を固めているという徹底ぶりである。

 綺麗に飾り立てられた涼夏がそっとエヴラールに近づくと、エヴラールがハッとしたように肩を震わせた。


「エヴラールさん? どうしましたか?」

「えっ、あ、いや、なんでもない……」


 エヴラールが少しだけ視線をそらす。その頬が赤くなっているのをガスパルが目敏く見つけてケラケラと笑った。


「リョーカちゃん、エヴラールはリョーカちゃんが綺麗すぎて恥ずかしくなっちゃったんだよ。許してやってくれ」

「っ、ガスパル! 何を言って……!」

「え? 違うの? リョーカちゃん、超可愛くね??」


 ガスパルが煽るように言えば、エヴラールはぐっと言葉をつまらせる。それからそろそろと視線をさまよわせた後、ぼそりと答えた。


「……綺麗だ」

「んー?」

「涼夏は綺麗だっ」


 ガスパルに煽られたエヴラールは叫ぶようにそう言うと、涼夏の手を取って少々強引に歩き出した。


「時間がないから先に行く」

「はいはい。それじゃ姉上、夕方くらいにはリョーカちゃん返しに来るから」

「気をつけて行ってらっしゃいね」


 涼夏の手を取ったエヴラールはジネットに見送られながら玄関ポーチに回してもらった馬車へと、涼夏を乗せた。涼夏が馬車へと乗り込むとき、涼夏に聞こえるだけの声でエヴラールが囁く。


「……僕の色を着てくれて、すごく嬉しい」


 涼夏の心境を知らないでそんなことを言うものだから、涼夏もエヴラールを意識してしまって、恥ずかしい気持ちともどかしい気持ち、それからほんの少しの痛みを抱えてしまう。

 涼夏が耳をほんのりと赤くさせながら馬車に乗り込むと、その後からエヴラールとガスパルも乗り込んでくる。

 三人が乗り込むと、馬車は自然と走り出した。






 お城と言われていたから、シンデレラ城のようなものを想像していた涼夏は、いざエリシュ王国のお城を目のあたりにしてぽかんとした。

 それはシンデレラ城の様な尖塔の城ではなく、フランスのヴェルサイユ宮殿のような場所だった。

 建物の壁一つとっても豪奢な彫刻のようなものが彫られていて、涼夏は馬車の窓から見るものすべてに釘づけだった。

 城門をくぐり抜けて、馬車はどこまでも進んでいく。

 どこまで進んでいくのかと思ったとき、ようやく馬車は動きを止めた。


「よし、着いたな。ここが魔術師団の区画だ。ここに今日会う方がいらっしゃる」


 騎士団と並んで魔術師を管理するのが魔術師団だそうで、今日会うのはその魔術師団長らしい。

 涼夏はエヴラールにエスコートされて、そろりと馬車のステップを降りた。

 豪華な建物やきらきらしい内装に身を縮ませていると、ふとなんだか突き刺さるような視線が気になった。

 そろそろと視線をさまよわせれば、同じような制服を着た女の人たちが頬を赤らめながらエヴラールを見ている。その中にたまに涼夏を意味ありげに睨んでいる女性もいたので、ジネットが言いたかったことはこの事だろうかとげんなりした。

 美形は本当に罪作りだ。

 ちらりとエヴラールを見上げると、エヴラールがきょとりと視線を返す。


「どうしたんだい?」

「……なんでもないです」


 この視線は気にならないのかと聞いてみたかったけれど、そんなことを聞いたって意味のないこと。涼夏は努めてすまし顔でエヴラールの隣を歩いた。

 そうして奥の間にたどり着くと、ガスパルがその扉についているノッカーを叩いた。


「失礼いたします。騎士団より参りましたガスパル・シュラールとエヴラール・バラントです。リョーカ・スズミヤ嬢をお連れしました」

「入りなさい」


 中から少しだけ嗄れた優しい声が聞こえた。

 ガスパルはその言葉を聞いて、扉を開ける。

 部屋の中は不思議に溢れていた。

 空を飛ぶ本や書類の束、ぽこぽこと試験管の中で何か科学反応が起きているカラフルな液体、ひとりでに回り続ける地球儀、部屋ではなく塔のようなものにつけるであろう壁一面を使った大きな振り子時計。

 そしてそんな不思議があふれる部屋の奥で、書き物机らしい所に行儀よく座って優雅にティーカップを傾けながら、六本もの羽ペンを宙に浮かべて同時にいくつもの書類へとサインをしている男性がいた。

 男性は涼夏たちが部屋に入ってくると、羽ペンを机の上に並べて置いて、椅子から立ち上がる。空を飛び交っていた書類や本も、それを合図に段々と数を減らしていった。


「イジドール様、本日はお忙しいところお時間をいただき、ありがとうございます」

「ううん、気にしないでいいよガスパル君。それとエヴラール、君もご無沙汰だったね。一ヶ月ぶりかな? 体調が安定しているようで何よりだよ」

「ご心配おかけしました。イジドール様」


 ガスパルとエヴラールが、歩み寄ってきた男性とそれぞれ挨拶を交わした。

 イジドールと呼ばれた男性は、五十代ほどの優しそうな紳士に見えた。黒い髪を肩口で切り揃えて、黒い目は優しそうな垂れ目で少しだけ茶目っ気を乗せている。

 イジドールはその黒い瞳をエヴラールの横へと向けると、穏やかに微笑んだ。


「君がリョーカ嬢だね。はじめまして。私はイジドール・ラスペード。エリシュ王国魔術師団の団長をしているよ」

「はじめまして、鈴宮涼夏です」


 黒い手袋をつけた手が差し出される。涼夏も緊張しながら手を差し出して挨拶した。

 しっかりとした挨拶をした涼夏にイジドールは笑みを深める。

 イジドールは三人を部屋の隅にある応接用のソファーへと案内した。

 そして三人がソファーにそれぞれ座ると、イジドールも一人がけのソファーへと腰を落ち着けた。


「さて、リョーカ嬢。話は色々と聞いているよ。災難だったね。地方にいても、この国の魔術師は全て私の管轄だ。まずは部下の不祥事を謝らせてほしい」

「あの、いえ。大丈夫です。運良くエヴラールさんやガスパルさんに見つけてもらえたし、事件も解決したことなので」


 すごく偉い人に頭を下げられて恐縮してしまった涼夏は、しどろもどろになりながらも思ったことを素直に伝えた。

 涼夏のその様子に、はんなりと目元を緩めたイジドールは丁寧な物腰で涼夏に許しの礼を言うと、早速本題へと入る。


「それで、元の世界に戻る方法を探しているんだったね」

「はい」


 涼夏がこっくりとうなずくと、イジドールもまたうなずき返した。彼はもうすでに、その答えを用意してくれているらしい。涼夏は真剣な眼差しでイジドールの言葉を待った。


「端的に言おうか。まず、理論上でいえば、元の世界に戻る方法はあると答えよう」


 その言葉に涼夏の瞳が輝く。

 エヴラールの体が強張り、ガスパルはじっとイジドールの言葉に耳を傾けている。

 そんな彼らを見渡したイジドールは、「ただし」と真面目な表情で言葉を付け加えた。


「それはある条件が全て揃った上でのことだ」

「ある条件?」

「そう。三つある。まずは膨大な空間属性の魔力が必要だ。これは難しいけれど、召喚魔法をする際に誰でも必要な魔力だから、地道に集めればなんとかなると思う。二つ目は座標の特定。これは君を召喚した場所、時の流れから算出ができるけれど、それを割り出せるのは君を呼び出した本人だけだ」


 一つ目、二つ目と、なかなかに厳しい条件を出されて、涼夏はごくりと喉を鳴らす。

 そんな涼夏を見て、イジドールは言葉を続ける。


「この二つは最悪、僕の監視の下で、今回の件の主犯であるフィルマンに行わせることができるし、空間属性の魔力集めは僕も力を貸そう。だけど最後の三つ目が問題だ」

「三つ目……?」


 イジドールの嫌な前ふりに、涼夏の胸が一気に不安で満たされた。

 そわそわと落ち着かなくなってそろりとエヴラールを見上げるけれど、エヴラールは涼夏の方へと見向きもしない。

 なんだか落ち着かない気持ちで涼夏がイジドールに視線を戻せば、イジドールは重たい口調で三つ目の条件を提示した。


「三つ目の条件。それは契約術をしていないこと。これは異世界とこの世界に起きる齟齬を解消するための術だ。例えば異世界の生き物にとって、この世界の空気は毒かもしれない。そういった毒に異世界の生き物をなじませるのが契約術だ。つまり、体を作り変えるというのに等しい」


 涼夏の瞳が大きく見開かれる。

 喉がカラカラに乾いていく気がして、キュッとドレスの裾を握り込んだ。まだ完治していない右手の指が軋んだ気がしたけれど、そんなこと気にしてられなかった。


「そ、それって逆のことはできないんですか? 契約術を解いてもらえれば、体が元に戻るとか」

「分からない。試してみたことがないからね。だけど契約術を解いても、難しいと思う」

「どうして?」

「それは契約術の副作用だからだ。一般に知られていないけれど、契約術を行うことで被召喚物と元の世界の関係を断ち切ると言われている。契約術は契約者だけではなく、この世界そのものと被召喚物をつなぐ術式もこめられているんだ。その副作用として被召喚物の生体構成を作り変えていると言っても過言じゃない」


 段々と難しくなってきた話に、涼夏が助けを求めるようにエヴラールを見るけれど、エヴラールは一切涼夏の方を見ない。

 そのことがとても恐ろしい何かの前触れのようで、涼夏は今すぐにでも耳を塞ぎたくなる。

 だけどそうするよりも早く、イジドールがはっきりとした答えを涼夏に叩きつけた。


「この世界との契約をしてしまえば、元の世界に居場所がなくなってしまうと思ってもらって構わない。元の世界にあったものを粘土をちぎるようにこちらに持ってきて定着させているんだ。だから元の世界に戻ったら君は、一から全てをやり直すことになる」

「いちから……? それってどういう……」

「……残念だけど、君のご両親やご友人、みんな君のことを忘れてしまっている可能性が高いってことだ」


 みんな、自分のことを忘れてしまっている?

 もし元の世界に戻れたとしても、それはお父さんもお母さんも友達も、みんな涼夏のことを知らない世界ということ?

 涼夏は今見ているものが全て遠い世界の出来事のように聞こえた。

 その中でも、イジドールの声だけは鮮やかに聞こえる。


「結論を言おう。残念ながら君は、エヴラールと契約術を交わしてしまった以上、元の世界に戻ることは諦めたほうがいいと、おすすめするよ」


 イジドールの言葉はナイフのように鋭かった。

 涼夏はもう、元の世界に帰れない。

 元の世界に帰っても、それは涼夏の存在しない世界。

 涼夏の存在が、忘れ去られた世界。

 その事実だけが、涼夏の胸いっぱいに広がる。

 帰れない。

 お父さんにも、お母さんにも、郁ちゃんにも会えない。

 先生も、クラスメイトも、近所のおばちゃんも。

 それはどうして?

 エヴラールと、契約術を交わしてしまったから?


「……エヴラールを擁護するわけではないけれど、彼のことは責めないでやってくれ。逆に言えば、契約術がなければ君は今ここに生きていることも怪しかった。契約術をされないまま腐って死んでいった召喚獣を、私は何度も見ているからね」


 そんなことを言われてしまえば、このやるせない気持ちを誰にぶつければいいのか。

 涼夏は泣くことも、怒ることも、誰にこの感情をぶつければいいのかも分からなくなってしまって、ただ淡々とイジドールの言葉を受け入れた。

 後悔した。

 エヴラールと出会ってしまったことを、今、初めて。



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