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ドレスを着た、向き合った。

本日二話更新しています。

 少しだけエヴラールとの距離が遠くなってしまった気がしたあの日から、さらに数日が経った。

 相変わらずエヴラールは涼夏に魔力供給をしてくれているけれど、その心の言葉がいつの間にか聞こえなくなり、なぜだか上辺だけの言葉ばかりが聞こえてしまって、涼夏はじくじくとした胸の痛みを抱えたまま、日々を過ごしていた。

 そんなある日、エヴラールとガスパルが涼夏の元にやってきた。


「よっ、リョーカちゃん久しぶり」

「お久しぶりです、ガスパルさん。エヴラールさんも、こんにちは」

「あぁ、こんにちは」


 エヴラールが訪れるのは、いつも夕食が終わるような時間帯だ。朝早く、それも二人揃って訪れたことを不思議に思っていると、二人を連れてきたジネットが呆れたようにガスパルに小言を言う。


「まったく、出かけるのならせめて前日に教えてほしいものだわ」

「だって俺らも今朝言われたんだよ。向こうもお忙しい方なんだから、仕方ない」

「もう。女の準備には時間がかかるのだから、少しくらい余裕を見てくれてもいいんじゃないかしら」


 涼夏が二人のやり取りを聞いて目を白黒させていると、ガスパルがにかっと笑った。


「ようやく魔術師と話ができることになったんだ。一応リョーカちゃんのことはあまり存在を知られたくないからさ、下っ端魔術師すっ飛ばして一番偉い人と話できるようにしてもらったんだよ」


 胸を張るガスパルに、涼夏は目を見張った。見事に有言実行をしてくれたガスパルに、感謝の気持ちでいっぱいになる。


「ありがとうございます!」

「お礼は俺じゃなくてエヴラールにな? どっちかといえばエヴラールの個人的なつながりの方が大きい。今回会ってもらう魔術師は、エヴラールが魔力のことで度々相談してた方でもあるからさ」


 そうだったんだ。

 涼夏は視線をエヴラールに向ける。エヴラールがにこりと微笑んだので、涼夏もほっと息をついた。


「ありがとうございます、エヴラールさん」

「いや、気にしないで。むしろ僕にできることはこれくらいだけだから」


 それでもやっぱり、少しだけ距離を感じる。

 ぎくしゃくとした二人の様子を見て、ガスパルとジネットは耳を寄せ合った。


「あいつら、どうしたんだ?」

「私に聞かないで。少し前からあんな調子なのよ」

「ふぅん……」


 ガスパルが少しだけ眉を寄せる。

 言いたいことは色々あったが、時間が押しているのでその全部を飲み込んだ。


「姉上、リョーカちゃんこのまま連れてくぞ」

「待ちなさい。登城させるのにそのお衣装では駄目よ。着替えさせるから」


 そう言ってジネットは涼夏の肩を抱いて、別の部屋へと連れ去ってしまう。

 涼夏が困惑した表情でジネットを見上げれば、ジネットは凛とした面持ちで前を見ていた。


「魔術師がいるのはお城の中です。普段着ではなくてきちんとした礼装をして行かねば恥をかきます。リョーカさん、城へ行くなら決して背を丸めてはいけません。常に前を向いて歩くのですよ。特にあのエヴラール様の隣にいたいのであれば」


 ジネットが言いたいことが分からなくて、ますます涼夏は困惑してしまう。

 衣装部屋に連れてこられた涼夏が所在なさげに立ち尽くしていると、ジネットはメイドに声をかけてあれよあれよと言う間に涼夏から着ていた服をはぎとっていく。

 そうして奥から持ってこられたドレスに、涼夏はひっくり返りそうになった。


「あの、ジネットさん。こんなドレス、私には……」

「何を言ってるの。ちゃんと似合います。むしろこのくらいしないと、あなたはエヴラール様の隣に立つなんて難しいのよ」


 ジネットが用意してくれたのは、海の色を基調にした、どちらかといえばカジュアルなドレスだった。ジネットが普段から着ているドレスのように胸元が大きく広がっているドレスや、涼夏が想像するパーティドレスとは違っていて、豪華すぎない控えめなドレスともいう。

 それでもなんだか気後れしてしまって涼夏が着るのをためらっていると、ジネットがぴしゃりと言い放つ。


「リョーカさん。お時間がないのです。さぁ着てくださいな」

「えっと、あの、もうちょっと控えめな他の服とかって」

「あら、私のご用意したドレスが着られないと?」


 そういうわけではないけれど。

 でも、どうしてこの色なのだろうか。


「あの……なんで、青色なんですか? もっと他にも色はあるのに」

「あら。エヴラール様のお色は嫌?」


 ズバリと核心をついてきたジネットに、涼夏は喉をつまらせた。

 ジネットが用意したドレスは、青は青でも海の色。まるでエヴラールの瞳の色だと涼夏が見ただけで分かってしまったのだから、他の人も当然わかる色だろう。

 涼夏は瞳を右往左往させながら、ほそぼそと言葉を返す。


「その、なんか、青色だと、意味深な色じゃないかなって……」

「むしろ望むところではありませんか。あなた達は恋仲なのでしょう? ならば城の女たちを牽制するためにもこれくらいはして当然です」


 まさかのジネットの思い違いに、涼夏はポカンとした。

 涼夏とエヴラールが、恋仲?

 一瞬、脳内がフリーズしたけれど、すぐに顔を真っ赤に上気させて、首をぶんぶんと振って否定する。


「ち、違います! エヴラールさんと私はそんな! こ、恋人なんかじゃありません!」

「まぁ」


 これにはジネットも驚いたようで、目を瞬いている。

 それから少しだけ困ったような表情になって、頬に手をついた。


「そうだったの。私はあなたのことを、エヴラール様の大切な人だと聞いていたから、てっきり」

「そんな、私なんかがエヴラールさんの恋人なんておこがましいです。……小さいし、子供だし、可愛くなんてないし、迷惑かけてばっかりで」


 自分で言っているうちに悲しくなってくる。

 しょんもりしてしまった涼夏を見たジネットは、そうっと腰をかがめて涼夏と視線を合わせた。


「でもあなたを見ていると、エヴラール様のことが好きなんだってことが伝わってくるわ」

「もちろん、好きです。優しくて、私のことたくさん助けてくれました」

「そうじゃなくて。この胸の奥にある好きって気持ちは、とても大切で、もっと特別なものなんじゃないの?」


 トンっとジネットが涼夏の小さな胸をつつく。

 涼夏は胸に手をおいて考えた。

 この好きって気持ちはなんだろう。

 エヴラールのことが好きだ。

 それはきっとジネットの言うように、とっても大切な感情。

 ガスパルのことも、ジネットのことも好きだけど、やっぱりエヴラールに対する好きとはほんの少しだけ違っていて。

 だけど、この特別な好きという感情に名前をつけるのが怖い。

 だって。


「……ジネットさん」

「何かしら」

「私は、この好きを、エヴラールさんに伝える資格なんてないんです」


 思い詰めたような涼夏の表情に、ジネットが優しく微笑んだ。


「そんなことないわ。資格なんてもの、男女の機微の前には必要ないもの」

「そんなこと、あるんです」


 今にも泣きそうな表情になった涼夏に、ジネットが真摯な表情になる。

 涼夏はきちんと聞いてくれる姿勢を示したジネットに、この数日、ずっと溜め込んでいた気持ちを吐き出した。


「私は帰るんです。元の世界に帰りたいんです。もし本当に帰れる道があったら、私はきっとエヴラールさんを選べないんです。そんな私が、エヴラールさんの隣にいるなんてこと、おこがましくて……つらくて、胸が、痛いんです」


 我慢していたものが溢れ出した。

 エヴラールにとって涼夏が唯一ではないように、涼夏だってエヴラールを選ぶ理由はなかった。

 元々別世界の人間なのだから、涼夏はエヴラールではなく元の世界で好きな人を作って、両親に親孝行するんだと思っていた。

 それなのにこの胸の気持ちは、エヴラールと手をつなぐたびに惹かれていくばかりで、元の世界に負けないくらいの気持ちが溢れ出しそうになる。

 それでも涼夏はエヴラールを選べない。

 選んでしまったらきっと、元の世界に残してしまう人たちと二度と会えなくなってしまう気がして。

 大きくなりすぎてしまったエヴラールへの気持ちは、今や涼夏にとって毒だった。

 誰にも言えずに、誰にも相談できずに、ずっとずっと考えることから目をそらしていたこの気持ちに向き合ってしまった今、涼夏は吐き出さずにはいられなかった。

 そんな涼夏がぽつりとこぼした涙はとても綺麗で、その涙を見たジネットまで胸がしめつけられるような気持ちになってしまう。


「……ごめんなさいね。あなたの気持ちを考えていなかったわ。今日のところはすぐに着られるドレスがこれしかないの。着てくれるかしら」


 ジネットがそうっと涼夏を抱きしめてくれる。

 ジネットの胸に抱かれると、エヴラールとは違った温かさが流れ込んでくる。

 しばらくはらはらと涙をこぼしていた涼夏はやがてこくんとうなずくと、ジネットに涙を拭ってもらって、ドレスへと着替え始めた。

 涼夏にドレスを着替えさせる指示をメイドに出しながら、ジネットは思う。

 涼夏もエヴラールも、複雑で絡まった感情を互いに持っている。涼夏のこの気持ちを知っているかどうかは分からないけれど、エヴラールもまた、同じようなことを思っているのだろう。なんとなくここ数日の二人の関係がよそよそしいものになっていた理由が分かった気がして、ジネットは嘆息する。

 二人共が不器用すぎた。その根底にあるものはお互いに同じもののはずなのに、歯車の位置が悪くてずれているかのように、二人の気持ちが噛み合わない。

 貴族には珍しく、恋愛結婚をして商人の男に嫁いだジネットだからこそ、二人の身の上を嘆かずにはいられない。

 どうか二人が、納得のいく形の結末を迎えることができればいいと、願うことしかできなかった。



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