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叱られた、歓迎された。

本日二話更新しています。

 翌朝、目が覚めた涼夏はすごく驚いた。

 目の前にはがっしりとした壁があって、涼夏の腰に腕が回されている。

 その上そろりと顔を上げれば、寝起きには心臓に悪い美貌の男性が。

 心の中で涼夏が絶叫すると、ぱちりとエヴラールが目を覚ました。

 それからとろりと蕩けた眼差しを向けられて、寝起きのかすれた声で笑いかけられれる。


「おはよう、涼夏。眠れた?」

「おっ、おはようございますっ! え、なんで、えっ?」


 涼夏の内心がパニックになってるらしいことが伝わってきたエヴラールが、涼夏の頭をよしよしと撫でて、ベッドを降りた。


「昨日の夜、覚えてない?」


 優しく笑うエヴラールに、涼夏は昨夜のことを思い出す。

 エヴラールたちと別れて、お風呂に入り、戻ってきたスマホが電池切れだったから、どうにか充電ができないかと思って魔力であれこれ頑張ってるうちに寝てしまった記憶がある。

 それから怖い夢を見た気がして、でもその悪夢はエヴラールが来てやっつけてくれるという夢を見たような気もするけれど。

 もしかしなくともその夢が現実だったのだろうかということに思い至って、涼夏は顔を真っ赤にさせた。


「ごめんなさい! 私、その、えっと……っ」

「謝ることじゃないよ。怖い夢を見たなら気持ちが弱まるのは普通のこと。たまたま気づけたから良かったけど、今度からは怖いときは怖いって言って」


 エヴラールからの頼もしい答えに、涼夏はこくんと頷いた。

 それからエヴラールに、夜魔力が減ってたことを聞かれて、涼夏は渋々白状する。


「昨日は部屋に戻った後、お風呂に入りました。右手が使えないから、魔力でお湯を操って身体とか髪とか洗いました」

「また器用なことをしているね……他には?」

「……無理だろうなって思ってはいたんですけど、スマホに充電ができないかなって。電池が切れてるみたいだから、なんとかならないかなーって……」


 涼夏の目が明らかに泳ぐので、魔力の大半はこのスマホとやらに使っていたようだ。それのせいでおそらく魔力が低下し、精神が不安定になったのだろう。


「涼夏、魔力の使い方は注意して。急激な魔力不足は体に影響が出やすいんだ。人によってそれは変わるけれど、君は精神的に強く出るみたいだから、寝る前の魔力の使いすぎには注意すること」

「はい」

「君の魔力くらい僕が賄えるんだから、もし魔力が半分以上減ったら遠慮せずに声をかけて」

「はい……」


 エヴラールに諭されて、涼夏はしょんもりとした。

 そんな涼夏の黒い頭をまた一撫ですると、エヴラールは微笑んだ。


「約束が守れないなら今夜も一緒に寝ようかな。その方が安心だ」

「大丈夫です、一人で寝れます!」


 さすがに子供じゃないので添い寝されてしまうのはなんだか恥ずかしいし、朝一番でエヴラールの心臓に悪い美形姿を拝むというのもできれば避けたい。

 シュタッと挙手をして主張した涼夏に、エヴラールは残念そうな顔になるけれど、ちょうどタイミングよく部屋の外からガスパルから朝食に誘われる声がした。


「それじゃ、僕は部屋に戻って着替えるよ」

「あっ、はい」


 涼夏はエヴラールを見送ると、へなへなとベッドに突っ伏した。

 朝からイケメンの笑顔は眩しすぎる。

 じんわりと赤くなった頬を叩いて、涼夏は起き上がる。

 ぎゅっとエヴラールに抱きしめられていた体は、いつもよりずっと温まっていた。






 夜中の魔力消費についてガスパルからもこっぴどく叱られた涼夏は、しょんもりとしたまま馬にのって王都への道のりを進んだ。

 朝の早い時間に宿を出発した涼夏たちは、昼には川のほとりで休憩をしながら宿でもらったサンドイッチを食べて、まっすぐに王都を目指した。

 途中、いくつもの街や村を通り過ぎたけれど、太陽が傾き茜色が差し込む時間になると、とうとう大きな門が見えてくる。

 これがエヴラールたちが住むエリシュ王国の王都への入り口らしい。

 昔修学旅行で見た東大寺南大門よりも立派な石造りの門に、涼夏はしきりにまばたきをしては見上げていた。

 ガスパルとエヴラールが通門手続きをしてくれる。身分証を求められて困ったけれど、ガスパルが上手く説明をしてくれたのか、なくても王都に入れてもらえた。


「よし、それじゃあ先にリョーカちゃんを預けに行くか」

「えっ」


 てっきりエヴラールたちにこのままついていくのだとばかり思っていた涼夏は、ガスパルの突然の宣言に驚いた。

 自分はこれからどうなるんだろう。

 そわそわとエヴラールとガスパルを落ち着きなく見やっていれば、不安そうな涼夏の手をぎゅっと握ってエヴラールが囁く。


「ごめんよ。僕とガスパルは騎士団の寮ぐらしで、男所帯に君を連れていけないんだよ。でも安心して、これから行くところはガスパルの姉のところだ。商人の旦那さんに嫁がれて、この王都に住んでいらっしゃる」

「あそこなら何でもあるし、女同士じゃないと話せないこととかもあるだろうからな。まぁ、自分の家だと思ってのんびりして待っててくれ」


 二人はそう言うけれど、涼夏は恐縮してしまう。初めて会う人のところに突然預けられるなんて、迷惑じゃないだろうかと不安に思っていれば、エヴラールが笑った。


「君が治療院にいる間にガスパルが早馬を飛ばしていてね。君のことを伝えたら、快く受けてくださったそうだよ。寂しがらなくていい。君と僕は一蓮托生さ。毎日会いに来るよ」


 耳元に唇を寄せられてそう囁かれてしまえば、涼夏もこっくりと頷くしかない。真っ赤になって頷いたままうつむく涼夏に対して、エヴラールから可愛いと思われている感情ばかり伝わってきて、涼夏はますます顔があげられなくなった。

 王都は人で賑わっていて、レンガ造りの建物や、舗装された馬車道、ガス灯のような明かりまであって、近世のヨーロッパを思わせる街並みだった。車とか、電車とか、そういったものはないけれど、前時代すぎるほど前時代な世界でもなくて、便利なものは魔力で動くといったようなファンタジーな世界に涼夏は目を輝かせる。

 道中の街や村でも物珍しそうに見ていた涼夏がここに来ていっそう目を輝かせたのを見て、エヴラールも楽しそうに微笑んだ。

 馬を歩かせて進んでいくと、貴族御用達の高級店が並ぶ通りまで来た。そこまでくればもうすっかり夜の帳も降りていて、藍色の空に店々の明かりや通りの灯が月や星に負けずに輝き出す。

 店構えからも立派な店を通り過ぎて、そのうちの一つの前で馬を止めたガスパルは、ようやく馬から降りた。


「夜分に失礼。ガスパル・シュラールだ。ジネット姉上はいるか?」

「これはこれはガスパル様。お待ちしておりました。奥様は奥のお部屋でお待ちです」

「分かった。二人とも、こっちこい。馬はまたすぐ使うから見ておいてもらえるか?」

「かしこまりました」


 ガスパルが店の男性に声をかけると、男性が上品に対応した。ガスパルが外で待つ涼夏とエヴラールを呼び、馬を店の者に預けると、三人揃って男性の後を追って店の奥へと進んだ。

 きらきらとしながらも広々とした店の内装に、涼夏はそろそろと周りが気になってしょうがない。まるで慣れないデパコスの売り場に足を踏み入れた時のような落ち着かない気持ちになってしまって、涼夏はついついエヴラールの手を握ってしまった。

 エヴラールは急に握られた手に一瞬だけ動揺したけれど、すぐに涼夏の手を握り返した。そしてまたやってしまったと気がついた涼夏が恥ずかしそうに顔をうつむかせるのを見て、エヴラールがまたそれを可愛いと思う悪循環が生まれる。

 そうしているうちに奥の部屋までたどり着いた一行は、待ち構えていたドレスの貴婦人に歓迎された。


「久しぶりね、ガスパル。元気そうで何よりだわ」

「姉上も元気そうで何よりです」

「それと……エヴラール様? ずいぶん見違えたように男ぶりが増しましたわね?」

「ご無沙汰してます、レディ・ジネット」


 金色がかったふんわりとした茶髪にガスパルとよく似た緑の瞳をした貴婦人が、ガスパルとあっさりとした挨拶を交わしたあと、エヴラールへと歩み寄ってくる。

 親戚の結婚式くらいでしか見たことのない本物のドレスに、涼夏はドキドキしながエヴラールの背中に隠れた。

 エヴラールが軽く腰を折って、ジネットの手を取り手の甲を軽く持ち上げて口づけるような動作をした。実際には口づけはしてないけれど、その物語に見る絵のような所作に、涼夏はドキドキしっぱなしだ。

 ドレス姿で美男子にキスされるなんて、乙女チックでロマンティックすぎる。きらきらしすぎて、目が贅沢になってしまいそうだ。

 エヴラールの手を離して背中にくっついていた涼夏だけれど、挨拶が終わったらしいジネットと目があった。

 ジネットは一度まばたきをすると、にっこりと涼夏に笑いかける。


「可愛らしいお嬢さんだこと。手紙でも聞き及んでおりましたが、エヴラール様のお顔の色がよろしいのはこの子のおかげで間違いなくって?」

「そうですよ。彼女のおかげで、今では毎日体も軽くて、なんだって出来そうな気分です」

「そう。それなら良かった。私もガスパルも、あなたの体のことは常々心配していたから嬉しいわ」


 ホホホと手に持った羽扇を上品に口元に当てたジネットが、改めて視線を涼夏に向ける。


「はじめまして、私はジネット・ボワレー。このボワレー商会の女主人にして、あそこのガスパルの姉よ。さぁ可愛いお嬢さん、あなたのお名前を教えて頂戴」


 優しく話しかけてくれたジネットに、緊張しっぱなしだった涼夏もおずおずとエヴラールの背中から姿を表した。ドレスを着ている人の存在感は、まるで職員室に入室するときのような圧迫感があって、どうしても緊張がほどけない。

 それでもなんとか顔を上げて挨拶をした。


「は、はじめまして。鈴宮涼夏です」

「スズミヤさん?」

「違う違う、リョーカちゃん。俺らと違って、名前と姓が逆になるらしい」

「あら。それは珍しいわね」


 そう言って微笑んだジネットは、一同をぐるりと見渡すとガスパルに声をかける。


「さて、それじゃあお話通りこの子はうちで預かるわね。リョーカさん、これからよろしくお願いいたします」

「はいっ。お、お世話になります!」

「よろしいわ。それでガスパル? あなた達はこれからどうするの? もう夜だし、夕食は食べていかれる?」

「いや、すぐに団長に報告に行く。飯も寮で食うよ」


 ジネットの誘いをガスパルが断ると、ジネットはあっさりと引き下がる。だけど、と一言だけ付け加えた。


「エヴラール様。今のあなたを見たら王宮の侍女たちが卒倒してしまいそうよ。用心深く登城なさいな」

「はぁ……?」

「……俺が見とくから、まぁ大事にはしないようにする」


 いまいちわかっていないエヴラールのかわりに、ため息をついたガスパルがげんなりしながらジネットに答えた。

 それからガスパルは動作だけで涼夏と魔力をやり取りしてこいとエヴラールに示す。

 エヴラールはそれにはすんなりとうなずいて、涼夏と手を取り合った。涼夏も真正面に立ったエヴラールにほんのりと頬を染めながら手を取って魔力を吸い始める。

 それを横目に見ながら、声を落としてガスパルはジネットに伝えた。


「リョーカちゃんだけど、魔力の減りには注意してやってくれ。結構、俺らの見てないところで魔術使って魔力を減らしてる。魔力不足が精神に来るタイプっぽいから、そうなる前に注意してほしい。一応毎日エヴラールが魔力供給に来るつもりだけど、万が一の時は姉上の魔力を吸わせてやってくれ」

「そう。彼女黒髪だけれど、属性適性は無視していいってことね?」

「あぁ。だが吸い取る魔力量は結構大きい。エヴラールの魔力生成量の半日分だ。だけど自分じゃ魔力生成できないっぽいから、魔力回復薬とかは効かないと思う」

「なるほどね。分かったわ」


 ガスパルの説明に、ジネットは神妙にうなずく。

 それからガスパルは夜の明かりのことだとか、悪夢のこと、他にも右手の怪我のことをジネットに詳細に話す。

 大体を話し終えたところで、エヴラールと涼夏の魔力供給も終わったようだった。


「それじゃ姉上、頼んだ」

「レディ・ジネット、よろしくお願いします」

「ええ、任されたわ。安心して頂戴な」


 ホホホ、とジネットが優雅に笑う。

 涼夏が少しだけ不安そうにエヴラールを見上げる。エヴラールはその視線に気がついて、涼夏に微笑みかけた。


「大丈夫、レディ・ジネットは優しい人だから。また明日も会いに来くる。いい子にしているんだよ」


 そう言って頭をよしよしと撫でてくるので、涼夏はちょっとだけ唇を尖らせた。


「……子供扱いはしないで」

「ごめん。でも君は可愛いからついこうしてしまいたくなるんだ」


 ぷいっとそっぽを向いた涼夏だけど、エヴラールがそんなことを言うから、耳まで真っ赤になってしまって、ただの照れ隠しになってしまっただけだった。


「……ねぇ、もしかしてこの子たちずっとこう?」

「おう。そろそろ糖分摂取過多で俺つらい」

「あなたも難儀ねぇ」


 甘酸っぱい空気を醸し出す涼夏とエヴラール。

 それを見てガスパルが項垂れれば、ジネットは呆れながらも独り身の弟を慰めるのだった。



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