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悪夢を見た、夜を越えた。

 モーリア侯爵領を発って半日ほど。

 王都との丁度中間あたりに位置する街で、涼夏たちは宿をとることになった。

 ガスパルが適当な宿を見繕って部屋を二つ取る。

 男女で部屋を分けたガスパルに、涼夏はひどく遠慮した。


「あの、私別に三人部屋でもいいですよ? 首がないときもエヴラールさんと一緒だったし……それにエヴラールさん、魔力吸収しないと夜眠れなくなりませんか?」


 涼夏の純粋な好意からの申し出に、エヴラールは顔を覆った。そのエヴラールを、ガスパルが指さして笑っている。


「笑うな、ばか」

「これが笑わずにいられるかって。リョーカちゃんや、首がないときはまあまあの緊急事態だったからそうしたけどさ、一応今は平時だからね? 男女が同衾するのって都合が悪いわけよ」

「どうきん?」


 ガスパルの意味ありげな言い回しに、涼夏が首をひねる。

 明らかに言葉の意味が通じていない涼夏に、ガスパルとエヴラールは希少生物を見つけたときのような気持ちになった。


「嘘だろ、同衾が伝わらない……!? えっ、これ、どう伝えればいいの?? ちょめちょめとかにゃんにゃんって言えば伝わる???」

「やめろ、涼夏が汚れる」


 容赦なくガスパルの言動をぶった切ったエヴラールは、涼夏がガスパルの言葉を聞かないように、耳を塞いでしまった。いきなり耳を塞がれてしまった涼夏はきょとんとする。


『同衾。男女が一緒に寝ること。普通は恋人や夫婦同士でしかしない。それとも涼夏は僕の恋人になってもいいと思ってくれているのかな。そう自惚れてもいいのだろうか……』


 触れられた耳からエヴラールの内心が伝わってきて、涼夏はエヴラールとガスパルが言いたかったことを十分に理解した。

 そしてエヴラールの聞いてはいけなかっただろう本心もほんの少し流れてきてしまって、驚きと恥ずかしさとでどうにかなっちゃいそうだ。


『えっえっ、もしかしてエヴラールさん、私のこと……? でも、え、でも! 私なんかつりあわないし……』

『涼夏もまんざらじゃない? なら一緒に寝ても……』


 二人して自分の思考と相手の思考が絡まりあって、何も喋ってはいないはずなのに顔が赤くなっていく。

 無言で顔を赤らめだす二人に、ガスパルは半眼になった。


「おーい、とりあえず部屋割りは男女別なのに異論は認めねぇからな?」

「……この前は率先して僕と涼夏を同じ部屋で寝させたくせに……」

「あれはリョーカちゃんの頭の都合だろ。異論は認めん」


 それこそ都合がいい言い訳だとエヴラールは不満に思ったけれど、今の涼夏との同室は確かに色々体裁は悪い。

 エヴラールは一つため息をつくと、涼夏から離れて、ガスパルの馬にくくりつけていた荷物から、涼夏の分を手に取った。


「これ、君の荷物。フィルマンが持ってた荷物はこれだけだ。異世界の物らしいから、フィルマンも簡単に捨てられなくて残していたらしい。返しておくよ」

「あっ、ありがとうございます」

「それと、これは着替えとかが入ってる。荷物を置いたら食事にしよう。涼夏にこの世界の美味しいものを食べさせてあげる」


 エヴラールの言葉に涼夏は素直に喜んだ。

 この世界に来て最初は首がなくて食事はできなかったし、首が戻ってからも薄味の病人食ばかりで、味のしっかりしたご飯が懐かしくてしょうがなかったのだ。


 うきうきした涼夏は、宿の鍵を受け取って自分に割り振られた部屋へと向かう。

 荷物をぽんっぽんっとベッドの上に投げると、ざっくりと中身の確認だけしてみた。

 紺色の四角いスクールバッグの中身はきっちりと中身が揃っていた。教科書、文房具はもちろん、スマホや小物、それから買っていたグミまでちゃんとある。

 お弁当箱の入っていたサブバッグは水筒とお弁当箱がちゃんと入っていた。これ、中身を開けるのがなかなか勇気がいるけれど、後で水場を借りて洗わないといけないと思って涼夏は少しだけ気持ちが萎えた。

 それから服とかが入っているらしい布袋。

 ちょっと大きめのナップサックみたいな袋の中には、確かに服の類が入っていた。ただ、薄いピンク色の服が多くて、あんまり涼夏に似合うといえるような色合いのものではなかったけれど。

 首がなかったときに買ってくれたのだから文句は言えない。むしろ無一文にも等しい涼夏にこうやって諸々を与えてくれてるのだから、感謝こそすれ文句はお門違いだ。

 ありがたくそれらを収めた涼夏はナップサックの奥に高校のブレザーが仕舞われているのを見つけた。この世界の服装は膝下のロングスカートが主流のようで、ドイツの民族衣装のようなメルヘンなワンピースが多い。そんな中で着るのは目立つので、しばらくは着ることもないだろう。


 ざっくりと荷物を確認した涼夏は部屋を出た。

 部屋を出れば、廊下でガスパルとエヴラールがもう待っていて涼夏は遅くなってしまったことをわびた。

 二人は気にしていないと笑いながら、歩き出す。この宿が営業している食堂はなかなか美味しいらしく評判なのだそうだ。

 ガスパルが先導するのを、涼夏とエヴラールが並んで歩く。

 無意識に涼夏の手がさまよったのを、これまたエヴラールが無意識につかまえて、どちらからともなく手をつないでしまった。

 ハッとした涼夏がつながれた手を見る。エヴラールも気がついたのか、握ってしまった手を驚いた様子で見ていた。

 ついつい首なしだったときのように手をつないでしまったらしい。涼夏の魔力は満ち足りているし、エヴラールも半日ずっと涼夏に魔力を吸ってもらっていたから、魔力過多でつらいというわけではない。二人で無言でつないだ手を見ていれば、後ろからついてこない二人に気づいたガスパルが振り返った。


「おい、早くしねぇと席が埋まるぞ?」

「あ、ああ。今行く」

「はいっ」


 涼夏とエヴラールはほんのりと頬を染めながら、どちらかともなく手を離すと、ガスパルの後を追った。






 異世界の夕食は、ちょっとリッチな日本の食事とそう変わらなかった。

 ふわふわのライ麦パンに、じっくりコトコト煮込まれたビーフシチュー、フレッシュサラダはレタスやトマトに似た野菜で彩られ、デザートにはフルーツの盛り合わせ。

 手抜きでごめんねって笑う母の一品料理より豪華な食卓に、涼夏はすっかり胃を満たして満面の笑顔だ。


「久しぶりにしっかりしたご飯だったから、つい食べ過ぎちゃった」

「そうかー? 俺らからすればもっと食ったほうがいい気がするけど?」

「あれだけで足りた? やっぱりもう少しなにか食べたほうが」

「いえいえ、十分満足です!」


 まるであれもお食べ、これもお食べと言ってかまってくる親戚のおばちゃんたちのようなことを言い出したガスパルとエヴラールに涼夏は苦笑した。

 ここに来てずっとにこにこしている涼夏に、エヴラールも自然と笑顔になる。


「それじゃ、明日また日が昇ったら出発な。朝早く出れば、たぶん夕方には着くと思うから」

「分かりました。おやすみなさい、ガスパルさん、エヴラールさん」


 にこにこと笑顔で部屋に入っていく涼夏に、エヴラールも微笑んで、ガスパルと自分にあてがわれた部屋へと入る。

 入った途端、ガスパルがエヴラールの様子をうかがった。


「エヴラール、魔力の方はどうだ?」

「平気。涼夏がさっき多めに吸ってくれたみたいで体は軽いよ」

「そっか。それにしてもさっきのリョーカちゃんは面白かったなー」


 エヴラールは、ガスパルの指すさっきの涼夏を思い出して思わず頬をゆるめる。


「ぬるくなったジュースを、まさか魔力で冷やすとはね。なかなか思いつかないよ」

「あ〜〜〜! 任務が終わったら、リョーカちゃんにキンッキンに冷やしたエール作ってもらって一杯やりてぇ〜〜〜!!」


 魔術とは高尚なもので、魔力を持っていても、生活用品として仕組まれた魔道具ぐらいでしか庶民は魔力を使わない。だから涼夏が夕食の場で果物を絞ったぬるいジュースに魔力を通してグラスごと冷やしたときは二人とも驚いた。

 涼夏は魔力があればあるだけ使う。首や氷の頭を維持しなくなって、エヴラールから吸収する魔力が減るかと思ったけれど、彼女の魔力の使い方ならおそらくは毎日でもエヴラールから魔力を吸い取って行くだろう。

 それはエヴラールにとって大変ありがたいことだった。


「治療院のおばちゃんが、リョーカちゃんを気にしてるようだったけど、大丈夫そうだな。右手の怪我も、食事とかはなんとかなってたし」


 つらつらと話すガスパルに、エヴラールは神妙に頷く。

 だけどその後すぐに、表情を曇らせた。


「だけど治療院の先生が案じていたのは今夜だ。夜になると魘されていると。……やっぱり心配だ。今からでも部屋を同じにした方が……」

「駄目だって。彼女が何も言わない以上、下手につつかないほうがいい。あんまりにひどいようなら、俺が部屋をこじ開けて起こしに行ってやるさ」


 涼夏のことを案じるエヴラールに、ガスパルは簡単に返す。

 それから先にシャワーを浴びると言って、シャワールームに消えていった。エヴラールがどんなに悩んだって悪夢からは涼夏を助けてやれない。一緒にいたところで、何もしてやれることがないのが歯がゆい。

 ガスパルも、これは涼夏自身が乗り越えるべきものだと分かっているから、彼女が自分から話さない以上は踏み込まないようにするべきだと主張する。その通りだけれど、やっぱりエヴラールは涼夏のことを気にかけてしまうので、思考は堂々巡りだ。

 ガスパルと交代でシャワーを浴びて、早々に寝支度を済ませると、エヴラールはベッドに横たわった。ガスパルもとっくにベッドの上で、もう寝る体勢になっている。

 いつものように二人はさくさくっとベッドに入ると明かりを消した。明日も早いから、もう寝たほうがいい。


 そうして暗くなった夜の世界で、エヴラールがここ数日はご無沙汰していた快適な微睡みに意識を溶かす。

 ガスパルからも静かな寝息がすぐにあがって、すっかり眠りの気配がこの部屋を支配した。

 そうしてどれほどだっただろうか。

 たぶん眠ってから一刻ほどだろうか。

 不意にエヴラールの意識が浮上した。

 眠りが浅かったのだろうか、それとも人の気配か。

 エヴラールはそっと二度、三度と瞬きをすると、意識を研ぎ澄ませた。

 真っ暗な部屋の中、薄い壁の向こうから、物音がする。

 すすり泣く声が聞こえて、それから人が動く気配がして、おもむろにエヴラールは起き上がった。


「……ガスパル」

「んぁ? ……あぁ、行く」


 ガスパルにそっと呼びかければ、眠っていたガスパルはぱっちりと起き上がる。流石は騎士というべきか、二人の動きは寝起きにも関わらず素早かった。

 廊下に出ると、突きあたりの窓から月明かりが入り込んでいて、カーテンで外の明かりを遮断していた部屋よりも少しだけ明るかった。エヴラールは物音の聞こえた隣の部屋へと迷わず歩くと、コンコンとノックした。


「涼夏? どうしたんだい? 入るよ?」


 声をかけるけど中から返事はない。ドアノブを回せば当然のように鍵がかかっていたので、ガスパルに合図して、彼の鍵開けテクニックでむりやり開けてもらう。

 部屋の中はエヴラール達の部屋と同様、真っ暗だった。廊下からわずかばかりに入る明かりを頼りに、部屋の中へと入ると、真っ先にベッドを見た。だけどベッドに涼夏はいない。エヴラールがぐるりと部屋中を見渡すと、奥にある鏡付きのクローゼットの前で涼夏が蹲っていた。


「涼夏、大丈夫? こんなところに座っていると風邪を引く」

「エヴラール、さん……?」


 涼夏の手を握れば、ひんやりと冷たい。

 エヴラールの魔力をちうちうと吸い始めた涼夏の体に、魔力が不足しかけていたことに気がつく。

 でもそんなことを指摘するよりも、涼夏から聞こえた心の声のほうが気になった。


『首、どこ。首、ある。魔力、どこ。エヴラールさん、ぎゅっとして。お母さん、お父さん、会いたいよ。右手怪我をしたの。痛いの。郁ちゃん、一緒に帰れなくて、ごめんね。帰りたいよ。お母さんのご飯が食べたい。お父さんの声が聞きたい。エヴラールさん、一緒に寝て。寂しい。暗いのは怖い。頭がないから、暗いの?』


 支離滅裂になりながらも聞こえてきたのは、首がなかったことへの恐怖と、魔力が少なかったことによる不安と、両親や友達に会えない寂しさ。そしてそれらをエヴラールを代替にして埋めようとする、涼夏の弱さだった。

 エヴラールは涼夏が求めるまま、涼夏を抱きしめた。

 魔力だって好きなだけ吸わせてやる。

 治療院の先生から悪夢を見ているようだと聞いていたけれど、これは、それよりも、ずっと重くて。


「涼夏、大丈夫。君の首はちゃんと元に戻っただろう? ほら、僕の目を見て。僕の声が、顔が、よく見えるだろう? 怖いものからは僕が守ってあげるから、安心して眠って」


 はらはらと涙をこぼしていた涼夏が、ぼんやりと焦点の合わない視線をエヴラールに寄越した。それからぎゅっとエヴラールにくっついて、静かに肩を震わせる。

 赤子をあやすように涼夏の背中を撫でながら抱きしめていると、そのうちとろとろと涼夏が再び眠りに落ちていく気配がした。

 ふっと涼夏の意識が落ちたのを見届けたエヴラールは、涼夏の体を抱き上げる。

 その様子をずっと見ていたガスパルは心配そうにエヴラールに声をかけた。


「リョーカちゃん、大丈夫そうか?」

「魔力が減ってたのと、たぶん暗闇への恐怖が強かったみたいだ。それで混乱したんだと思う」

「なるほど。ならまた夜中に起きちゃったとき用に、カーテンは開けていたほうがいいか。魔力の方は?」

「落ち着いた。部屋に戻る前に多めに吸ってもらってたんだけど、一体何に魔力を使っていたんだろうね」

「それな。ま、それは明日聞くしかないな」

「そうだね」


 そう言ってエヴラールは涼夏をベッドへと横たえる。

 身を起こそうとして、服がぐっと引っ張られた。

 引っ張られた方を見れば、涼夏の手がぎゅっとエヴラールの服を掴んでいて離さない。

 エヴラールが優しく離そうとしても、相当強く握られているようで、簡単には離せそうになかった。


「どうしよう、ガスパル。涼夏がすごく可愛い」

「女の弱みにつけこむなんて性格悪いぞ。……まぁ、今夜のところは一緒にいてやれ。また起きて一人じゃ可哀想だからな」


 ガスパルはそう言うと、涼夏の寝顔をのぞき込む。涙の溜まった目尻をそっとぬぐってやって、遮光性の高かったカーテンを開けて月明かりを取り込むと、エヴラールに手を振って隣の部屋へと戻っていった。

 エヴラールはそれを見送ると、シーツを涼夏にかけてそうっと抱きしめながら目をつむる。

 眠る涼夏からは花の匂いがして、その体は華奢で柔らかい。

 守ってあげるべき女の子なんだと、彼女には自分が必要なんだと、エヴラールは改めて胸に刻んで、夜を越えた。




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