顛末を知った、旅立った。
涼夏の怪我は全治一ヶ月の指の骨折と、あちこちに拵えていた火傷と、魔力の使用過多における一時的な魔力障害だった。
加害者がフィルマン・モーリアだったことで、モーリア侯爵が涼夏の治療費諸々一切を負担してくれて、涼夏は街の治療院でしばらく養生することになった。
治療院に運ばれた三日ほどは、それまでのストレスと、過剰な魔力の連続使用によるゆりもどし、怪我の影響からか発熱して大変だった。
まるっと三日は絶対安静ということで、涼夏は医師の言うことをきちんと聞いて体を休めた。
利き手である右手を骨折してしまって不自由したけれど、看護婦さんらしき人たちが甲斐甲斐しくお世話してくれたのでこの三日はなんとかなった。
そしてさらに経過観察で一日。熱も落ち着いて、魔力障害も落ち着いたという涼夏は、退院することになった。とはいえ退院しても涼夏には行く宛もない。
途方に暮れて、いよいよ退院だという時に主治医のおばあちゃん先生に連れられて玄関まで出れば、エヴラールとガスパルが待ち構えていた。
驚いた涼夏だけれど、特にエヴラールを見た瞬間にぽかんとする。
「涼夏。身体は大丈夫かい?」
「え……あの、エヴラールさんの方こそ、大丈夫ですか……?」
「あ〜、こいつのこれは気にすんな。いつものことだ」
今まで入院していたはずの涼夏より顔色が悪くて、気だるげな雰囲気を醸し出しているエヴラール。
ただでさえ顔が良いのに、そこに儚さと気だるさといったアンニュイな雰囲気が追加されて、大人の色気というものになっている気がする。通りを歩く女性たちが皆エヴラールを見ては頬を赤らめて、後ろ髪を引かれるように立ち止まったり、歩調をゆるめたりしていた。
「あ、あの、体調悪いなら私のことなんてほっといても良かったのに……どうして」
「どうしてって一応俺ら……というかエヴラールがリョーカちゃんの保護者だからな? この四日、急ぎで後処理終わらせて、リョーカちゃんの退院に間に合わせたんだよ」
ゆるりと口の端を緩めて微笑むエヴラールと、からからと笑うガスパル。
涼夏はエヴラールが保護者とは……と考えて、そういえばエヴラールと自分は契約術というもので繋がっていたことを思い出した。
そのつながりで、そういえばエヴラールは魔力が多すぎて体調を崩しやすい人だということも思い出して。
「もしかしてエヴラールさん、魔力が……?」
「格好悪いよね、魔力があふれるだけで体調崩すんだからさ。本当なら魔術が使えたらまだマシだったんだけど……魔術の難しい理論が本当に理解できなくて」
そう言ってため息をつく姿すら、絵になる美形とは。
涼夏はそそそっとガスパルの背中に隠れた。
「涼夏?」
「いや、なんか、直視したらちょっと心臓が保たなさそうだと……」
「え、なんで?」
「いや、それは、顔が……」
ごにょごにょと顔を赤らめながらぼやく涼夏に、聡いガスパルが気がついた。
ニヤニヤしながら背中に涼夏を隠すガスパルに、エヴラールがむっとする。
「ガスパル、笑うんじゃない」
「ハハハ、いやぁ、リョーカちゃんも女の子なんだなぁと」
「何言ってるんだ。涼夏は最初から女性だっただろう」
首がなくたって、エヴラールはちゃんと涼夏を女性として扱っていた。
今更なガスパルの台詞に、エヴラールが眉をひそめていると、ガスパルは笑いながら背中に隠れてしまった涼夏を押し出した。
「ほら、リョーカちゃん。エヴラールの魔力を吸ってやってくれ。これから王都に戻るからな」
「王都、ですか?」
「そう。今回の事件の顛末はまぁ後で話すけど、それに関わって、リョーカちゃんを王都の魔術師にみてもらえればと思ってる。もしかしたら帰る方法が分かるかもしれないし、どちらにせよ、魔力だって自己流じゃなくて、ちゃんとしたやつを学んだほうがいい」
ガスパルの説明に、涼夏はこっくりとうなずいた。
そろそろとガスパルの背中から出て、エヴラールに近づく。
「涼夏?」
「リョーカちゃーん、噛みついたりしないから触ってやれって」
「ガスパル、僕は犬か何かの扱いなのかい??」
麗しい相貌を憂えさせたエヴラール。
涼夏はそんなエヴラールにぎくしゃくと近づくと、その手を取ってきゅっと目をつむりながら魔力を吸い取った。
体がほわほわする。目を閉じれば金色の粒子が満ちていて、体の芯から力が湧いてくるような気持ちになった。
エヴラールから手を離してそっと様子を伺えば、エヴラールはふいっと涼夏から顔をそむけていた。
「エヴラールさん?」
「……なんでもない。さぁ、行こうか」
エヴラールは目尻をほんのりと赤らめながら微笑んで、絡めるように涼夏の手を取る。
涼夏がほんのりと頬を染めれば、エヴラールがますます笑みを深めながら、涼夏の体を軽々抱き上げて自分の馬へと乗せてしまった。このまま発つらしい。
「よーしそれじゃ、モーリア侯爵領とはおさらばだ。行くぞ、エヴラール」
「あぁ。涼夏もしっかり掴まっていて」
大きな馬に乗せてもらった涼夏は、背中越しにピッタリとくっついたエヴラールの体にドキドキしてしまう。耳元に唇を寄せられて囁かれると、耳が熱くなる。
そしてそんな涼夏の心情はエヴラールにしっかり伝わってしまっていて、それをエヴラールが可愛いと思ってることが涼夏に伝わってしまうから、涼夏はこのときばかりは契約術でエヴラールと繋がってしまっていることを後悔した。
モーリア侯爵領は王都から馬で丸一日の距離にある。涼夏もいるので、野宿や夜通し馬を走らせることはせず、途中の街で宿を取れるようにするため、一行は早々に街を出た。
石畳の街を抜けて、門をくぐり抜け、街道に出る。
そうすると青い空と茶色の地面、それから広く広がる草原とその向こうに森が見えて、山に囲まれた日本ではなかなか見られない長閑な自然の風景に涼夏ははしゃいだ。
そうして馬を走らせながらの道中、さっそく涼夏は今回の一連の事件についての説明を求めた。
聞いたところによると、一連の首なし事件はフィルマン・モーリアの自白によって終止符を打ったらしい。
現行犯で捕まったのと、共犯者だったリル・アフネル、それからベリンダ・アフネルの供述が決め手になったという。
「発端はまぁ、フィルマン・モーリアのコンプレックスだな。魔力がないことで魔力に執着したフィルマンが、魔力を得るために画策した。今までも不当な奴隷を買っては魔力を奪ったり、身近な人間からこそこそと魔力を奪って今の魔術師の地位を手に入れたみたいだけど、今の魔力量じゃ並の魔術師だ。地位や権力が欲しくて禁術に手を出して、今回の首なし事件に繋がったらしい」
共犯者だったリルとベリンダは、ベルの死をきっかけに、フィルマンがとりこみ、同色であるリルの首を人質に脅されていたという。
結果、人を巻き込んでまで目的を遂行しようとしたけれど、うまくはいかなかった。だがもしこれが成功していて、涼夏の魔力を手に入れていれば比較的大きな力になっていたとフィルマンは供述したとガスパルはいう。
「でも、私の魔力なんてそんなに無いと思うんだけど……」
「それな。それは俺らも思った。リョーカちゃんは魔力の適性は高いけど、リョーカちゃん自身が生成する魔力はほとんどない。まぁ異世界の人間だから体の構造が違うのは当たり前なのかもしれないけど、フィルマンはそこを見誤ったんだな」
フィルマンが言うには、首を切ったは良いが、涼夏から魔力を取り出せなかった。調べたら魔方陣と魔術痕があったから、涼夏は生きていると気がついて捨てさせた死体を追わせたけれど、そこにはもう既に死体はなかったらしい。
ふんふんと聞いていた涼夏はふと首を傾げる。
「私、すっごい偶然でエヴラールさんから魔力沢山もらえることになったけれど、でももとの魔力ってどこから出てきたんだろう……首がなくても生きていたのは魔術なんですよね?」
「ああ、それに関して腐っても魔術師。フィルマンが面白いことを言っていた」
曰く、それは異世界召喚の影響じゃないかと。
涼夏がこの世界に召喚されるときに浴びた空間属性の魔力を涼夏が吸収して、その魔力で無意識に魔術を使ったんだろうと、涼夏を呼び出した本人が可能性の一つとして述べたそうだ。
涼夏は自分が無意識にそんなことをしてたなんて驚いたけれど、すんなりと魔術を使って氷の頭を作ったり、火柱を吹き上げさせたりしたのだから、たぶんできるんだろう。
「あれ? じゃあ、空間属性の魔力さえ手に入れば、私は元の世界に帰れる……?」
「どうだろうな。空間属性は特殊なものらしいから、そういうのは王都の専門家に聞いた方がいい」
たしかに、専門家がいるのであればその人に聞いたほうがいいに決まってる。
涼夏がガスパルに「はい」と返事を返していると、ふいに耳元を吐息がくすぐった。
「……まぁなにはともあれ、涼夏が頑張った結果さ。生きようともがいた君の強さに、僕は感服するよ」
それまで黙っていたエヴラールが、涼夏にささやきかける。
急に耳元で囁かれた涼夏の心臓が飛び跳ねた。
「え、エヴラールさんっ、耳元で話さないでくださいっ! くすぐったいです!」
「ふふ、ごめんね。涼夏の反応が可愛いから、つい」
はんなりと笑うエヴラールは確信犯だ。
からかわれていることが分かっている涼夏はぷくっと頬をふくらませる。
「意地悪するならガスパルさんの馬に乗ります」
「それは駄目。僕のもとにいてくれないと困る。君と僕は一蓮托生なんだから」
エヴラールが片腕できゅっと涼夏の腰を捕まえる。
ぴっとりと隙間なく抱き込まれてしまった涼夏に、エヴラールのもっと自分にもかまってほしいという、ちょっと拗ねた感情が伝わってきて、ついついエヴラールの顔を見上げてしまった。
「涼夏? そんなに見つめられちゃうと、困っちゃうな」
自分よりも睫毛が長くて、目が綺麗で、肌のキメも細かい美男子が、こんなこと言いながらも、内心ではもっとかまって欲しいと寂しがっている。
涼夏はついついほだされてしまって、エヴラールに身を委ねた。
「……仕方ないですね。一蓮托生なので私はエヴラールさんの馬に乗ったままにしておきます」
「涼夏っ」
現金なもので、エヴラールの馬に乗ることを継続しただけでエヴラールは満足そうだ。エヴラールからは涼夏と一緒にいられることが嬉しいという純粋な気持ちが伝わってきて、涼夏はますます絆されてしまう。
ガスパルはエヴラールと涼夏のやり取りを見て、呆れていたけれど、事件の顛末についてもだいたい話し終えたからかそれ以上は何も言わない。
かといってエヴラールもおしゃべりな性質ではないので、自然と二人は馬を走らせることを優先しだす。
黙々と馬が駆ける中、涼夏は退屈しのぎにいくつかの歌を心の中で歌った。
手綱を握るエヴラールの手にそっと自分の手を添えれば、心の歌はエヴラールにも伝わる。
二人で心の音楽を響かせながら、涼夏はエヴラールとの旅路を楽しんだ。





