助かった、ほっとした。
目の前にいる、芸能人でもこんなに美形っていた? っていうくらいのイケメンに涼夏がたじたじになっていると、エヴラールはそうっと首を傾けた。
「どうしたんだい? どこか怪我を? それとも魔力?」
「えっと、いや、あの……痛っ」
「……この手、どうしたの。腫れてる」
剣を納め、目ざとく右手の怪我を見つけたエヴラールが、柳麗な眉をひそめて涼夏の手を取る。思わず涼夏がうめいたら、エヴラールの美貌がますます厳しいものになった。
「誰がやったの」
「え、えーと……」
「誰がやったの」
エヴラールと視線が合わせられない涼夏がふよっと視線をさまよわせていれば、エヴラールがぐいっと涼夏の顎をつかんで無理やりに視線を合わせてくる。
これはいわゆる顎クイというやつでは。
突然の美形に口をパクパクさせて金魚のように呼吸をしていれば、救世主が現れる。
「おい、エヴラール。安全確認できたら声かけろって言っただろうが!」
再び誰かが天井から降ってきて、ダンッと派手な音を立てて着地した。
飛び降りて来たのは、鈍色の髪に緑の瞳を持つ軍服の男。
エヴラールと同じ軍服にハッと気がつく。
「ガスパルさん、ですか……?」
「ん? あ、もしかしてリョーカちゃん? へぇ、かわいい顔してんじゃん」
からっと屈託なく笑ったガスパルに、涼夏の肩からほっと力が抜けた。
心臓に悪いイケメンよりも、十人並みの人相のガスパルになんだか安心した。
ガスパルの登場に明らかにホッとした様子を見せた涼夏に、エヴラールがむっとする。
明らかに不機嫌そうな表情になったエヴラールにじろりと睨まれて、ガスパルは苦笑した。
「男の嫉妬は見苦しいぞー。……で、犯人は?」
「……そこだ」
「うっす。派手にやったなー」
エヴラールの視線につられて、涼夏も犯人がいた方をのぞき見る。
もう後数歩で斧の間合いに入ったという距離に、斧を振り下ろそうとする直前で全身を氷漬けにされた男がいた。
「容赦ねぇな」
「だって間に合うかどうかギリギリだったんだ」
「だからって自分の魔剣の威力考えろよ」
呆れた様子のガスパルに、エヴラールが憮然と返す。
涼夏はおそるおそる尋ねた。
「あの人、凍ってるけど大丈夫……?」
「さぁ」
「えっ」
「少しの間なら大丈夫じゃないかな。ガスパルがどうにかしてくれるさ」
「おい、エヴラール」
けろっとしているエヴラールに、ガスパルが半眼になる。だけどエヴラールからしてみれば、涼夏を今にも殺そうとしていた犯人に手加減をしろなどというのは到底無理な話だった。
涼夏がおろおろと犯人とエヴラールをせわしなく見ていれば、エヴラールがぎゅうっと涼夏を抱きしめる。
「本当に心配したんだ。君は目も見えないし、話もできないのに、戻ったらいなくなってたんだから。君から離れてしまったことをどれほど悔やんだか。その上怪我までさせて、怖い思いもさせて……僕は僕を許せないよ」
「あ、の、大丈夫、です。こうやって、助けに来てもらえただけで、十分です。……助けに来てくれるって、エヴラールさんが見つけてくれるって信じてましたから」
エヴラールからは不安と心配が、涼夏からは安堵と安心がお互いに伝わりあって、気持ちが循環していく。
じんわりとエヴラールから少しだけ魔力を分けてもらったことで、涼夏の身体も少しだけ活力を取り戻した。
「それにしてもこの男がフィルマン・モーリアだよな? なんだっけ、七色の貴公子だったか? 髪染めが好きで、ころころ髪色が変わるっていう。今のこれ白か? どうやって染めたんだこれ……」
涼夏がエヴラールにぎゅうぎゅう抱きしめられている横で、ガスパルが首をひねる。
涼夏はぷはっとエヴラールの腕からもがいてなんとか顔をガスパルの方へと向けると、ガスパルに声をかけた。
「あ、あの、地毛、だそうです。なんでも魔力欠乏症だとかで、他の人から魔力をもらうために首を集めていたらしいです」
「はぁっ!? 地毛!? うっそだろ! 魔力欠乏症の奴が魔術師になれるなんて聞いたこともねぇし、そもそも色なしで魔術が使えるわけがねぇ!」
「よく分からないですが、瞳が灰色だから全部の属性に適性があるとか言ってました」
「いやでも魔力欠乏症……あぁーくそ、まぁいい。後でその辺は詳しく事情聴取だ!」
ガスパルは考えるのが面倒になったようで、乱暴にガシガシと髪をかくと、涼夏とエヴラールの方へと向き直る。
「後、そこに倒れてる女。エヴラール、馬車で会ったリル・アフネルで間違いないよな?」
「だと思う」
「リョーカちゃん、彼女が倒れてるのはなんで?」
ガスパルが涼夏に問いかける。
涼夏はそろりと目をそらした。
「えっと、魔力、もらいました」
「……ほう。ちなみにどれくらい?」
「分かんないけど、女の人がぱったり倒れちゃうくらい……?」
おもむろに口を開けば、ガスパルはすぅっと天を仰いだ。
「はーい、緊急事態ー!! 上で待機してる人たち全員協力してここからそこの赤髪の女を救助しろ! 急性魔力欠乏だ! すぐに回復薬取り寄せろ! 他にも重症者二名! 担架おろせ!」
ガスパルが天井にむかって叫ぶと、俄に上が騒がしくなった。バタバタと足音が行き交い、何人もの人間が入れ代わり立ち代わり涼夏たちのいるところをのぞき見る。
「すみません、あの、私、その、女の人……」
「大丈夫、涼夏のせいじゃない。そもそもその女が涼夏を連れ去ったんだから、自業自得だ。しばらく死の淵で後悔しているといい」
「それは言い過ぎだろ。だがまぁ、言ってることは正しいがな」
自分が魔力を吸ったせいで危険な状態にさせてしまったことに気がついて青ざめた涼夏の頭を、エヴラールがよしよしと撫でた。赤子をあやすように抱きしめ、優しく涼夏を撫で続けるエヴラールに、ガスパルが白けた目を向ける。
涼夏は二人に肯定されてほっと息をつくけれど、それでもやっぱり過剰防衛になっていなかったかという不安は拭えない。
そんな涼夏の心情を読み取ってしまったエヴラールは、ますます強く涼夏を抱きしめる。
「自分が殺されそうになったのに、殺そうとしたやつらの心配をするなんて、涼夏は優しすぎる」
「え、そうですか……? 怪我とかしている人を見ると、心配にならない?」
「ならない」
「むしろざまぁって思う」
「えっ」
あっさりとした答えに、涼夏の方が驚いた。
エヴラールが言い聞かせるように、涼夏に伝える。
「もちろん、身近な人であれば心配する。だけど自分の敵にまで情けをかけていたら、本当に大切なものが守れなくなるからね。そこはちゃんと線引しないといけないんだよ」
「まー、でも聞く相手を間違えてもいるぞ。特に俺らみたいな国の騎士はな、怪我して当たり前だからな。怪我をしたら全部自己責任。職業柄、他人のせいにはできないしな」
神妙な顔で涼夏に諭すように言うエヴラールと、けろりと容赦のないことを言うガスパル。
涼夏は眉をへにょりと頼りなさげに下げると、困ったような顔で笑った。
「それでも。痛いのは誰だって嫌じゃないですか。それに暴力は自分も痛いから、嫌いです」
……強く彼女を抱きしめていたエヴラールは、それが涼夏の心からの本心であることが伝わってきた。
偽善だと思う反面、あれ程の炎を生み出していながら、自分を殺そうとしていた男が火傷の一つも負わずにピンピンしていたのを思い出す。
涼夏は本気でそう思っていて、そして自分でそれを貫く意志のある、強い心の持ち主なんだと理解した。
そしてそれはひどく脆くて、危なっかしいものであることも。
自分の腕にすっぽりと覆えてしまう少女の、その大きな意志に、エヴラールは心臓がぎゅっと掴まれる思いがした。
「エヴラールさん?」
突然黙ってしまったエヴラールが、そうっと涼夏から離れる。急になくなってしまったエヴラールの体温に、涼夏が追いすがろうとすると、エヴラールはそれを手で押し止めた。口元を手で覆い、顔を少しだけそらしてしまう。
不可解なエヴラールの行動に涼夏が困惑していると、エヴラールの耳が何故か真っ赤になっていることに目ざとく気がついたガスパルがニヤリと笑う。
それからエヴラールにだけ見えるように声を出さないで口だけを動かした。
(へ・ん・た・い)
「ふざけるなガスパル!」
違う意味で顔を真っ赤にさせたエヴラールがガスパルに怒鳴る。突然大声を出された涼夏はびくっと肩を震わせ、それに気がついたエヴラールが涼夏を驚かせてしまったことを謝った。
三人でわぁわぁとしていれば、徐々に人が集まりだす。涼夏たちのいる部屋に梯子が降ろされ、重症者を引き上げるべく、何人もの男手がこの部屋に降りてきた。
急に人口密度の高くなった部屋に、涼夏がふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、ここってどこなんですか? エヴラールさんたちが上から来たってことは、地下?」
「あぁ。ここはモーリア侯爵が所有している森でね。この上はちょうど、その森にある木こりの小屋だったんだ」
「あちゃぁ……私、これ穴開けちゃったんですけど、大丈夫です……?」
「それこそ不可抗力だから問題ないさ。問題があっても黙らせる。ガスパルが」
「俺か!? お前すぐに都合悪くなると俺に全部任せようとするのやめろよ!」
「だって僕は難しいことを考えるのが苦手だからね。僕が動く変わりに、ガスパルが頭を使ってくれよ」
「横暴がすぎる」
やいやい言い合う二人の騎士に、涼夏はちょっと意外な気持ちになった。
なんというか、エヴラールの見た目とガスパルの見た目、力仕事ならエヴラールよりもガスパルの方が似合いそうなのに。
ふふっと笑えば、エヴラールがまじまじと涼夏の顔を見下ろした。
急に見つめられて、涼夏は居心地が悪くなる。
「えっと、なんですか……?」
「涼夏って笑うと可愛い」
真顔でそんなことをエヴラールが言うものだから、涼夏は身体中の体温が一気に上がった気がして、落ち着かなくなる。
「真っ赤になった。表情が見えるってとっても可愛いなぁ」
「エヴラール、やめとけ、そこまでにしておけ。見ていて哀れになる。俺が。くっそ甘酸っぺえなぁ!!!!」
ガスパルが嘆いて、涼夏は恥ずかしそうにうつむいて、エヴラールがご機嫌に微笑む。
重症者を運びに降りてきた人たちも、三人のやりとりを聞いて微笑ましそうに見ていたり、苦笑していたりと反応が様々だ。
落ち着いた柔らかな空気になったところで、涼夏は安心したのか、身体がふらりと傾ぐ。
「涼夏っ!」
床に崩れ落ちる前に、涼夏の身体をエヴラールが抱きとめた。
「す、すみませんっ。気が抜けちゃったみたいで、ちょっと身体が……」
「ごめん、こんな長話してる場合じゃなかった。手の治療も早くしないと」
慌ててエヴラールが涼夏の身体を抱き上げると、すたすたと梯子の方へと歩き出した。
美形との距離が近くなって羞恥がぶり返した涼夏は、なすがまま、されるがままになっていたけれど、エヴラールが涼夏を抱き上げたまま梯子を登ろうとするのに気がついてぎょっとする。
「え、エヴラールさんっ!? さ、さすがに二人で登るのは……!」
「大丈夫、落とさないから」
「でも、両手使えない……!」
「平気。片手で足りる」
そう言うや否や、本当に片手でするすると梯子を登り始めてしまった。
手すりを持って階段を登る感覚で梯子を上がっていくエヴラールの曲芸技に、涼夏は顔を引きつらせる。せめて邪魔にならないようにエヴラールの首にしがみついて、じっと身をこわばらせた。
じっとしていればあっという間にエヴラールが梯子を登りきる。エヴラールは涼夏を下ろそうとしたけれど、少し逡巡した後に、肩に担ぐように縦抱きしていた涼夏を横抱きに抱え直しただけで歩き出してしまう。
「あ、あのっ、エヴラールさんっ?」
「このまま手当をしに行こう。少し歩くし、涼夏も疲労が限界だろう? 魔力だってさっきからずっと吸いっぱはなしだし」
エヴラールの言葉に涼夏はびっくりする。
自分で魔力を吸ってる意識がなかった。
「ご、ごめんなさいっ、私また、吸いすぎて……!」
「大丈夫。首がなかった時ほどじゃないし、そんなにたくさん吸われてるわけじゃない。だけど魔力を使いすぎて、魔力を扱う器官もかなり疲労してるんだと思うから、一度看てもらった方がいい」
エヴラールの言っていることは半分くらいしか理解できていないけれど、とにもかくにも今は医者に見せて休むことが肝心なんだってことだけは理解した。
そうして涼夏はエヴラールに連れられて、焼けてしまった上に、地下に穴が空いたきこりの小屋を後にする。
これで涼夏もようやく人心地つけるだろう。
エヴラールは涼夏のこれからのことを算段する。この事件に終止符を打った後、涼夏をどうするべきかを考えなければいけない。
ガスパルにもどうすればいいか後で聞こう。
エヴラールはそう決めると、歩く足に力を込めた。
……因みにそのガスパルはといえば、エヴラールたちの後に続いて地上へと登っていたのだけれども、涼夏を口実にその場を離脱したエヴラールの代わりに、侯爵家の使用人やレイモン、警邏たちに囲まれて、事後処理に追われていたのだった。





