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追いかけた、目と目が合った。

 涼夏を乗せたと思わしき馬車は、あっさりと特定できた。

 さすがは警邏というべきか。レイモンの指揮系統がしっかりしていて、騎士であるエヴラールやガスパルの出番など無いに等しかった。


「これ、俺ら来る意味あった?」

「王の名代だからね。見届人としての役割はあると思う」


 馬車の御者に話を聞いて、ベール付き帽子を被っていた女性たちが降りた場所を教えてもらう。

 それは侯爵家へ続く一本の橋の手前だった。


「やはり、侯爵家か」

「ガスパル、行こう」

「ではこちらはもう少し他で情報をあたろう」


 レイモンの指揮で警邏が散っていく。侯爵家邸宅周辺だけではなく、アフネル夫人の店や街中に送っていた警邏にも逐次報告するよう連携を取らせる。

 エヴラールとガスパルは宣言通り、侯爵家へと乗り込んだ。

 屋敷にいた侯爵は早いうちに警邏から話を聞いていたのか、快く屋敷の捜索を許してくれた。ただし貴重品や書類などもあるため、侯爵自身の監視下においてという条件付きではあったけれども。

 茶の髪に黄金の瞳を持つ壮年の男性は、二人の騎士を先導すると、まず最初に次男の部屋を案内した。


「ここがフィルマンの部屋です。息子は昼前程から出かけていて今はおりませんがね」

「失礼します」


 エヴラールとガスパルは断りを入れて、今回の事件の容疑者であるフィルマン・モーリアの部屋を捜索する。

 すっきりとした部屋には目立った物があるわけでもなく、引き出しやクローゼットからは目ぼしいものは何も出てこない。

 唯一鍵付きの引き出しがあったけれど、鍵はフィルマン自身がもっているようで、予備の鍵はないという。


「この引き出し、開けても?」

「いいですが……どうやって開けるつもりで?」


 訝しげな顔をする侯爵に、ガスパルがニヤリと笑う。


「お行儀はよくないですが……こうするんですよ」


 ガスパルが細い針金を一本取り出した。

 引き出しの鍵穴に針金を差し込むと、魔力を流し込む。

 少しして、カチリと音がした。


「なんと……」

「彼は鋼の魔力と相性がよいのです。普段は防具や武器の硬化くらいしかしませんが、針金程度のものなら形を変えることもできるんです」


 基本の四元素である地水火風と対の光闇の魔力に属さない、特殊な魔力というものはこの世に多く存在する。ガスパルの妙技もそういった魔力の一つではあるけれど、魔術のように無から有を、有から無を作るといった、系統立てて操れるほどの魔力ではなかった。

 だがこうして針金を変形させたり、エヴラールの言うように武器や防具の補強であれば、騎士として十分すぎるほど十分な魔力ともいえる。

 ガスパルのおかげで鍵の開いた秘密の引き出しを開く。

 そこには手記と―――四角い箱体の何かがあった。


「なんだこれ」


 ガスパルが不思議そうにそれを手に取る。

 エヴラールがそれを覗き見て、瞠目した。

 ガスパルからその四角い何かを渡してもらうと、裏と表を確認する。


「……表が黒でガラス製……裏は水色のカバーがついていて……外すと」


 ぐいっと壊れないように、涼夏から教えてもらった手順で、その四角いものから背面についた水色のカバーを外す。

 本体の後ろから出てきたのは。


「銀色のリンゴマーク」

「エヴラール、これって」

「間違いない。涼夏の異世界の道具だ」


 エヴラールがしげしげと手の中でそれを見下ろす。

 すると不意に黒いガラスが色づいた。

 鮮やかな彩色の光に、目がチカチカする。

 覗き込んでいたエヴラール、ガスパル、それから侯爵までもが突然色のついたそれにぎょっとした。


「ちょっお前!! 何したんだ!!」

「分からない!! 手の中に持ってただけだ!!」

「本当か!?」

「本当だって!」


 あわあわする騎士二人はとりあえずそれ以上何も動かないことを確認すると、その不思議な道具を片手に侯爵の顔を伺った。

 侯爵は興味深そうに道具を見ていたけれど、二人の視線に気づくと神妙な表情になる。


「不思議な道具ですな」

「そうですね。こちらですが、唯一生き残った被害者女性から聞き取りした持ち物の一つだと思われます。これがここにある意味、理解していただけますか?」

「……そこまで暗愚ではないよ。だが、真偽は息子に聞いてみなければ分からない。たまたま拾っただけの可能性もある」

「それはもちろん。精査はさせていただきます」


 侯爵が疲れたように頷いた。

 これで一歩進展した。

 だがまだ、涼夏までたどり着けていない。

 唇を引き結んで、リル・アフネルと共にフィルマン・モーリアの行方を追わねばならない。

 そう考えていると、にわかに邸内が騒々しくなった。

 ドタバタと使用人たちが駆け回る物音が聞こえてくる。


「火柱だ!! 火柱があがっているぞ!!」

「あれはどこだ! きこりの小屋の辺りか!?」

「フィルマン様! フィルマン様を呼んで! 井戸の水では足りないわ!」


 突如として上がった火の手に、使用人たちが騒ぎ出す。その声に気づいたらしい警邏の声も聞こえてくる。

 モーリア侯爵が近くを通った使用人に声をかけた。


「火事か?」

「はい。森の方ですので、急ぎ消火の人手を集めております」


 侯爵が火の手がよく見える部屋のバルコニーへとエヴラールとガスパルを誘った。

 そして見えたのは、森のある一点から、天を衝くように噴き上がっている赤い柱。

 火の粉が舞い、灰が屋敷にまで届く。


「あんなん火事どころじゃねぇだろ! どうあがいたって魔術のたぐいだ!」

「侯爵、今あそこにいるのは誰か分かりますか」

「い、いや……あの辺りは木こりのための小屋があるが……今日は誰もいないはずだ」

「こりゃもう当たりだろう。エヴラール行くぞ。剣への魔力充填は問題ないな?」

「もちろん」


 エヴラールは腰に佩いている魔剣へと触れた。

 常にエヴラールの魔力を吸い上げている魔剣。

 それは涼夏に魔力を渡していた間もずっと吸われ続けていた。


「うっし、なら行くぞ。侯爵、御前失礼します」


 ガスパルは時間が惜しいと言わんばかりに、バルコニーから庭に飛び出す。

 エヴラールもガスパルに続いて、バルコニーの柵を乗り越えた。

 ぎょっとした侯爵は慌ててバルコニーから下を覗き込む。

 二階からの高さに臆さず飛び降りていった騎士は難なく着地し、もう既に火柱の方角へとかけていってしまった。

 茫然とその様子を見ていた侯爵がハッと我を取り戻したのは、使用人があの火柱の対応のために魔術師であるフィルマンを呼んでほしいと伺いに来たとき。

 侯爵はため息をつくと、使用人にあの二人の騎士に着いていくように伝える。

 ふらりと出かけてしまった次男の行方は誰も知らない。

 だがあの騎士たちは、元々は次男に用があって来ていた者たちだ。

 侯爵は最悪の事態を想定し、重たいため息をついた。






 噴き上がった炎は建物の天井を一瞬で燃やし尽くして、空高く伸び上がる。

 轟々と涼夏を中心に筒状に燃える炎に、炎の向こうから男の声が聞こえた。


「ぐうっ! 貴様、舐めたマネを……!」

「っ、来ないで!」


 男が怒る声に、涼夏は気丈に返す。

 炎の壁が涼夏と男の間を隔ててくれているから、物理的に近づくことがなくなって涼夏はほっと一息ついた。それでも氷とは違って、魔力がぐんぐんと減っていくのが分かって気が抜けない。

 涼夏は額に汗を滲ませながら、焼けるような熱さの中で祈るように魔力を炎に変えていく。

 この炎が途切れてしまえば、男と涼夏の間に隔てるものは何もなくなってしまうから、できるだけ長くこの炎の壁を維持したかった。

 熱風で喉が焼けそうだ。炎の奥では男が何かを喚いている。だけど魔力を使うのに集中している涼夏には何も聞こえなかった。

 自分の呼吸を数えながら目を閉じて、魔力の量を測る。保ってどれくらいだろう。そう思っている間にも魔力は目減りしていく。

 金の粒子が暗闇の世界に地獄の業火のようなものを作り出している。一面に広がりそうな炎をなんとか空へ、天へと伸ばすように、魔力をコントロールした。


「フンッ、だがこれほどの力、そうは持つまい。所詮は魔力の炎、魔力が尽きればそれまでだ!」


 男が炎の奥で笑っているのが聞こえた。

 炎の壁が薄くなっているみたい。涼夏は額から滑り落ちる汗を拭って、まっすぐ前を見た。

 男の言いたいことは分かっている。現に涼夏が吸い取った魔力はどんどん減っていっているのが分かっている。

 保って五分かな。十分は、難しいかもしれない。

 それでも涼夏は諦めない。

 もしかしたら、という期待があるから。


「愚鈍よな。私を焼く訳でもなく、ただ己を蒸し焼きにするつもりか? 最初こそ驚きはしたが、私を焼くこともしない炎など取るに足らん。だが天井を突き破られたのは都合が悪い。人が来る前に身を引くか……」

「待って! 行かせない!」


 涼夏は炎の壁を鞭のように伸ばすと、白い男ごと炎の柱の内に閉じ込めた。

 そして陣地を区切るように中央に炎の線を引く。

 男は鼻白んだように涼夏を見下した。


「脳の足りない雑魚のくせに、こういうところばかり頭が回る」

「っ、はぁ、逃さない、から……っ」

「魔力も尽きかけた貴様に何ができる。見よ、炎が弱まってきた。分かるか? 貴様と私の間を阻んでいた炎はまたげるぞ」


 男を逃さないために炎を延ばした影響か、あっさりと魔力が限界を迎える。

 涼夏と男の間に引いていた炎の線は消え、壁も消え、部屋に置かれていた家具たちは燃やし尽くされ、残った灰だけが雪のように舞う。

 涼夏は全身から汗を吹き出しながら、膝から崩れ落ちた。


「手間取らせおって。もうここまできたら貴様の首をなんとしてももいで行くとしよう。貴様の首さえ手に入れば、しばらくは魔力に不自由はしないだろうからな」


 男が近づいてくる。

 まるで貧血を起こした時のように耳鳴りがして、涼夏は酸素を求めて喘いだ。


「無様だな。つらいか? 限界まで魔力を使うからだ。まぁそれも、もうしまいだかな」


 男が涼夏の目前まで歩み寄ってきた。

 涼夏は歪む視界の中でも懸命に男を睨みつけた。

 男がずっと手放さなかった斧を振り上げる。


「死ね」


 涼夏の目前に斧が迫る。

 二度目の希望はもうないかと、涼夏が項垂れた、その時だった。




「―――涼夏!」




 声とともに、空からみぞれのように冷気が降ってくる。

 火照っていた涼夏の全身を冷やして、さらにはとろ火となって残っていた炎の残骸すらも凍らせてしまった。

 驚いた涼夏が顔を上げると同時、誰かが男と涼夏の間に降ってきた。

 ダンッと派手な音を立てて着地したのは一人の男性。


 一つに束ねられた癖のない薄氷色の髪が宙に浮く。横顔から見えた、けぶるように美しい睫毛はまるで朝霜のようで、海色の瞳にかかれば冬の海を連想させた。

 透きとおった鼻筋に、形の良い唇。一つ一つの造形が整っていて、まるで芸術品とさえ思わせる容姿の男の人。

 その人はその見目に似つかわしい軍服のようなものを着て、その手には氷の蔦や白い六花が閉じ込められたハーバリウムのように、クリアで美しい剣を持っていた。


 氷の化身とでもいえばいいのだろうか。

 美しく、気高く、それでいてどこか儚い人。

 その人の、麗しい海色の瞳が涼夏を映し―――そして、蕩けた。


「涼夏! 良かった、無事で」

「へっ、えっ?」


 綺麗な人が真っ直ぐに涼夏の方へと歩いてくる。

 驚いた涼夏はされるがままに抱きしめられてしまった。

 そんな涼夏の頭に声が響いてくる。


『心配した。頭が戻ったんだ。本当に良かった』


 おそるおそる身体を離して、自分を抱きしめた人の顔を見上げる。

 心の声が聞こえた。

 それってつまり。


「え、エヴラールさん……!?」

「そうだよ、涼夏! ようやく君に出会えた!」


 はにかんだ美しい人に、涼夏は顔を真っ赤にさせた。



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