添い寝した、攫われた。
その夜問題になったのは、涼夏とエヴラールの魔力関係だった。
「さすがに淑女の寝室で共寝するのはどうかと思う」
「別に何もないならいいんじゃねぇか。見てる奴いねーし」
「いや、よくない」
昨夜は涼夏にお願いされての出来事だったけれど、本当ならば婚姻関係にない男女の共寝は褒められたことじゃない。昨夜寝落ちしていたことも相まって、エヴラールは今日の夜をどう乗り越えるべきかを悩んでいた。
今はまた涼夏が身体を清めている最中なので、その間に今夜のことを決めてしまいたいのだけれども。
「だがお前の魔力の回復具合を聞く感じ、明日またリョーカちゃんの魔力を大量補給って無理だろ。それなら一晩手を繋いで氷の頭を維持してもらった方が良くないか? 作るよりは持続のほうが魔力消費は少ないはずだ」
「そうだけども……」
ガスパルの正論にぐうの音もでない。
エヴラールの魔力生成量はどうやら涼夏の生命維持と氷の頭の維持をするために必要な魔力量と同じくらいの量のようで、正直なところ、今日一日手をつないでいて魔力の余剰生成はほとんどしていない。
つまりは朝、涼夏に思い切り吸われてからあまり回復はしていないということ。
今の魔力量はエヴラールにとってちょっと少ない量ではあるが、過剰に魔力を溜め込んでいた時のような体調不良もないので、この状態が続くことは大変望ましいことだ。けれどそのためには女性と毎日床を共にしないといけないというのは、体裁があまりよろしくないと思ってしまうのも本音で。
「お前が契約術かけたんだし、お前が責任持って面倒見ろ。向こうはまだガキだろ。子供の添い寝ぐらいでぎゃあぎゃあと……」
「君、涼夏が十六だと言ってたのを聞いていたよね?」
「十六だろうが見た目は子供だし、頭もねぇんだよ。むしろその状態で興奮するのは上級すぎる変態だわ」
ガスパルの言い分にエヴラールは項垂れた。
これ以上主張すれば、その変態として認定されそうだ。
がっくりと肩を落としたエヴラールは深くため息をつくと、覚悟を決めた。
ベルが鳴る。
涼夏が身体を清め終わったらしい。
エヴラールはそろりと扉を開く。
さっぱりとした涼夏がベッドの上に座っていた。
『着心地はどうだい?』
『とってもいいです。ありがとうございます』
手を取り声をかければ、涼夏から少しだけ嬉しそうな感情が伝わってきた。
そして淡々とエヴラールが湯をはった桶や着替えの入った籠を片づけていく。……カゴの上に置かれていた下着はその下にあったワンピースでそっと隠した。
見えないなら仕方ないけれど、こうも無防備すぎるのはいかがなものか。
エヴラールはちょっぴり頬を赤らめて、ささっと桶や籠を宿の女将に預けた。
夕食も終え、もういい時間だ。
あとはもう寝るだけなのだけれど、その難易度が途方もなく高い。
のろのろと部屋に戻ると、ガスパルがものすごくいい笑顔で簡易ベッドの上から親指を立てた。他人事だと思っているガスパルの頭に軽く拳骨を落としてから寝室に入る。
『少し早いけれど、もう寝るかい?』
『そうですね。明日も早いんですよね?』
『ああ』
シーツの内にのそのそともぐりこむ涼夏を見ながら、おもむろにエヴラールは切り出した。
『今夜だけど、どうしようか。魔力のことを考えると、昨日のように手をつないだままの方がいいと思うんだ。たぶん手を離してしまえば夜のうちに君の魔力は尽きてしまう可能性が高い。だけど僕の魔力の回復量が君の魔力の消費量と変わらなくて、明日の朝、君に維持と頭を作る分の魔力を一度に補給するっていうのも難しいから……』
エヴラールが言葉をしりすぼみさせながら話すと、涼夏は少しだけ不思議そうに首を傾けながら、あっさりとシーツを捲ってエヴラールを誘った。
『それなら一緒に寝ますか? 昨日はよく眠れなかったでしょ』
エヴラールはそっと涼夏とつないでいた手を離すと、天井を見上げた。
誰かこの無防備すぎる少女に警戒心という言葉を教えてほしい。
異世界では男女の共寝が普通なのだろうか。それとも自分が性別を意識しすぎなのだろうか。
この部屋にベッドは二つあるのだから、そもそも同じベッドで寝る必要もないのだけれど。
深呼吸を三回ほどして、エヴラールは平静を保ちながら涼夏と手をつなぐ。
『ベッドはもう一つあるから、大丈夫。こちらに近づけて手をつなごう。寝ているときに外れないように紐で結んでおこうと思うけれど、大丈夫かい?』
『あっ…………、はい、大丈夫です』
涼夏から恥ずかしそうな感情が伝わってきた。一応、同衾することに対する羞恥心は人並みにあったようで安心する。
ほっと胸をなでおろしたエヴラールはてきぱきとベッドを押し込んで涼夏の方へ近づけると、荷物の中から柔らかい紐を取り出した。
『さ、縛るよ』
『はい』
涼夏と指を絡めて手をつなぎ、器用にエヴラールは紐を結ぶ。
その間にも涼夏は暇なのか、小さく異世界の音楽が聞こえてきた。
紐を結び、エヴラールもベッドに潜ると、明かりを落とす。
さぁ寝ようと瞼を閉じれば、不意に涼夏の歌が途切れた。
『エヴラールさん』
『ん? どうしたんだい』
『おやすみなさい、です。それだけ』
涼夏から届いたのは温かい言葉だった。エヴラールは瞼を開いて、細い月明かりを頼りに涼夏の顔を見る。
氷でできたつるりとした頭。月明かりの中、銀色に輝くそれはとても美しい。
エヴラールは微笑んだ。
『おやすみ、涼夏。―――いい夢を』
今日はよく眠れそうだ。
再び聞こえだした涼夏の異世界の歌に耳を澄ませる。
子守唄のような優しい旋律は、エヴラールの意識が暗闇に溶けるまで聞こえていた。
翌日からのエヴラールたちは忙しかった。ガスパルを筆頭に警邏は侯爵家邸内の捜索に対する根回しを進め、エヴラールは涼夏から証拠品の特徴を聞き出すことになった。
というのも、涼夏の持っていた異世界の品々が侯爵家関連の場所から出てくれば、それは完全な黒。だけれど珍しいもの故に、そうと気づかず素通りされてしまえば無駄に終わってしまう可能性も高いために、捜索の際に現場に入る警邏にはその持ち物の特徴を伝えないといけなかった。
『氷で物を作ったほうが早い気がします』
『そうだけどね。魔力の無駄遣いはしたくないな』
『この世界って、回復アイテムとかないんですか?』
涼夏の言葉にエヴラールは首を傾げる。
回復アイテムとは?
『栄養ドリンクとか、ゲームのポーションとか。魔力を回復させるものです』
『あぁ、回復薬か。あるにはあるけれど、すごく貴重でね。魔力欠乏症の重症者くらいにしか使われないかな』
『そうですか……』
世の中そんなに甘くないらしいと涼夏はうなだれる。
苦笑したエヴラールに励まされ、涼夏は再び異世界アイテムの説明を始めた。
『スマホはこれくらいの……手のひらサイズの板です。金属とガラスでできていて、本体の裏は銀で表は黒。裏面にリンゴマークがついてるんですけど、私はスマホカバーがついているから、それを外さないとリンゴマークは見えないです』
事細かに説明する涼夏だけれど、本当に伝わっているかは分からない。不安に思っていれば、感情や歌と同じで、涼夏が強くイメージしているものはなんとなく伝わってくるとエヴラールは答えた。
そうして涼夏の持ち物をすっかり聞き取るとそれなりの時間がかかり、ガスパルが二人を呼んで軽く休憩となった。
「エヴラール、ここ食堂ないらしいから外に食いに行こうぜ」
「了解」
「俺財布取ってくるから、門のところで待っててくれ」
「分かった」
ガスパルがちらりと顔を出して声をかけていく。
エヴラールと涼夏は聞き取りに使っていた筆記用具や小道具を軽く片付けると、さっそく外へと出る。
真上まで来ている太陽は少しだけ熱く感じられた。
二人で門のところで待っていると、建物の方から警邏が一人走ってくる。エヴラールを見つけると声を上げた。
「良かった! 騎士エヴラール様、休憩時に申し訳ありません。少々確認していただきたいものがあるので、来ていただけますか?」
「僕かい?」
「はい。今回相手が侯爵家のため、捜索令状作成のために責任者として貴族の方のサインが必要と言われてしまいまして。つい今しがた役人の方がお見えになって、お待ちなんです」
「分かった。行くよ」
エヴラールは涼夏に断りを入れて、建物に戻る。涼夏と一緒に戻ろうと声をかけたけれど、彼女は歩くのが遅いからと断った。
サインだけならばそう時間もかからないだろうと、エヴラールは申し訳無さそうにする警邏の後を追う。仮にも自領の侯爵家へ乗り込むのだから、責任者として一介の警邏責任者だけでは責任が足りないと思われるのは当たり前だ。連帯責任者として第三者が必要で、こういう時のために騎士が派遣されていると言っても過言ではない。ガスパルのサインでも良かったけれど、侯爵家相手に名前を使うのであれば家格の低いガスパルよりも、家格の高いエヴラールのサインのほうが有効であるのは理にかなっていた。
せっかくガスパルが休憩に誘ってくれたけれども、先方を待たせるのは悪いと思ったエヴラールはさっくりと用を済ませることにした。相手の役人も事務的で、本当に軽い書類の説明とサインだけで済んだのが幸いか。ほんの十分ほどで終わった。
もうガスパルも来ているだろうと門まで戻ってくれば、そこには涼夏の姿は見えず、ガスパルしかいない。
その様子を見た瞬間、エヴラールは嫌な予感がした。
「ガスパル? 涼夏はどうした?」
「リョーカちゃん? お前と一緒じゃなかったのか?」
「いや。先に来ていたけれど、書類のサインを頼まれて僕だけ建物に戻った」
ガスパルが眉をひそめる。
「俺が来たときにはリョーカちゃんいなかったぞ」
「馬鹿言うな。彼女は一人じゃどこにも行けない」
「でもいないんだよ。警邏がこんな日差しの中にいるのを不憫に思って建物の中に連れてったのか……?」
そういうこともあるかと思って一度建物に戻り、警邏に涼夏がどこにいるのかを尋ねて回る。
けれども、誰一人として涼夏の行方を知る者はいなくて。
忽然と消えた涼夏に、エヴラールは呆然とした。
騒ぎを聞きつけたレイモンが、門のところにいた警備はどうしたと聞かれる。
そういえばガスパルもエヴラールも、門のところに警備がいるのを見ていない。
「警備がいないわけはない。表の門は常に二人体制で警備している」
どういうことだと騎士二人が表情を厳しくしていると、唐突に子供の泣き声が聞こえた。
「おかぁあしゃん!! どこぉ〜っ!」
「すぐお母さん探すからね、ちょっと待っていてね」
なんの騒ぎかと子供の泣き声がする方へ行けば、門の警備を任されていた警邏が一人、迷子の子供を保護していた。
レイモンが警邏に状況を確認する。もう一人の警邏は通りを渡ったところで落とし物をした男性と共に落とし物を探していると言う。
二人が二人とも図ったように門を離れてしまった事実に、レイモンは額を押さえてしまった。
ガスパルといえばこの偶然にしては出来すぎている状況に眉を顰めさせる。
「……こりゃ考えたくねぇが、リョーカちゃん、誰かに攫われたって考えた方がいい気がするな」
「攫われたって、一体誰に」
「こんな真っ昼間に警邏の目の前で人買いが攫うってのは考えらんねぇ。あの子も賢いから自分からこの場所を離れはしないだろう。そうなると後は……」
門を睨んで可能性を一つ一つ消したガスパルは、予想できる答えを一つ弾き出す。
「リョーカちゃんをこの世界に呼んだやつ。俺らがリョーカちゃんの首の魔方陣に気づいたんだ。向こうも何か勘付いた可能性はある」
エヴラールは奥歯が軋むほど強く噛みしめる。
ガスパルの予想が正解だったとして、そこから予想されるだろう展開は九割九分、涼夏にとって良いこととは言えないだろう。
「どうすればいい! 悠長にしている時間はないぞ!」
「分かってる。だが犯人の意図がわからん。モーリア侯爵次男なら、今のこの状況で情報が漏れたとして動くのは危険すぎる。むしろ自分が犯人ですって言ってるようなものだからな」
眉根を寄せて唸るガスパルに、エヴラールは唇を噛みしめた。
エヴラールは頭が悪い。今まで頭痛のせいにして大概の物事に対して考えることを放棄してきた。エヴラールは直感と、見たもの、聞いたものしか理解ができないから、今のように複雑な状況下をガスパルのように読み解くことが難しい。
剣を奮って解決すれば簡単なのに。自分が何をすればいいのかが分からないというのは、ただただもどかしかった。
どれほどガスパルが思案をしていたか。
レイモンが警邏に命じて周辺の聞き込み調査をさせていたのだが、その警邏のうちの一人が戻ってきた。
「レイモンさん! 向かいの建物の女性から、リョーカ嬢らしき人物の情報を聞き取りました!」
「話せ」
「はっ。リョーカ嬢は同じ帽子を被った女性に話しかけられていたそうです。ベール付きの帽子だったため、接触した女性側の人相は分からなかったとのこと。その後すぐ近くの馬車停めに向かい、女性と共に馬車に乗ったようです!」
「でかした。お前はそのまま馬車の行方を追え。乗合馬車なら目撃情報があるはずだ!」
「承知しました!」
報告に来た部下に指示を飛ばしたレイモンはエヴラールに向き直る。
「エヴラール殿、リョーカ嬢の帽子はどちらで購入したものだ? 馬車と同じく、そこから心当たりを当たっていく。女性の帽子は一点物も多いからな」
エヴラールはそう言われ、押し黙る。
一点物。同じ帽子。ベールで顔がわからない。
目を見開いてガスパルを見た。
ガスパルも同じことに気がついたのか、エヴラールの方を見て口の端をつり上げた。
エヴラールは力強く頷くとレイモンに答える。
「おそらく一緒にいた女性はリル・アフネルだ」
「リル・アフネルだと? 彼女は第三被害者ベル・アフネルの姉か?」
「そう。涼夏の帽子はアフネル夫人の店で購入したものだ。それも、夫人がベル・アフネルのために作ったものを特別に譲り受けている」
「なるほど。それならば話は早い。リル・アフネルの目撃情報も追わせよう」
「いや、追わせるより簡単な方法がある」
指示を出すため警邏を呼び戻そうとしたレイモンをエヴラールは遮った。
出鼻をくじかれたレイモンはエヴラールをじろりと見やるけれど、エヴラールはその海色の瞳で真っ直ぐに見返した。
「リル・アフネルはモーリア侯爵家の使用人だ。令状も手に入っている。リル・アフネルを口実に侯爵家に乗り込もう」
そして涼夏の場所を教えてもらう。
エヴラールの強気な発言に、レイモンもガスパルも目を見開いた。





