ハンター
グリュンベール地方、プロスブルグ王国のさらに北に位置する場所でその日、その時、数え切れない程の町や村の住人は一斉に夜空を仰いだ。
真夜中というにはまだ早く、子供が起きているには遅い時間であった。酒場から出た労働者は、ほろ酔い気分で路地を歩き、門番は、町の光が届かぬ街道の先を静かな眼差しで見つめていた。
また、大多数の住人は、ベッドで深い眠りに付き、今日と変わらぬ明日を信じて幸せに眠っていた。
"XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX"
それは確かに生物の咆哮であった。
行きかう人は時を止めたように立ち止まり、まるで地面と足が張り付き、動かそうとも動かせないように、それ以上一歩も足を進めることができなくなってしまった。寝ている者は起こされ、起きている者は、家の外に出てその姿を確かに見た。
つい数時間前に日が沈んだ空を途切れることのない稲光が曇の合間を照らしだす。
けたたましい轟雷とともに、空をかける巨大なドラゴン、この世界で食物連鎖の上位に位置する竜種…。
その咆哮に恐怖し、人々は思い出された。この世界で人は、あまりにも弱く、狩られる側の生き物であったことを、彼らの捕食対象になり、狙われたら逃げることしかできない生き物であることを、そしてなぜ自分たちの住む村や町に古より分厚く高い岩の塀があるのかを。
腹の底から湧き出る恐怖で、体が自然にガタガタと震えだす。
"蛇に睨まれた蛙"
言葉で言い表すならこの言葉がぴったりであろう。
まるで大地震が起こる前の余震のような、背筋を凍らせ、体をこわばらせる不安。人々の中に眠っていた生物としての生存本能を呼び覚まし、強烈な恐怖を人々の記憶に深く刻みこんだ。
「フフフッ、はっはっは!!」
この世界には、ハンターという職業がある。魔物を狩ることを生業にする人々である。
”ハンターは人ではない”
ハンターを知る者は、言う。
例えいくら剣や拳の技が天上の極みに達しても、圧倒的な力(体の大きさ)には叶わない。
しかし自らの存在が例え蟻で、敵が熊であったとしても、その力量を上回り、打ち勝つことができる者…。
弱肉強食の世界の中で、下位に位置する人間であり、しかし上位の者を狩る存在。
人の中の英雄…。
ハンターの多くは神に祝福を受け、加護を受けた者である。加護は人を強くする、あらゆる面で、頭を、体を、魔力を、その存在をも…。
人という種が、なぜとうの昔に絶滅していなかった、その理由の一つが、このハンターの存在である。
そのハンターの中でも、最上級のアダマンタイト級である人物が竜種の発する霊気を感じ、久々に忘れていた恐怖を呼び覚まされたことに笑いを抑えきれなくなっていた。
「この霊気、この霊圧…。 異世界から新しい竜が顕現したな。」
その人物は、瞳から七色の不思議な光を僅かに放ちながら、担いでいた自らの身長をも超える大剣を地面に突き刺した。
その瞳には、遥か遠く、暗い闇の向こうに写し出された、黒い"龍"を確かに捉えていた。