家族の絆
異世界の馬というものを甘く見ていた訳では決してない。だがしかし、現実に目の前でわなないている生き物を指して、「これは馬です。」と言われても怖気づかない方が無理である。
鼻から火を噴き出しそうな、熱い鼻息、サラブレッドの優に1.5倍はありそうな体、足の筋肉。節々には硬く覆われた鎧のような皮膚。
転生前に知識として持っていた馬は、こんなに大きく、そしてこちらを嚙み殺せるような鋭い牙と殺気だった目をしている馬とはまさしく、別次元の生き物である。
「父上、これが馬ですか?」
あまりのギャップで近づくのもためらわれる、生物としての格に圧倒されながら、馬に手を伸ばすこともできずにブラムに質問した。
「なに、1ヶ月前に乗せた馬は確かに乗馬用のホースタイン種だった。しかし、ベルシュタイン家は武門のお家、もちろん乗る馬は軍馬として名高いベルシュタイン種である。我が家の祖先は数千年前からこのベッシュタイン平原で、ベルシュタインを飼いならし、騎馬民族として栄えてきたからこそ、今の地位にあるのだ。そして我が家の家紋はこのベルシュタイン種をモチーフにしているのだぞ。」
ブラムはカズマの両脇に手を差し込むと、自分の愛馬であるノアールの鞍に軽々とカズマを乗せ、ついでに、自らも素早くあぶみに足を掛けるなり、ノアールに乗り込んだ。
自分の主人を乗せたのが嬉しいのか、ノアールは甲高くわななくと、急に静かに息を殺して、主の指示を待っている。どうやら人間を乗せることに慣れているようである。
大人しくなったノアールを見て、カズマは若干冷静さを取り戻していき、ついにはノアールにまたがりながら、背中をそっと触ってみることができるようになった。厚い皮の下にある骨格は、ごつごつしたおうとつがあり、また、温かい体を流れる血の脈動を手から感じることができた。
「すごい、ちゃんと生きている。」
転生前に行ったことのある遊園地のアトラクションに出てくる恐竜を思い出しながら、どこかこの異世界の軍馬を、同じ模型かなにかのように思えていたが、カズマは直に触れ合うことで、生命の鼓動を感じ、現実に受け入れられるようになっていった。
「ハッ!!」
ブラムの鋭い掛け声と、腹を蹴られたノアールは、人間の子供を自らの背に乗せているためか、ゆっくりと走り始めた。
「うわあ。」
やっと周囲に目を配る余裕ができたカズマは5歳児として、年相応の笑顔を見せるとブラムの胸の中で顔を上げ、いつもよりも一段と高い視線から見る風景に目を奪われた。
どこまでも続くような平野に、風車のような建物と、農村が広がっていた。
「そういえば、領都から離れてここまでくるのは初めてだったな。」
ブラムはカズマの額をそっとなでると、1ヶ月前に怪我をしたところに傷跡がないのを確認してほっと溜息をついた。
「カズマ、いいかよく聞け、ベルシュタインの男はな、成人する時には昔からの習わしで、野生のベルシュタインを取ってこなければならない。しかもただの馬ではない。野生のベルシュタインは群れで生活しており、その群れの長を自分のパートナーにしなければならない。」
ブラムは遠い目をしながら、優しくノアールの首をなでると、ノアールも自分のことを話しているのが分かったのか、ちらりとブラムを振り返った。その瞳は優しく澄んで見え、賢者のような深い知能を感じさせた。
「父上、たずなを持ってもよろしいでしょうか?」
なぜだか、カズマの頭の中では、最初に受けた、ベルシュタインの持つ荒々しい印象や生存本能からの怯えは消え去り、家族の一員のような親しみをノアールに感じていた。
自分もベルシュタイン家の一員なんだ。
そう思いながら、自分と父に同じ血が流れており、家族の絆を感じることができた。
「よし、このまま城へ戻るか」
急に馬を操りたいと言い出した息子の姿が少し大人びて見え、カズマの成長を微笑ましく思うとともに、カズマが最初にノアールを見て怯えた姿を思い出し、そういえば昔、お爺様から草食である乗馬用のホースタイン種と肉食であるベルシュタイン種は同じ馬に分類されているが、生物学的にはまったくの別の種だと聞かされたことを思い出し、ふふふと笑うのであった。
子供の頃の自分も同じたったと思いながら。