砂嵐
カズマが目を覚ますと、まるで揺り籠のようにハンモックが揺れていた。
「カミュ、カミュは大丈夫か?」
慌てて、隣に寝ていたカミューラに声を掛けるが、返事はない。
見るとそこには、丁度ハンモックの網目が体に食い込んで、美味しく熟成するのを待つ、特撰ハムのような物が見事に完成していた。むしろこちらが引くくらい2、3回は回転したであろうハンモックで絡まったカミューラらしきものが船の揺れに連動して大きく揺れていた。
「カ、カズマ…。助けて…。」
弱々しい声がハンモックで縛られた毛布の中から聞こえてきて、カズマは飛び起きると、自分も揺られて壁にぶつかりそうになるのを耐えて、カミューラを救出する。
「いっ、今までありがとう。もっと色んな果物、食べたかった。」
遺言らしき、言葉を話すのに焦りながらも、カズマはカミューラの頭に手を添えて、回復魔術を掛ける。
薄暗い、船室に淡い白色の光が広がった。
しかし、見事に色んな物が散乱していた。
「少し、楽になったわ。」
こうしている内にも船内は大きく揺れ、なんとかカミューラにカズマの背中におぶさってもらいながら、甲板上にでた。
入り口の防水扉かの下に僅かに砂が入ってきているのが見えた。
「開けるよ。」
カズマは覚悟して、扉を開く。風圧でいつもの3倍くらい扉が重く感じられた。
ひゅおおおおっ
小さく開けた扉の間から風と砂が入り込む。
外のは砂嵐だった。
すでに、マストの帆はどれも下げられ、甲板上に縛られていた。
視界も砂でほとんど見えない。
カズマは、純粋な魔力を高出力で二人の周囲に展開させて、ようやく普通に呼吸できるようになった。
展開した魔力のバリアに砂が容赦なく打ち込んでくる。
やがて、船は大きな岩の影に入り、船の揺れもだいぶ落ち着いた。
「錨入れ!」
ドベルトの声が聞こえると、船首からガラガラと錨を砂に入れる音が聞こえた。
錨を入れる音がやむと、ドベルトとゼノスがやってきた。二人ともマフラーのような布で顔を覆い、目には蛇が脱皮した後の透明な皮で覆っていた。
「二人とも大丈夫か?」
安全な船内に戻ると、砂塵防護用の装備を外しながら、ドベルトはカズマに話かけた。
「僕は大丈夫だけれど、カミュの体調は最悪だね。」
「そうか、この嵐じゃどうしようもないか。悪いが、カミュに体力回復魔術”ヒール”をかけてやってくれないか?」
「わかりました。ところで今後はどうするんですか?」
「とりあえずは、嵐が過ぎ去るまでここで待機だな。」
ドベルトが装備の中の衣服まで砂の侵入を受けていて、それを払い落としながら、カズマに答えた。
「でもな、悪いことばかりじゃないさ、幸い近くにすっぽりと船が収まる岩陰を見つけたし。こうやって船の揺れもましになった。それに…。」
「これだ…。」と言って隣にいたゼノスが服の下からヤシガニに似た巨大な蟹を取り出した。
「さっき上甲板で見つけたんだよ。砂嵐に舞い上げられて甲板上に打ち上げられたんだな。岩ガニって言うんだよ。ここいらでも滅多にお目にかかれない程のご馳走だよ。さあ、こいつを使って朝食にしよう。」
「師匠、船内は火気厳禁では?」
「なに堅いこと言ってるんだよ。こんな時こそ旨いもん食って、体力を回復させなくっちゃ。ドベルトの話によると、カミューラちゃんの好物らしいぞ。」
カミューラの元気のない姿をカズマは思い浮かべると、とてもそれ以上、止めようとは思わなかった。
「岩ガニはな、蒸し焼きが一番なんだよな~。」
のんきに鼻歌を歌いながら、食堂に入って行ったゼノスを見送ると、カズマは回れ右をしてカミューラの様子を見にいった。
寝室に入ると、カミューラは地べたに散らばった物を片付けている最中だった。
「気分は大丈夫なの?」
「ありがとう。さっきカズマにヒールをかけてもらったし、船の揺れも弱くなったから大丈夫よ。むしろ今までで一番良くなっているかも。」
「そっか、船に体が慣れたのかもね。」
カズマもいそいそと、荷物をかたづける。
「今ね、師匠”ゼノス”が岩ガニを調理してくれているんだよ。カミュの好物なんだって?」
「本当? でもどうしたの岩ガニなんて…。」
「砂嵐に巻き込まれて、甲板上に打ち上げられてたんだって。」
「そうなんだ、あとで私も見つけに行こう。」
すっかり、元気そうになったカミュを見て、カズマの顔にも笑顔が浮かんでいた。
食堂となった一番大きな船室では、他の戦士とともにゼノスが腕を振るった岩ガニ料理をみんなで囲んでいた。
板張りに鍋を直置き”じかおき”にしてみんなで手掴みで豪快に食べる。メイン料理は岩ガニの蒸し焼きだ。一番旨いハサミの部分はカミューラと岩ガニを発見したゼノスに与えられた。
酒蒸しにしているようで、殻を割ると酒の僅かな香りと磯の匂い、それに蟹特有の甘い匂いがした。
殻から身を引っ張り出すと、汁が伝って腕に滴り落ちる。たまらずみんな、岩ガニにかぶりつく。
「うんめ~。」
口いっぱいに、蟹の香りと濃厚な旨味が広がる。味覚を刺激され、口内が幸せで溢れ出す。
カミューラが好きなのも納得である。
「まだ、終わりじゃないよ。今回は奮発して、蟹みそを汁にしてみました。ただ、残念ですが、具材が無かったので、肉の臭みが少ない、ピートン”豚の仲間”の干し肉を入れてみました。」
「おおおっ。」
食事が終わる頃、砂嵐は通り過ぎていた。




