ルチル、上級火竜、死の瞳
ドン、ドドン、ドン、ドドン
心から恐怖を取り除くと言われる。竜皮太鼓”ドラム”の音に合わせてドラゴス村の戦士たちが一斉に槍を振るう。戦いの前の演舞。一糸乱れぬ槍の型を総勢30名の戦士たちがなぞる。
ザッ、ザッ、槍が空を切る音と砂を踏みしめる音がかさなり、ドラム音にアクセントを付け加える。
戦士たちの戦闘は戦士長、ドベルト=ドラゴス。火竜の皮でできた胸当てと、古代ローマの兵士を連想するような赤い火竜の鬣”たてがみ”で飾られた皮製の兜。
やがて、ドラムの音が終わるとともに、村人から拍手と歓声が上がる。
狩りの出陣である。週に一度に行われる火竜を対象とした狩り”ハンティング”、参加する戦士は全て戦士長に認められた上級戦士”ハイウォーリア”である。
村の入り口である、2つの石塔をくぐり抜けて戦士たちの後ろから、少し後に続く2つのマント。
戦士たちの狩りを秘密に見学するために隠れてついていくカズマとカミューラである。狩りにも使われるマントは二人の体をすっぽりと覆い、遠くから見ると周囲の砂と同化しているようにも見えなくもない。
魔獣から見れば誤魔化すことも可能であるが、人から見れば怪しいことこの上ない。
戦士団の後方をチョロチョロとうろつく小さいマントお化けに戦士長は呆れ気味に気を取られながらも、戦士団は火竜の住む火山を登っていく。遠くから見える山は拳小の石と岩でできていた。砂利道をどんどん登って行く。登って行くにつれて濃くなる硫黄の匂い。遠くの山から火山ガスの流出である白い煙が幾つ見える。火孔が近くなっているためか、風に熱気が混ざり、いやな汗がカズマの体から吹き出ていた。
すっかり暑くなってしまい、二人はマントを外して腰に巻き付けていた。
いよいよ山頂に着くと、戦士たちは火をつけだした。火種は下級火竜”ドレイク”の糞を乾燥させたものである。独特な匂いととに、白煙が空に登って行く。
火竜は単独行動を好み、強い縄張り意識を持つ。風に乗って他の火竜の匂いを嗅いだ火竜は本能に逆らえず必ずやってくる。
ドン、ドドン、ドッド、ドンドン
戦士たちは、ドラムを鳴らしだす。
ドン、ドドン、ドッド、ドンドン
赤髪の長い髪をドラムのリズムに合わせて左右に振りながら、戦士たち踊り出す。
戦士たちから立ち昇る、湯気のようなものを、カズマは最初、汗が蒸発しているものだと思っていた。
しかし、ここは山頂が近づく程、気温が下がる山とは違い、むしろ火孔に近づくため、逆に暑くなっていく火山であった。
それは純粋な魔力の結晶であり、彼らの願いであった。
火龍信仰を伝えるドラゴス村の戦士たちは、火竜を神の御使いと信じ、生きる糧を頂いていると考えている。この踊りは、神の御使いを呼ぶための儀式なのだ。
ドン、ドドン、ドッド、ドンドン
戦士たちの踊りはさらに熱を帯び、ドラムの膜の上には戦士たちの汗が踊り、ドラムの膜に、はち切れんばかりと、ドラムスティックが叩き付けられる。
ドラムの音は戦士たちの闘争本能を最大限に押し上げ、その姿はまさにトランス状態になっていた。
膜の振動は彼らの魔力を乗せて、遥か天上におわす。龍神へと聞き届けられた…。
やがて山々の彼方から鳴き声が聞こえ出した。
”キューーア”
甲高く、遠くまで伸びる声。
どんどん近づいてくるその声に、カズマとカミューラはすっぽりとマントを被り、岩の影に身を潜ませた。視界はマントで遮られているが、確実に近づいてくる火竜の影。
”ギューワー”
それは雷鳴に似ていた…。音ではなく、雷鳴を聞いた時に覚えるような恐怖に似ていた。
その咆哮には確かに火竜の魔力が宿っていた。視界が反転し、目の前がまるで暗闇の中にいるように、自分がどこにいるのかも分からなくなえい、一瞬で頭の中がパニックになる。
カズマとカミューラの二人は、未だかつて体験したこともない、本能からくる恐怖にガタガタと足を震わせ、必死でこの場から逃げたい思いをこらえていた。
吐きそうだった。悲鳴を上げそうだった…。
マントに包まれた安息の闇のはずが、恐怖で声を上げそうな程、心が押しつぶされるようだった。
これが、竜種”ドラゴン”の咆哮…。
空は立ち昇る噴煙の曇と火山灰のカーテンで、陽の光は遮られ、この世の終わり、黙示録のような景色の中、一人の戦士が握っている槍の穂先、槍飾りである火竜の鬣”たてがみ”が一層強く、風にたなびいた。
目の前にはもう、灼熱の殺戮者が存在していた。魔力で覆われた蝙蝠”こうもり”のような皮膜を持つ翼。空に浮かんでいるのに羽ばたきもせず、ただ翼を広げて戦士たちを威嚇しているようであった。
ドラゴス族と瓜二つの赤い鬣に赤い瞳、縄張りを荒らされた誇り高き竜は烈火のごとく静かに怒っていた。
「これは当たりを引いたな。」
「まさか、上級火竜のルチルとはな…。」
”そうだ、今はそれでいい…。”
周囲の砂に擬態し、マントの中で縮こまる二人を横目に、
戦士長ドベルトの呟きは、吹き荒れる熱気により、空にかき消された…。
上級火竜、ルチル、別名は死の瞳、火竜特有の赤い皮と鬣”たてがみ”にルチルの特徴である蝙蝠”こうもり”に似た翼とその被膜に溶岩で焦がしたような黒い瞳のようなまだら模様。性格は上級火竜である高い知能からくる狡猾で残忍な性格をしており、気に食わない相手は遊び感覚で殺すような竜である。この竜種により壊滅状態になった村は数多い。
「我が祖は龍であった。その翼は炎でできていた。」
戦士長が槍を振るいながら、朗々と歌い出す。
「爪は全てを切り裂き、神をも倒した。」
それに戦士たちも呼応し、身体を魔力で覆うと自慢の身体強化の魔力を己にかけて、槍を振るいだす。
中距離”ミドルレンジ”からの槍の刺突、戦士一人一人の戦闘力は高く、硬い火竜の鱗を確実に貫き、赤い血を流させる。戦士たちに、さらにカズマたち二人を足したとしても届かないくらいの巨体に、その数十分の一の大きさしかない戦士たちが、生物上絶対の強者である火竜を追い詰めて行く。計算され尽くされた完成された集団の動き、火竜の攻撃は俊敏で決して遅くはない。しかし、それ以上に戦士たちは素早かった。
しかし、圧倒的な暴力でルチルの左足に捕まれた戦士が空高く投げ出され、渓谷の彼方へ消えていった。
それは、一瞬の出来事であった。一人を失ったことでできた僅かな攻撃の間隙”かんげき”をルチルは見逃さなかった。
一気に周囲の魔力”マナ”ごと息を吸うと、吐息”ブレス”のため、長いかま首を持ち上げる…。
戦の流れが一気に変わりそうになっていた。
啞然とするカズマをよそに、戦士長は朗々と祝詞”戦歌”を歌う。
「我が魂は竜の吐息”ブレス”」
「我が咆哮は神の叫び」
「大いなる我らが神、聖炎龍王”ファブニール“よ、今こそ我ら子孫に力を貸したまえ!」
すべてを溶かす灼熱の吐息が戦士たちに降り注ぐ刹那、カズマは上位精霊がこの場に顕現するのを感じた。




