はじめての獲物に感謝を…。
ぱちぱちと、小気味いい音を奏でて、火の粉が空に還っていく、川を流れるせせらぎの音とアンサンブルを奏でているような、心安らぐ音色が直に聞こえてくる。山深い渓谷に、何処からか聞こえてくる獣の遠吠えがこだまする。あたりはしんと静まり返っていて、薪の燃える暖かな光が真っ暗な闇の中でゆらゆらと生き物のように、揺らめいていた。
河原の石で即席の竈をこしらえると、昼に仕留めた熊の肉を木の葉や皮を剝いで木目の浮いた串に手際よく指していく。数十本作り終えたところで、一旦作業を止め、今度は貴重な塩を惜しげもなく振りかけていく。海に面していないベルシュタイン伯爵領にとって、塩はとても貴重なものだった。
これだけ大振りの肉を使っても、まだまだ大量に肉の塊が残っていた。
石と石の隙間に刺した串は炎によってあぶられ、溢れ出した肉汁がとめどなく串を伝う。
”ジュ、ジュワー”
肉汁が滴り落ち、薪にたれ落ちる度に、香ばしい匂いが辺りに広がる。
ふつふつと肉からは沸騰した細かい汁が跳ね飛んでいる。
なんで薪の炎は、こんなにも心を落ち着かせるのだろうか…。
カズマは、本日の晩餐となった熊への最初で最後の一撃となったあの感触を手に感じながら、意外にショックを受けていないことに気付いていた。
「そろそろ食っていいぞ、食べごろだ。」
最初のうちは、カズマに敬語を使っていたゼノスも、今ではすっかり、地がでている。敬語のけの字も忘れたようだ。
ゼノスは素早く、一番大振りの肉が刺さった串を手に掴むと、待ちきれないと言うように、大きく口を開けてかぶりついた。
「ハフハフはふ、あっちぃ!」
一旦かじりついた肉から、涙目になって顔を離すと、舌を出して、火傷した舌を冷まそうとする。
「ふふふっ」
30歳を超える、だいの大人の姿ではない。アダマンタイト級という偉い肩書を持った人物とは、到底思えないリアクションに、カズマは笑いを押し殺すことはできなかった。
「ふふふっ、ハッハッハッハーッ」
二人は顔を見合わせると、焚き木を挟んで笑いあった。その笑い声は、空一面に輝く夜空に溶けて消えていく。
カズマは、師匠の二の舞にならないように、念入りに息を吹きかけ、熱を冷ますと、豪快に肉にかじりついた。口の中で肉を嚙み締めると、甘い油が口に広がり、かぶりついた口の端から肉汁が滴り落ちる。
僅かな血の匂いと表面の皮が焦げる香ばしい匂いが鼻を突き抜ける。
「うまい…、ただ塩を振って、焼いただけなのに…。」
カズマは、あまりの美味しさに感動していた。
"前世で食べた最高級の牛肉よりも美味い"
「初めて自分で狩った獲物を食べる時は格別だ。そしてあの美味しさはいつまでも忘れられない。しかもカズマの場合、仕留めた獲物が魔力の多い紅牙大熊だったからな、魔力を多く保有する魔物はどれも美味い。俺なんか、大舌蜥蜴だったぞ。まあ、美味かったのは覚えているが、熊の方が上等だ。鱗の付いた肉を食べたのはあれが初めてだったぞ。」
笑いながら、いつもより会話が弾む。そんな二人を若干羨ましそうに2匹の精霊が見守るのであった。
"他者の命を取って、自らの命の糧にする。これは昔から続いていたことだ。"
いくら大陸南部といえど、夜には気温は10度を下まわる、カズマは、分厚い生地のマントにくるまりながら、焚き火に背を向け、瞼を閉じる。
"せめて狩った命は、全て無駄にしないようにしよう。"
カズマは、残った肉の塊と毛皮、牙、爪などの素材を思い浮かべながら、武器に使おうか、防具に使おうかと考えながら、深い眠りに身を委ねるのであった。




