ハンティング
二匹の精霊が空を飛んでいた。眼下に見えるのは、深い渓谷のがどこまでも続く、ソリッドの森林が広がっている。
森の名の由来となったソリッドはかつてプロスブルグ王国の建国前に隆盛を誇っていたビルデンハイム帝国に仕えた、大魔導師ソリッドがこの地で余生を過ごしたことに起因する。
その大魔導師ソリッドは、主に空間系魔術の使い手だったと伝えられている。そのせいでこの大渓谷で発生する霧などで道がわからなくなった旅人は、ソリッドに会ったのだと昔から言われてきた。事実、渓谷の奥に入りこんだ冒険者が、霧の中に迷い込み、しばらく彷徨っているうちに霧が晴れると、遠く離れたベッシュタイン平原にいた、なんて言い伝えが数多く残っている。
そんな森林は、獣や魔物の大生息地となっており、冬でもその姿をよく目にすることができる。
そんな森にカズマとゼノスは足を踏み入れていた。
「カズマ、まずは、精霊の位置を正確に把握するんだ。」
ゼノスに言われるまま、カズマは瞳を閉じて、森の外へと意識を向ける。地面を舐めるように魔力の気配を探っていく。風のように、波のように、時には大きな岩に行く手を阻まれ、それを越えると今度は崖があり、それにそって意識を下に向ける。点じゃなく波のように、全周へ、水平だけではなく上下させ、知覚範囲を広げていく。
精霊は大空を自由に舞う、追いついた。仲良く並んで空を飛ぶ精霊たち。その片方の小龍に焦点を当てると、その龍の目を意識した。そして二つ瞳がリンクする。
ぼやけた視界は、やがてピントが合ってくる。
カズマの脳裏にはリュミエールの視界が映っていた。森の中にいるカズマの視覚と空を飛ぶリュミエールの視覚が重なり、同時に2つの視覚が2重に見える。リュミエールの視覚はやや霞んで見えた。
カズマの両目は魔力が宿り、やがて淡く光を放ちだした。
「よし、ちゃんと同調できているな。そのまま、リュミエールに行きたい方向を伝えるんだ。」
最初の指示は少し高度を落とさせてみる。
リュミエールはカズマの意思に素直に従って、少し高度を下げた。
次は左に、右に、ソリッドの空を縦横無尽に飛び回る。あまり調子に乗ると目を回しそうだ。
魔力のパスを通じて、リュミエールの楽しそうな気持ちが伝わってくる。いつの間にか、カズマの顔にも笑みが現れていた。
「いいかい。そのままリュミエールの位置を把握しながら、常に周囲の探索も続けるんた。今度は森に潜む魔力に意識を向けてみるんだ。」
「はい。魔力の点が見えます。」
「その点は、何に見える?」
カズマは、魔力の点を引き伸ばし、拡大するように意識を集中させる。すると、カズマの脳裏には点が次第に大きくなり、それがやがて形を作り、4足歩行する動物に見えた。
「4本足の、とても大きい…。」
「リュミエールの視覚を使うんだ。」
「はい、見えました。大きな熊です。川で魚を取っています。」
「よしよし。もう精霊とのリンクは大丈夫だな。ひとまず、精霊たちにはこちらに戻ってこさせよう。」
「はい。」
"ピロロロロ~"
最初に戻ってきたのはゼノスの精霊、クイルーであった。一度、上空で旋回すると鋭く降下を開始、そのまま、ゼノスの背中の中にスッと入っていった。
「お疲れ、クイルー。」
ゼノスは、己の相棒に労いの言葉をかけると、次にやってくる魔力の反応を感じて再び空を見上げた。
"キュイー!"
ゼノスの視線の先には戻ってきたリュミエールがいた。こちらも、上空で旋回すると、一直線にカズマの元へ戻ってくる。リュミエールはカズマの中には戻らずに、左腕に胴を巻き付けると甘えた声を出して、カズマの頬に顔を寄せる。
「ご苦労様、リュミエールの視覚が見えたよ。」
"キュキュッ"
こちらも、カズマの視覚が見えたよ。と言っているように、リュミエールは得意気に答えた。
「さあ、さっそく先程、カズマが見つけた熊を狩りに行くぞ。」
「はい。わかりました。」
やはりそうか、とカズマは自分を納得させながら、今回の目的は、生き物の命を取ることだということを思い出し、改めて気を引き締めた。
「ここからはカズマが一人で仕留めるんだ、何があっても手は出さない。油断は命を落とすことに繋がるぞ。そのつもりで相手を仕留めるんだ。」
「はい、師匠!」
カズマは魔力反応から、獲物の位置の目星をつけ、そちらに体を向けると体を屈め、さらに足に魔力を溜めこむと、足の裏から一気に力を開放した。
ドスンと地面を叩く音が鳴った。
瞬間、体が前方に跳ね上がる。
カズマは空中で体のバランスを整えると、片方の足に魔力を溜め、さらに前方へ突き進む。
ドスン、ドスン…。
思った以上に音が響く、これでは熊に気が付かれてしまう。初めての狩り、出来れば不意打ちで、こちらに有利な状態で一撃のもとに仕留めたい。
着地には地面ではなく、魔力を溜めてそれを足場にする。
"無茶苦茶、魔力を消費する。"
心許ない魔力を気にしながら極限まで制御し、魔力消費量を抑えて進む。
熊の魔力反応が段々と強くなってくる。
もうすぐだ。
剣を鞘から抜き、魔力を剣に通す。剣を握る手に力が入った。
魔力を高速で循環させる。剣の刃先も今や体の一部となって輝きだす。
最後の一歩は直に地面を踏みしめた。
ドンッ
土が舞い上がり、一気に熊の背後を捉える。
魔力の循環は最高調に達し、剣の表面を魔力の層が覆う。
カズマは上段から一気に剣を振り下ろした。
"斬"
獲物を切った瞬間、僅かに抵抗を感じたが全く気にならなかった。
大量の血しぶきの後、切断面から重力にしだがって熊の中身がこぼれでた。
”はあ、はあ、はあ”
息が上がり、呼吸が中々整わない。
心臓がバクバクと鳴り、体中から汗と湯気が噴き出た。
こんなに簡単に、熊を殺すことができる。
カズマは、剣を振り下ろした時に感じた手のひらの感覚を思い出し、握る力を強めた。
"こんなに簡単に、体の大きさで言えば、自分の3倍、体重なら20倍以上の相手を殺せるなんて…。"
この世界で初めて手に入れた魔力という力にカズマは驚きと恐怖を感じていた。




