モーラの涙
最初に何を話しかければいいのか、どんな風に励ましたらいいのか…。
カズマはよく分からなかった。ただ、受け入れてあげたかった。つらさを共有してあげたかった…。
だから、モーラにまずは、挨拶から始めることにした。
「先程は、ちゃんと挨拶できなくてごめんなさい。改めまして、カズマと言います。」
モーラは突然のことで、返事が遅れてしまった。
慌てて、涙の跡を隠そうと、急いで手の甲で拭いとる。
「モーラと申します。」
"こんな時間にわざわざ、訪ねて来てくれたんだ、私のために?
何でだろう。こちらは人族からみたら亜人と蔑まれる存在、むしろ、周りから嘲笑の的になるのに…。"
「どうして、わざわざこんな時間に訪ねて来てくれたんですか?」
"初めて見る、亜人だから? 単なる興味から?"
妹のミーナと同じくらいの歳の少年が、本当に心配そうにこちらを見ていた。
むしろ、こちらが申し訳なく思ってしまうくらいに…。だからつい、聞いてしまった。
この人は、本当に信用できる人なのかと…。
「今日の内にきちんと挨拶をしときたくて、つらそうな顔をしていたから、きっと大変な目に遭ってきたんだろうと思って…。」
目から鱗が落ちた、貴族にこんな人がいたなんて、亜人を気にかけてくれる人がいるのかと…。
確かに少年の父、ベルシュタイン伯爵は、亜人の私にも同じ人としての扱いをしてくれた。もしかして、ここなら私も、私らしく生きていけるかも…。
城門で待っていたのは、厳しい取り調べであった。まずは何かの陰謀かと疑われ、結局、城門も魔物に落とされた。その先にあった城も落とされ…。そしてやっとのことで、町にたどり着いたモーラを待っていたのは、奴隷商人であった。
「村も、家族もみんな、魔物に殺されました。町で親切にしてくれた人は私を奴隷商人に売りつけ、奴隷となった私を拾ってくれたのが、ベルシュタイン伯爵でした。そして亜人である私を雇っていただいている。」
”いつかこの人達に恩返しが出来ればいいのだけれど…。そうだ、メイドとして一生懸命彼らに使えよう。”
"そして、いつか恩を返し終わったなら、村に戻って家族のお墓を作ろう。"
「ベルシュタイン家の方々には、とても感謝しています。」
「あなたに手を差し伸べたのは父です。私に感謝されるいわれはありません。でも、何かあったら遠慮なく相談してください。私はあなたの味方です。」
すると、少年はこちらに手を差し伸べてきた。
「これから、よろしくお願いします。この城に住む人はみな、家族ですから。」
”家族”
モーラは、失った家族と新たな家族になると言ってくれた少年のことを思った。
不意に涙が溢れてきて、不覚にも、妹と同じくらいの少年の前で涙をこぼしてしまった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
握った少年の手は、ニーナと同じ感触がした。
失ってしまったあの手を今度は決して失わないように。
モーラは、強く決心するのであった。
「モーラちゃん。笑っていましたね。」
夜も遅く、いつもの就寝時間を大幅に押していた。カズマは自室へと戻っていた。
「そうだね、よかったよ。彼女の笑顔が見れて。実は正直、何を話したらいいのか思いつかなかったから…。」
「相手を気遣っている気持ちが伝われば、それでいいんですよ。」
「そうだね、モーラに会いに行ってよかった。」
「そうですね、これならモーラちゃんも、メイドとして活躍できるかもしれません。」
「明日からよろしくね。」
「かしこまりました。ちゃんと一人前のメイドに育ててみせます。」
アリスは、力強く応えてみせると、カズマの就寝の手伝いをして、部屋を出ていった。
"前世では、踏み出すことのなかった一歩、その一歩をこれからも続けていこう。そうすれば、前とは必ず違う人生を送ることができる。"
そうカズマは信じた。




