父の帰還
カズマは、寒さで目を覚ました。
窓からは日の光が差し込んでいたが、ガラスは結露でくもっていた。
寒さに毛布を体にくるんだまま、靴を履くと、窓際に立ち、手のひらを使って、結露を拭う。
「冷たい…。」
カズマは、「はあー」と手を口に近づけ、吐息でかじかんだ両手を温める。
口から白い息が出た。
窓越しには、昨日と変わらぬ景色があった。庭園の樹々はすっかり葉を落とし、青々とした夏の色から冬の茶色に様変わりししている。
執事の部屋で手紙を見つけてから、すでにふた月が経過していた。
窓から見下ろすと、朝から慌ただしく行き来する騎士たちが、交代で魔物の監視のために出動していた。秋よりも少しは領地に入ってくる魔物の数は落ち着いたようであるが、この光景ももはや日常に組み込まれていた。
"遠く北のグリュンベール地方の山々はすでに雪化粧で白くなっているであろう。"
彼の地とプロスブルグ王国の国境付近まで進出しているであろう父を思った。
きっとここより数段寒さは厳しいであろう。
「お体に気をつけてください」
カズマは、そっと父に祈ると、自らも朝の身支度を始めようと、気合いを入れて温かい毛布を体から引き離した。
冬の足音が近づいていた。
父、ベルシュタイン伯爵帰還の先触れがあったのは、その日の昼であった。
昼食を取っていた母、ソフィアはすぐに食事を切り上げ、数か月ぶりに会う愛しい旦那様のために、気合いを入れて出迎えの準備に入った。いそいそ自室に向かう母の背中は、まるで恋する娘のように浮かれているようであった。広いテーブルに残されたカズマとエレノアは、その姿に顔を見合わせて笑いあった。久しぶりに温かい雰囲気がウインダム城の中に満ちてくるのをカズマは感じた。
城門から城の入り口まで700メートルもある庭園の中を1台の馬車が騎士団に囲まれて入城してくる。
先頭にはベルシュタインのシンボルである軍馬の描かれた旗を持った騎士が馬に乗って走り、その後に前衛の10人の騎士、伯爵の馬車、そして同じく乗馬している後衛20名の騎士が続いた。
城壁で構えていた兵士によるファンファーレが鳴った。まさに、英雄の帰還である。
石畳の両端には、城内での作業を中断し、ほぼ総員で出迎えのために整列している。
小姓が馬車のドアを開けると、鎧を着た勇ましい姿の父、ブラムが出てきた。
「お帰りなさいませ!!」
執事の挨拶とともに、一同が揃ってお辞儀をする。
「みな、ご苦労! 我が不在の間、よく留守を守ってくれた。感謝する。」
さすがに、鎧は綺麗に戦の痕跡を拭い取られていたが、ブラムの姿は以前の記憶の顔からやつれて見えた、しかし両の瞳はギラついていて、戦場の残り香が残って、以前にも逞しく成長したようにカズマは思えた。
「今日は、宴会だ。」
たまらず、整列していた従者が、顔を見合わせ、わっと盛り上がる。
ブラムは手を上げて、それを鎮めると
「紹介したい者がいる。」
父の他に馬車から降りてきた人物がいた。身長190センチにも届く父の背を遥かにしのぎ、2メートルは優にこしているであろう、巨人がそこに存在していた。誰からも注目される圧倒的な存在であるはずなのに、不思議と威圧感が感じられない。まるで、存在を消しているような、庭園に立つ像のような不思議な感覚をカズマは持った。
金属製のフルプレートと呼ばれる鎧を身に纏う父とは対象的にその人物の鎧は、生き物の皮、爪や牙などを素材に作られていた。色は深紅、まるで素材となった魔獣の魂を内に秘めているような禍々しさであった。
以前に高位の魔獣の素材はオリハルコンやミスリルと呼ばれる伝説の金属よりも遥かに強く頑丈な武具になると聞いたのをカズマは思い出した。
「強力な魔力を内包している。」
カズマの目には、皮の鎧が魔力を纏っており、黒色の光が淡く輝いているのが見えた。
「ゼノス=マッカランと申す。彼の地で伯爵に見込まれ、ご子息の剣の師として雇われた、みなさんよろしくお見知りおきを。」
筋肉で出来ているような、野蛮な巨人が、意外に様になった挨拶をしたために、不意をつかれた周囲はさらにざわつく。
それを見て、いたずらっぽくニヤリと笑うとゼノスは、自らの師弟となる伯爵の息子はどのような面構えをしているのだろうかと少年を探す。
そこに、小龍を腕に抱いた少年がいた。
まるで巨大な鉄球のような硬い骨格をその尾っぽの先に付けた、草食竜、ステゴラスの凄まじい一撃を頭に食らったような、衝撃を受けた。ゼノスの両眼が限界まで広がる。
今度は数倍にして、自らが驚かされた。あまりに動揺してしまい、不様な顔をしないように鍛えた強靭な精神で必死に冷静さをとり戻す。
「その龍は、君の友達かい?」
少年が抱える小龍の外見は、大きさは、かけ離れて小さいが、白い体の色を除けば、彼の地に顕現し、暴虐を振りまいた龍に瓜二つであった。




