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第6話

 7月も後半に入り、目前に期末テストが迫った。この時期になると僕は読書を封印し、勉強に力を入れる。うちの高校はレベルも高くないし、日頃から最低限の復習はしているので、クラスの上位に入るのはさほど苦ではない。成績さえ良ければ親も喚かないので、僕は人並み以上に気合を入れる。

 休み時間の騒々しい教室で黙々と復習を続ける。最近は日常に変化もなく、ごく平凡な日々が繰り返されていたので、集中を妨げる事件はなかった。しかし、僕が数学の問題を解き終え、休み時間中に定めたノルマを終えたところで、クラスの女子の一部がやたらと高い声を上げた。


「うち、今好きな人いないしー」


 うるせぇ、と僕は思った。心の口調がいつもより悪いのは、勉強という苦行に長時間身を置いているからだ。とにかく、その名前も覚えていない女子の甲高い声のおかげで、集中力がぷつりと切れてしまった。


「そうなんだぁ」

「でもさ、好きな人ってそう簡単にできないよね」

「マジでぇ? うち結構直ぐにできるけど」


 4,5人の女子が恋愛トークを始めた。よくある光景だ。問題だったのは、翼の恋人の葉山さんが、石川さんに投げかけた質問だった。


「真白ちゃんは? もう好きな人できた?」


 周りの女子が「気になる~」と声を揃えた。だが、「気になる」と声を揃えた女子達以上に、教室にいた男子達の方が聞く耳を立てていた。他人からは、無関心から関心への変化は気付きやすいものだ。

 そして、石川さんは大変に問題のある答えを発した。


「そうだねぇ。城くんかな」


 これはいけなかった。

 周囲の女子と僕自身は、石川さんが恋愛感情で僕の名を上げたわけではないと理解していた。何故なら、周りの女子達は続いて、


「ああ、真面目だしねぇ」

「面白いしねぇ」


 と納得していたからだ。石川さんが趣旨からずれた差し障りのない答えを出したのだろうと理解したわけだ。

 だが、男子達はそうは思わなかった。何故、教室にいるのかいないのかも分からないような影の薄い奴が、クラスのスターである石川さんに好意を抱かれているのか? と疑問に思ったのだろう。悍ましい視線が僕に降り注ぐのがわかった。

 翼がやってきて、「やったじゃねぇか」と僕を肘で小突いた。僕は「何が?」と知らない振りをして、英語の単語帳に目を向けた。そして、どうか、何も起こりませんようにと願った。だが、そうはならなかった。

 それからテスト期間が終わるまで大変な苦労を味わった。直接何かを言われたわけでも、されたわけでもない。ただ、道を歩けば、クラスの男子から見覚えのない男子まで、こそこそと何か言われている気配を察した。僕はもともと自意識過剰の傾向がある。訳の分からない夢を見て、転校生に縋られるような光景まで脳内に描いているわけだから、それは認めよう。しかし、今回は、僕に対してよからぬ噂が広がっていることは明らかだった。

 幸か不幸か、僕はもともと友達が少なかった。繋がりが薄ければ裏で何を言われていようが関係のない話だ。だから僕は気にしないように努めたし、実際、テストのおかげで気にしている余裕もなかった。唯一と言える友達の翼も、


「城、俺、赤点100%だわ」


 と爆笑しながら僕の机を叩いていた。彼に噂など効果はないし、そもそも、僕に実害がなかったのは不良兼スポーツマンの翼の影響があると考えられるので、彼に感謝しながら、「補修頑張れ」とエールを送った。

 最後のテストである歴史が終了し、高校二年生一学期期末テストは終わった。まずまずの出来栄えだ。これなら親から余計な口出しは受けないだろう。

 僕は自分の机に座って深いため息を吐き、黒い革の筆箱を鞄にしまった。テストは午前中に終わったので、午後からは部活動の時間だ。だが、僕は部活をさぼろうと思っていた。連日のテスト勉強で寝不足だったからだ。勿論、普通ならば許されるはずのない理由だが、うちの高校のあの部活動はそれが許される。

 帰ろうと決意した瞬間、元気な声で


「城くん!」


 と名前を呼ばれた。石川さんが机の直ぐ傍に立っていた。内心、これはまずいと思った。まだ教室には多くのクラスメイトが残っていたし、案の定、その多くが恐ろしい目で僕達を見ていたからだ。


「なに?」


 僕は平静を装って返事をした。


「ずっと前に言ってた歌、一緒に聞こ!」


 1か月以上前の約束を彼女は覚えていた。僕は忘れていたが、直ぐに思い出した。


「お父さんからCDを借りようと思ったんだけれど、最近は音楽をスマホにダウンロードできるんだね。知らなかったよ。城くんは知ってた?」


 彼女はそう言いながらちゃかちゃかと手を動かして、自分のスマートフォンにピンク色の有線型イヤホンを装着した。僕は横目でそれを確認しながら、「知ってた」と答えた。内心、何をする気だ、と恐れた。


「はい、一緒に聞こ?」


 石川さんは笑顔で僕にイヤホンの右側を向けた。


「ああ、一緒に聞くというのは、つまり」

「ほらほら、早く。再生しちゃうよ。イントロ聞き逃しちゃうよ」


 僕は彼女からイヤホンを受け取った。そして、彼女の背後にいるクラスメイトの顔を、見たくはなかったけれど、視界に入れてしまった。それは、鬼のような恐ろしい顔だった。例外として、女子はにやにやと笑い、翼は早くしろとジェスチャーしながら声を出さずに笑っていた。

 どちらにせよ、この状況で石川さんの厚意を無下にすることなどできない。そんな行動をとれば、今恐ろしい顔をしている人々は安心するかもしれないが、にやにやしている人々を敵に回す。選択としては、その方が誤りだ。いや、そもそも、そんな自己中心的な発想をすることが誤りだ。彼女は、ただ約束を果たそうとしてくれているだけなのだから。

 僕はイヤホンを右耳に装着した。石川さんは微笑み、空席の椅子を引っ張り出してそこに座り、左耳にイヤホンを着けて、スマートフォンを操作して歌を流した。


 夕立の中で、愛をセンチメンタルに歌う曲だった。

 旋律が、歌声が、情景を心に刻んだ。


「良い曲だ」

「でしょ~!」


 石川さんは心の底から嬉しそうに笑った。


「石川さんはこの歌手が……」


 好きなの? と聞こうとして、彼女が残念そうな表情を浮かべていることに気が付いた。困惑していると、彼女は「なまえ」と囁くように言った。「ああ」と僕は納得した。それも約束だった。


「真白さんは、この歌手が好きなの?」

「うん、大好きなの。他にもいろいろ聞いてみよっか」


 結局、僕と真白さんは部活動が終わる時間までその歌手の曲を聞き続けた。

 気が付いたら、周りの目などどうでも良くなっていた。

 


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