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第15話

 工作係は僕も含めて7人いた。男子3人と女子4人の内訳で、全員が教室で目立つのを避ける傾向にある人達だ。僕達は構成係から依頼された内容を話し合って必要な物品等を買い出し係に依頼し、美術室を借りて背景や面やポスターを作り始めた。

 工作係のメンバーはみんな真面目で、最初は黙々と作業をしていたが、みんなの仲が深まるにつれて作業は疎かになり始めた。美術室という人の目に付かない場所ということもあり、終いには文化祭の準備に割り当てられた時間はただの談笑タイムと化した。彼等は定時をきっちりと守り、放課後残って作業をしようとする人は一人もいなかった。

 結果、僕は一人で作業を熟す日々が続き、夏休みが明けた後も状況は変わらなかった。けれど、僕はそれで良いと思った。作業をしていれば談笑に加わる必要はないし、美術室は慣れた空間だ。実質、一人で絵を描き、絵の具を塗り、小道具を作り、会議に参加してあれやこれやと依頼される日々だけれど、案外、その暇つぶしは楽しいものだった。

 文化祭まで残り一週間となり、準備のために全ての部活動は停止された。6時間目が終わり、僕は帰宅していく工作係のメンバーを見送った後、一人で美術室へ向かって作業を行った。美術教師に頼んで美術室はいつもの17時半まで開けてもらっている。黒いカーテンに血塗れのペインティングを施している最中、「こんにちは」とか細い声が聞こえて、部屋の扉が慎重に開かれた。


「あ! いたいた! 城くん、頑張ってる?」


 真白さんだった。教室に僕しかいないと見るや声に張りが戻った。彼女は僕の座る席の隣に勢いよく座った。


「他のみんなは?」


 彼女の当然の疑問に、僕はどう答えようかと口ごもり、「そうだね」と続けた。


「みんな忙しいみたいで、今日は僕一人なんだ」


 事情を知る人からすれば皮肉めいた言葉だけれど、僕にそのつもりはなかった。一人で問題はない。時間的に厳しい側面はあるけれど、そんなものは暇人の僕からすれば大した影響はない。

 真白さんは「そっか」と言って笑い、「それは大変だ」と同情した。


「わたしにできることなら手伝うよ。わたし、何かできるかな?」

「大丈夫だよ。真白さんは現場指揮だろ? そっちも大変そうだ」

「ううん、今できることはほとんど終わったの。化学室は借りれたし、配置も図案は完了したし、機材も揃えたしね。だから、大丈夫だよ」


 真白さんはそう言ってから、「あっ」と声を上げる。


「勿論、わたしなんか必要ないって城先生が言うなら、このまま戻るけどねっ」


 僕が微笑すると、真白さんは「酷い! 否定してよ!」と怒った。僕は「助かるよ」と言って、赤い美術用エプロンと絵の具セットを渡した。


「ポスターの色塗りを手伝ってくれる?」

「うん……あ、でも、わたし、ああは言ったけれど、絵の自信ないよ?」

「大丈夫、ほとんどできてるから。後はそう、なんとなくおどろおどろしい雰囲気を出せるように色調を暗くするだけだよ」

「了解です、先生」


 エプロンを着た彼女は敬礼して、ポスターに色を塗り始めた。彼女は器用だった。器用な人は何をしても上手いもので、僕は安心して作業を任せた。

 僕達が異なる作業をしている中で、真白さんが突然、


「ごめんね」


 と謝った。僕は手を止めて、「急にどうしたの?」と尋ねた。真白さんは床に置いたポスターに向かって身を屈めて色塗りをしていたので、僕からは背中しか見えず、表情は伺えなかった。


「大変だったでしょ? 色々任せちゃって」


 真白さんの声音は真剣だった。僕は「ああ、いや」とはっきりしない言葉で場を濁した。


「実はさ、城くんと一緒に色々やりたかったから、城くんが得意そうなことを文化祭でしたかったの」


 「へぇ」と僕は返しながら、それは一体どういう了見だろうと思った。その時、真白さんは手を止めて振り向き、床にへたり込むような体勢のままで僕と目を合わせた。


「ほら、だって、何か任せないと、城くんさぼってたでしょ」


 真白さんは微笑んでいた。僕は間をおいて、やはり微笑んだ。


「正解」


 僕の答えに、真白さんは「あはは」と笑って、ポスターの作業を続けた。

 文化祭まで残り二日となり、工作係の仕事は終わった。僕は化学室へ向かい、現場が作られていく様子を見て回りながら、ちょっとした雑事を手伝った。窓は塞がれ、黒いカーテンを天井から床まで吊り下げて、化学室に蛇行する道が作られた。音楽プレーヤーで不気味な音声が流され、僕達が作ったホラーテイストの小道具、凄惨な現場の背景、悍ましい仮面がセットされた。

 僕がぼんやりしていると、ゾンビマスクを被った男が僕へ襲い掛かる振りをした。僕は「はいはい」と適当にあしらった。僕がそんな風に扱える人物は、この高校に一人しかいない。


「おいおい、お前が作ったマスクだろ? そんな扱いはどうよ」

「僕の作ったマスクだからだよ。散々見慣れてるんだ」

「ああ、成る程ね。しかし、よくできてんな、これ」

「どうも」

「お前を褒めたんじゃねぇよ。マスクを褒めたんだ」

「そのマスクは僕の子供みたいなものだからね。子供を褒められたら親は喜ぶだろ?」

「ああ、成る程?」


 僕が離れると、翼はまた誰かに襲い掛かる振りをして、葉山さんに叩かれていた。僕はその様子を見終えた後、化学室から準備室へと移った。

 化学室と準備室は繋がっており、教卓の横にある入り口から入ることができる。そこには薬品に浸された生物や生物の臓器、また人体模型が置かれていて、僕らが何かを作る必要もなく、十分に不気味な部屋として出来上がっている。準備室は小さな部屋で、化学室を抜けた客は最後にこの準備室を通った後、廊下へ続く扉から外へ出られる。その準備室の中にはまた区切られた小さな一室があって、様々な薬品が置かれた倉庫になっている。


「茅原くん」


 園田さんに声をかけられて、僕は振り向く。文化祭を行う上でクラスのリーダーである彼女は、準備室の倉庫を指さした。


「この倉庫の中、長い時間いられる?」


 僕は倉庫の扉の取っ手を掴んで静かに開けた。倉庫は真っ暗で、明かりも付かず、湿気た空気の中で気味の悪い物品が大量に置かれていた。が、僕の感想はそれだけで、園田さんの質問の意図であろう恐怖は全く感じなかった。


「問題なさそうだけれど、なんで?」

「その倉庫に入る予定だったお化け役の子がね、実際試してみると怖くなっちゃって、入りたくないって言い始めて」

「それは困ったね」

「そう、困ってるの。代役探しにね」


 園田さんはにっと口角を上げた。僕は「ああ」と吐息にも溜め息にも似た声を吐き出した。


「お化け役の男子は? 男子も怖いって?」

「男子は入れない事情があるの」

「仮に事情があったとして、その言い分だと、僕は男子ではない、と」

「そうじゃないけど、茅原くんならOKなんだよ」


 僕は腕を組み、深呼吸した。準備で大変な目にあったから、文化祭当日はゆっくりしようと考えていたのだけれど、世の中甘くはないらしい。


「わかった。いいよ」


 園田さんは「ありがとう!」と言って僕の背中を叩いた。中々の力だった。


「当日はこの中に入って、扉を閉めて、内側から扉を叩いて。音が鳴るだけでみんなびっくりすると思うから」

「了解」

「エアコンは効かすけど、あんまり強くないらしいから、うちわと水分は忘れずにね。音を鳴らすだけだから、変装はしなくていいよ」

「オッケー」

「後、暗いからって変な考えは起こさないこと。まぁ、茅原くんなら大丈夫だろうから任すんだけどね」

「そこがよく分からないんだけど」


 僕は僕に対する謎の心配と信頼に首を傾げる。園田さんは「あれ、言ってなかったけ?」と驚いた。その時、偶然真白さんが通りかかり、園田さんが声をかけた。


「真白ちゃん。倉庫で音を立てる係の相方、茅原くんに決まったから」


 真白さんはぱっと笑顔を輝かせて、「頑張ろうね!」と僕の右手を握った。僕は右手をぶんぶんと振られながら、園田さんに目配せをした。


「倉庫係は二人一組なの。頑張ってね」


 そう言い残して園田さんは立ち去った。僕は真白さんと握手をしたまま、何も言えずに苦笑いを続けた。


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