第14話
長期休みが明ける度に感じることだけれど、久しぶりに入る教室はどこか懐かしい。勿論、喜びの感情などはない。ただただ、懐かしいと思うだけのことだ。
教室には既に数名の生徒がいた。制服の者もいれば、部活動の合間に立ち寄ったであろう体操着の者もいた。男子の姿はなく、全員が女子で、いつものように誰かの座席の周りに集まって楽しそうに会話をしていた。
「茅原くん、他の男子は?」
集団の中の名前の分からない女子、が、僕の存在に気が付いて声をかけた。僕は「さぁ」と答えて、不愛想だったかなと思い直し「僕一人?」と尋ね返した。そんな事実は、目の見える者ならば教室へ入った瞬間に分かるだろうけれど、会話のエッセンスとしては構わないだろう。集団の女子達は笑い、「残念ながら」と誰かが言った。
「茅原くん一人じゃかわいそうだ」
「いや、茅原くんは気にしないでしょ」
「ハーレムじゃん。良かったね」
「絶対そんなこと思わないでしょ」
そう口々に喋られては僕の鈍重な回路は追いつかない。僕は得意技の愛想笑いを浮かべて、特に何を発するわけでもなく、教室の最後列の自分の席に座った。今日の仕事は、会議が終わるまでここで地蔵のように固まり、成り行きを見届けることだ。僕は鞄から文庫本を取り出し、小説の世界へ逃げ込んだ。しかし、それも長くは続かなかった。次に教室へ入ってきた彼女が、僕を現実に引き戻したからだ。
「みんな、おはようー。あっ!」
感嘆詞が耳に届けば、ついそちらへ目を向けてしまう。そして、必然的に真白さんと目が合った。真白さんは口角を上げて思いっきり笑みを作った。クラスメイトと挨拶を交わしながら、僕の席の傍に近寄った。
「ありがとう!」
感謝だけを告げて、真白さんは女子の集まりへ加わった。僕も反応は必要ないと判断し、小説へと目を移した。
「なになに? どうしたの?」
「なんでお礼言ったの?」
集団から声が聞こえてくる。聞きたくはないけれど、僕の脳は勝手に情報を収集しようと耳を働かせる。真白さんは「あはは」といつもの笑い声をあげた。
「わたしが城くんに来てほしいってお願いしたの」
「どんだけ城くんのこと好きなのよー」と笑い声が上がった。しかしながら、そこには思春期にありがちな浮ついたものの気配は微塵もなかった。人の好き好きというものは深い問題に陥りがちだけれど、僕と真白さんに限り適応されないらしい。それは一度立った噂を翼が消してくれたおかげか、僕がネガティブの御曹司だからか、真白さんがどことなく幼い振る舞いをしているからなのか、判別はできない。けれど、彼女達が作り上げてくれた空気のおかげで、僕は余計なことに悩まされずに済んだ。
結局、その後に集まったのは数名の女子と、ゲーム好きの男子のグループ数名だった。僕はゲーム好きの彼等と少しだけ会話を交わした。彼等は他人に対して余計なお節介をかけないので、僕の中の好感度は高かった。
「話を進める人がいないから、私が進めるね」
園田さんが宣言すると、みな頷いた。園田さんは教卓の前に出て、滞りなく会議を進めた。みなから意見を収集し、クラスの出し物を決める。様々な案が出た。喫茶店、演劇、演奏、踊り、和太鼓、ビデオ、ドミノ。当然、僕は何も提案しない。何かをやりたいという感情が湧かないからだ。そもそも、僕は常々思っているのだけれど、案を提案する人は、本当にそれをやりたいと思って発言しているのだろうか。自分の案が賛成された時に生じる発案者としての責任ーーそんなものは気分の問題だけれどーーや、プランなどはあるのだろうか。
そんな、おおよそ不要な思考を巡らしていた時、園田さんは真白さんへ意見を求めた。真白さんは少し悩んでから、
「お化け屋敷」
と答えた。
「去年もどこかのクラスがやってたね」
「いいかもしれないね」
と話は進み始めた。もし、ここにいつもの元気な男子達がいれば、反対意見を食らっていただろうな、と僕は思う。彼等は目立ちたがり屋だし、お化け屋敷は特定の誰かが目立つことは難しいからだ。だから、そういう意味では、ぼくは真白さんの意見に賛成だった。立ち回りの仕方によっては楽ができるからだ。そして、今この教室には僕と同じような考えをもつ者が大半だった。よって、出し物はお化け屋敷に決まった。
「問題は準備だよね」
「セットとか衣装とかメイクとか考えないと」
話が次の段階に進んだ時に、「それなら大丈夫」と真白さんが言った。
「去年、城くんが経験してるし、何と言っても、美術部だからね」
油断していた僕は「え?」とらしくもない大きな声を上げた。それも仕方がないことで、この会議で僕は地蔵と化していたし、地蔵は地蔵に話が振られるなど考えてもいないからだ。
「それなら安心だ」という空気が流れたところで、会議は終わった。初めての会議で出し物が決まり、流れまで決まったのは多くのクラスメイトにとっては幸運なことだった。その中に僕は含まれていないけれど。
「茅原くん」と声をかけられて、振り向くと園田さんがいた。
「お化け屋敷の準備の話だけれど、相談させてくれる?」
僕は「ああ、うん」と曖昧な返事をした。相談したいと言われても、僕は去年の文化祭で何をしたのかさえ曖昧だったのだ。こんなに頼りにならない相談役はいないだろうと思いながら、話を聞いた。園田さんの話は要点がまとめられており、分かりやすく、この人に任せておけばどうとでもなるだろうと思うほどの安心材料となった。対照的に、僕の返事は以下の通りだった。
「確か、そう、前は、準備室、いや、化学室を借りたんだ。遮光カーテンを閉め切って、何かで一室を区切って迷路みたいにした。何だったかな。いや、段ボールじゃない。そこまで面倒なことは、してなかった。ああ、思い出した。天井から黒いカーテンを吊るして細い道を作った。カーテンの合間に人が隠れたりできるよう工夫した。CDで音楽を鳴らして、え? ああ、スマホでもいいと思うよ。道具は、美術室にあったような、なかったような……捨ててはいないはず、多分ね」
歯切れの悪いことこの上ない。朧げな記憶を頼りに絞り出した言葉たちが連なっている。園田さんは辛抱強く聞いてくれた。その後、彼女は数名の女子と職員室へ向かった。そして15分ほどで戻ってきて、大抵のものは残っているが、血塗れのセットや怪物のお面など、おどろおどろしい物は処分されていることを話した。
「じゃあ、作ろう!」
真白さんが言った。僕は「いや」と反論する。
「買えばいいんじゃないかな」
「買う?」
「予算はあるし、クオリティも全然……」
言い終わる前に、園田さんは首を横に振った。
「予算は去年の半分しかないの。世知辛い世の中だよね」
というわけで、諸々の工作が必要になった。そして、その工作を誰がメインで進めていくか、という問題は、
「美術部員がいるから安心だね」
という真白さんの言葉で決着がついた。僕はできるだけ声の調子を下げないように気を付けながら「やっぱりそうなる?」と呟いた。
その後の会議で、現場を指揮する係、構成を考える係、買い出しを行う係、現場を作る係など細かく人が割り振られていく中で、僕は問答無用で工作係にされた。おそらく、一番時間がかかり、面倒な仕事を押し付けられる場所だ。文化祭の準備及び本番をほとんど寝て過ごすという僕の恒例行事は高校二年生で潰えた。




