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第13話

 迷った挙句、僕はその場に腰を下ろした。レモン柄のカーペットの上に。真白さんは「そこでいいの?」と困惑した笑みを浮かべながら、デフォルメされた可愛らしい熊の顔が面一杯に描かれた座布団を棚から取り出した。僕は有難くそれを受け取る。真白さんはベッドの上に座った。スカイブルーのシーツと布団が敷かれたその上に。

 外からは蝉の合唱が喧しく聞こえ、エアコンが一生懸命部屋の温度を下げていた。しかし、我ながら思う。自宅から真白さんの家に到着するまでの間も蝉は鳴いていた筈だし、温度の変化も何度もあった。けれど、悔しいかな、僕はそれに気付かなかった。というより、気にする余裕がなかった。察するに、僕はずっと、この一連の状況に


「緊張してる?」


 真白さんはおかしそうに笑いを含んだ声で言った。僕は「ふふん」と言葉にならない声を上げてから、


「エスパーかな?」


 と返した。真白さんは笑い出し、浮かせた脚をバタバタさせた。


「エスパーじゃなくても誰でも分かるよ。落ち着かない様子だもの」

「まぁね。でも、これには事情があるんだ」

「へぇ? どんな?」

「人の家にお邪魔するのは久しぶりだし、それが女子の部屋となると初めてになる。何が正解で何が間違っているのか何一つ分からない」


 真白さんは「あはは」と笑いながら「考えすぎだよ」と言った。何が理由か分からないけれど、不思議と彼女は嬉しそうだった。僕は「まぁね」とだけ答えた。そのタイミングで部屋の戸がノックされ、真白さんのお母さんがおやつと紙パックのジュースとガラスのコップを持って現れた。真白さんはきちんとお礼を言い、僕は小さな声で礼を言って会釈した。お母さんは持ってきたもの一式を何故か忙しなく折り畳みテーブルの上に置いてーーきっと忙しいのだろうーー、部屋を出ていく直前、真白さんへ声をかけた。


「真白、お母さんもお父さんも今から買い物に出かけて……そうね、二時間ぐらいは出かけるから、何か必要なものがあったら連絡しなさい」


 真白さんが「はーい」と返事をすると、扉は音もなく閉められた。僕は、夫婦で買い物へ出かけるとは仲がいいな、と思った。それとも、それは普通のことなのだろうか? どちらにしても、僕の家では考えられないことだ。

 真白さんが「さぁさ、遠慮しないで」と言って、コップにジュースを注いで、スナック菓子の袋を開けてくれた。僕は礼を言ってオレンジジュースを一口飲んだ。


「いい家族だね」


 僕が言うと、真白さんは「でしょ」と即答した。両親のことを褒められてそれを素直に受け止められる、思春期真っ只中の高校生としては珍しいな、と僕は思う。けれど、この目の前の女の子には、それが当然のようだった。


「城くんのおうちは? お父さんもお母さんもあんな感じ?」


 奇妙な質問だ。僕はどう答えようかと考え、コップに唇を触れてジュースを飲むふりをした。けれど、そのおかげで変な間ができてしまい、そのおかげで真白さんは「あ」と、口には出してはいないけれど明らかに「やらかした」という表情を浮かべた。


「……ごめん」


 真白さんは暗い顔で呟いた。何か分からないけれど、触れてはいけないことに触れてしまったというニュアンスが込められた謝罪だった。僕は慌ててコップを机に置いた。


「なんの問題もない質問だよ。ただ、どう答えようか迷っただけで」

「本当に?」

「本当。ついでに、真白さんの質問に答えると、あんな感じでは、ないね。僕の両親は、他人に関心をもたない」


 僕は何気なくそう言った。ただ、何気ないこの言葉は、実は僕にとっては結構な問題で、それを隠そうとしていることも、彼女はなんとなく気付いているようだった。けれど、真白さんはそれには触れず、そっと離れた。巧みに笑顔と話術で話題を逸らし、後になって思い返さなければ気が付かないほど、自然に空気を変えた。

 話は二学期からの高校生活に移った。どの学校でも同じように、僕達が通う高校でも二学期は様々なイベントが行われる。真白さんはそれが楽しみで仕方がないといった様子だった。


「文化祭、体育祭、修学旅行、楽しみだね」

「楽しみ? ああ、うん、そうかもね」

「まずは文化祭だよね。9月の二週目にあるから、夏休みの間から準備するんだよね」

「そうだったね」

「来週、クラスで集まって会議するんだよね。出し物は何に決まるんだろう?」

「会議? 来週?」


 完全に忘れていた、という反応を僕が見せると、真白さんは僕の方をじろりと見て、「完全に忘れていたでしょ」と言った。やはり、彼女は人の心が読めるようだ。それはともかく、僕が何故忘れていたのかと言うと、興味がなかったからだ。


「その会議は強制ではないよね」


 僕が尋ねると、真白さんは「うん」と頷いて、直ぐに僕の考えを読み、「まさか」という表情を浮かべて、ベットから飛び降り、折り畳み机から身を乗り出すようにして僕へ接近した。


「来ないつもり? 駄目だよ!」

「駄目なの?」

「駄目、来てよ。一緒に何するか考えようよ!」


 そこまで大きなリアクションを示されるとは思わなかったから、僕は驚いた。そして若干身を引き、視界いっぱいに写る真白さんから少し離れようとするも、僕が下がった分彼女は近付いたので、距離は変わらなかった。


「僕は会議に参加したところで一言も喋らないよ」

「うん」

「うんって言われるとは思わなかったな」

「うん、でも、わたしは、来てほしい」


 彼女の輝く瞳を見ていると「わかった行くよ」と言う他なかった。そもそも、会議の不参加の理由も、ただ面倒というだけの話だから、真白さんがどこまで本心で頼み込んでいるのかは分からなくとも、そこまで言われてしまえば、断る理由はなかった。僕が参加を決定すると、真白さんは思った通りの表情を見せた。太陽のように眩しい笑顔だ。


「ちなみにさ、去年は何をしたの?」


 僕との距離を戻した真白さんが尋ねた。僕は考え、深く記憶をたどり、腕を組んで過去を遡った。その途中で、真白さんが口を挟んだ。


「ちょっと待って、そんなに難しい質問だった?」

「中々難しい質問だよ」

「嘘でしょ? 去年も参加してたでしょ?」

「してたけど……ああ、思い出した。お化け屋敷だ」

「お化け屋敷! 本にもあったよ、いいね!」


 真白さんは手を合わせて表情を輝かせた。


「城くんはお化け役をしていたの?」

「確か、そうだね。お面を被って、ずっと座ってた」

「あはは、驚かせようよ」

「いや、意外と座ってるだけの方が効果があったよ。全てのお化け役の中で一番驚かれてた。僕は幽霊に向いているらしい」

「初めて自慢話が聞けると思ったら、そんなこと」


 それから会話が別の話題に移っても、真白さんは思い出す度にクラス会議の話を持ち出してきて、僕へさぼらないように念を押した。それは夕方になるまで続き、ご両親が帰ってきても続き、僕が自宅に帰った後もSNS上で続いた。

 それだけ言われ続けてしまえば忘れることもできず、カレンダーにメモをするまでもなく会議の日を記憶してしまい、結局、僕はその日、暇を享受することもなく高校へ向かった。8月20日、もう直ぐに夏休みも終わりを迎える。



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