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第12話

 僕の住む町の隣町に真白さんは住んでいた。市営バスで10分ほど。バス停からは真白さんが案内してくれる手筈だ。

 自宅からバス停まで向かう時間と、バスに乗車している間の時間で、僕は真白さんとSNSを通じて何度かやり取りをした。僕は、文章のみでやり取りを行わざるを得ないこのSNSという奴が苦手だ。相手の表情も声音も伝わらない、また伝えられない。ただでさえ苦手なコミュニケーションに、何が悲しくて縛りを入れる必要があるのか。だから、SNSでのやり取りは最低限しか行わない。その少ないやり取りの中で、彼女がどういう経緯で僕を自宅に招待したのか分かった。真白さんのご両親が、偶には友達でも家に連れてきたらどうか、と提案したのだそうだ。

 真白さんの広い交友関係の中で僕が選ばれた理由は知らない。ただ、予測はできる。それは僕が夏休み中、基本的に暇だといううことと、身なりがーー良く言えばーー落ち着いているという点だろう。自慢ではないけれど、僕は僕を知るクラスメイトの親御さんからは高い評価を得ている。真面目そうだからだそうだ。本人としては、ただ他に生き方が見つからないだけなのだけれど。

 バスが速度を下げて停留所に近付くと、既に真白さんの姿はあった。バスの窓際に座る僕を見つけた瞬間、バス停の長椅子から立ち上がり、嬉しそうに手を振った。僕がバスから下りると、直ぐに出迎えてくれた。


「待ってたよー! ごめんね、突然呼んだりしてさ!」


 随分と大きい声だった。僕は困惑しながら「いいよ」と言うに留まった。同じくこのバス停に下りた人々の何人かは、僕達二人の様子を見ておかしそうに笑っていた。相変わらず、僕にはなにが面白いのか見当も付かない。


「それじゃ、お城に案内しますよ!」


 真白さんは張り切って歩き出した。僕はその後ろについて歩く。

 当然だけれど、真白さんはいつもの制服でなく私服を着ていた。レモン色のシャツと、すね辺りまで裾のあるジーパン。装飾品は付けていない。けれど、それで充分だろう。彼女と歩いていると、道中、特に男性からの視線を日常の3倍ほど多く感じた。彼女の容姿の良さを再確認せざるを得ない。後ろに歩く僕の身にもなってほしい。


「今日は予定はなかった?」


 真白さんが尋ねた。僕は「ないね」と即答した。喫茶店のアルバイトは暫く休みだし、美術部の活動はとっくに終わらせていた。


「真白さんは? 部活は?」

「え、ちょっと待って」


 真白さんは立ち止まり、僕の方を振り返った。驚き半分、笑い半分といった表情だった。


「わたし、部活入ってないよ!」

「あれ? そうだっけ」

「そうだよ! 酷いよ城くん。もうちょっとわたしに興味もってよ」

「それは……失礼しました」


 彼女は笑ってまた歩き出した。しかし、彼女が部活に入っていないのは意外だった。奇妙な言い方になるけれど、彼女のような人は、部活で青春ライフをエンジョイするのが当然だ、と僕の中の偏見が決めつけていた。思えば、彼女が何の部活に入ったのかという結論を耳にしたことはなかった。

 僕は多少の罪悪感を紛らわせるために、手土産の存在を思い出した。


「もなか食べられる?」

「え?」

「もなか」

「もなか?」

「そう。何も持たずにお邪魔するのは悪いと思って、持ってきた」


 僕は右手の紙袋を示した。真白さんはお腹を抱えて笑い始めた。僕は困り果て、何がおかしいのだろうと首を傾げた。


「だ、だって、急になにを言うんだろうと思って……!」

「まぁ、急に思い出したからね」

「そ、そっか。うん。ありがとう。好きだよ」


 そんなこんなで僕達は真白さんの家に到着した。綺麗な家だった。新築なのだろう。壁は塗りたてのように白く、瓦屋根は赤茶色で太陽の光を受けて輝き、家の前の庭は芝生が植えられて手入れされていた。車庫には磨かれた青い外車が止められており、僕はまぁ予想通り、彼女は良いところのお嬢さんなのだなと納得した。

 僕が家に近付くと、庭の犬小屋からのっそりと茶色の中型犬が顔を出した。柴犬だ。きちんと躾けられているようで吠えはしないが、用心深く僕の様子を伺っている。真白さんは犬のもとへ歩き、「ふーた!」と名前を呼びながら盛大に頭を撫でまわした。柴犬は良いように顔を歪められても抵抗はせず、真白さんの好きなようにされていた。


「城くんもおいでよ。ふーたをよしよししてあげて」

「噛まない?」

「多分ね」

「多分か」

「嘘だよ。この子、大人しいから噛まないよ」


 確かに、僕が近付いても柴犬は反応しなかった。そっと頭をなでても、「なんですか?」というふうに僕の顔を見上げるだけで、拒絶する素振りは見せなかった。


「ね? いい子でしょ」

「いい子だね。翼の家の犬とは大違いだ」

「へぇ、川野くん家も犬がいるんだ」

「いるよ。昔、酷い目にあわされた」

「あはは、そうなんだ。またその話聞かせて」


 真白さんはふーたのもとを離れ、家の玄関の扉を開けた。「さぁ、どうぞ」と促され、僕は「お邪魔します」と遠慮がちな挨拶をかけてから家に入った。玄関で靴を脱いでいると、「君かぁ」と低い声が聞こえた。見ると、真白さんのお父さんと思われる人が、僕を見てニヤニヤしていた。頑丈そうな身体をした、スポーツマンタイプの人だ。


「うちの娘がお世話になってます。真白の父です」


 真白さんのお父さんは半笑いでお辞儀をした。僕は「いえいえ、こちらこそ」と頭を下げた。


「いい男じゃないか、真白。ちょっと安心したよ。変な奴を連れて来られたらどうしようかと思ってた」

「でしょ。最高の友達なの」

「へぇ? 《《まだ》》友達なのか」

「あはは、怒るよ?」


 真白さんはお父さんにチョップをした。お父さんはそれを受けてオーバーリアクションをしていた。娘とは随分と雰囲気の違う父親だなと僕は思いながら、彼に手土産のもなかを渡した。彼はそれにも大げさなリアクションで喜んだ。

 リビングに入ると、キッチンで真白さんのお母さんが家事をしていた。彼女は僕達を発見すると嬉しそうに飛び上がった。


「あらららら、初めまして。真白の母です」


 「初めまして」と僕は返しながら、武器であるもなかをお父さんの方に渡してしまったことを後悔した。話題が見付からなかったからだ。口ごもる僕を見て、真白さんのお母さんは、


「いい子そうじゃないの、真白。実はちょっと心配してたのよ。やんちゃな子が来たらどうしようかと思って」


 と、どこかで聞いた内容の話をした。真白さんは「あはは」と笑って、「学校で一番安心できる人だよ」と返した。当の本人である僕は、持ち前の人見知りを発揮して真白さんの背後霊と化し、ただそこで固まっているだけの存在となった。


「じゃあ、お母さん、わたしは城くんとわたしの部屋にいるから、後でおやつとか飲み物とか持ってきてくれる?」

「はいはい、いいですよ。城くんは嫌いな物とかあるかしら?」

「いいえ、特にないです」


 背後霊の僕はか細い声を上げて、ほとんど引っ張られるように真白さんに連れられて、彼女の部屋へお邪魔した。

 女の子らしい部屋だった。レモンやスカイブルーを色彩の基調とした整頓された部屋で、机と、椅子と、本棚と、ベットがあった。ハンガーラックには高校の制服がかけられており、今更ながら、今ここにいる彼女と高校の教室にいる彼女が同一人物であるという事実が繋がった。


「女子の部屋って感じだね」


 僕が呟くと、真白さんは「あはは」と笑って、


「そう、実はわたし女の子なの。城くんは知らなかった?」


 と続けた。僕も笑顔を浮かべた。そして、男子高校生は友人の女子高生の部屋にいる時どの場所に座るべきかという難題を解き明かそうと頭を必死に働かせた。



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