畏れながらも、奴隷でございます 8
「さて、どこに行きましょうか」
大通りを抜けて小路に入ったところで、サラ様が振り返る。背が高く足が長いうえ、歩くのが早い主人。追いかけるのは多少骨が折れる。
「どこか行くところがあるのでは?」
「ありませんよ」
バッサリと、さらに言えばあっさりと切り捨てられてしまう。
「装飾品でも見繕いますか?それなら私よりもライヤの方が適任ですね。休憩がてら、コーヒーでも飲みましょうか」
一人で何やら決めてしまった主人に引きずられて、小さな店に連れ込まれる。人も多く、だいぶ賑やかな様子だった。
「休憩には不向きかもしれませんが、味がいいと評判らしいですよ」
小さなカップが二つ、テーブルに置かれる。隣には大量のお菓子。はちみつやバター、加えてナッツをふんだんに使っている、小さくて可愛らしいものが所狭しと皿に乗せられている。
「お菓子は嫌いでしたか?」
「いえ、いただきます」
早起きしたわけでもないのに、少し眠いような気がする。それを誤魔化して、お菓子を口に運ぶ。緑色のナッツが皮に包まれている。
「それはバクラワ。こっちはブルグル、それからマアムールに、これはクナーファ」
味と名前を覚えるより早く、あれこれと口に入れられる。最後のクナーファが熱かった以外、良く味が分からない。
「美味しいですか?」
「はい。美味しいです」
芳醇なチーズの香りが鼻を抜ける。満足そうに微笑んだサラ様は、カップのコーヒーを一気に飲み干した。真似して口をつけるとひどく苦い。顔に出ていたのだろう、サラ様が笑った。
「苦いなら無理に飲む必要はありませんよ。紅茶に変えてもらいましょうか?」
「いえ、いただきます」
せっかくの機会だ、恐る恐る口を付けた熱いコーヒーは、なんだか不思議な味がする。
「コーヒーを飲んだことは?」
首を振るあやめ。
「私の祖国、イバにもコーヒーはあります。ただ、個人的に飲まなかっただけです」
「なるほど。ここ、ラビヤのコーヒーはイバや他の地域のコーヒーとはだいぶ違うと聞きますから、比べてみたかったのですが」
「お役に立てず、申し訳ありません」
首を竦めて、サラ様がまたもやコーヒーを飲み干す。ここではカップが空になると、ほぼ自動的に――もちろん、人力だが――コーヒーのお代わりが注がれるらしい。
真似してコーヒーを飲み干す。苦くて顔を顰めるあやめに、サラ様がイチジクを差し出した。
喫茶店を出て、大通りに戻る。書店や服屋を覗いたり、イチジクや肉の屋台で買い食いをしたりするうちに、あたりが暗くなってくる。そろそろ眠いのだろうか、見える景色がぼんやりとしてきた。
「そろそろ帰りますか?」
返事をして、足を踏み出す。ふわりと体が浮いたような気がした直後、目の前が真っ暗になった。