畏れながらも、奴隷でございます 6
のんびりとした昼下がり。サラ様は会合に呼び出されたとかで、部屋にはあやめ一人が取り残されていた。新しく手に入った本の写本作業を進めていたところ、目の前に大きな影が差した。
「あやめ。少し、いいですか?」
「どうしましたか?ジアさん」
顔を上げた先、黒い影が口を開く。差し出されたインク瓶は確か、ジアさんが写本に用いたものだった。
「これと、そちらの違い、あやめはどうやって分かったのですか」
「あぁ⋯舐めればわかりますよ」
指先をつけて、それを舐める。相変わらず、質の悪い墨の味がする。
「分かるというか、これは質の悪い墨の味がしました。見た目も粗悪とまでは言いませんが、上質と呼ぶには程遠い、そういう墨です」
「墨にも品質がある、と?」
「その通りです」
あやめは頷く。文字が消えたのにはもう少し理由があるが、今は関係ないだろう。この程度の説明で十分だといいのだが。一方、あやめの言葉を受けて、ジアさんは何やら考え込んでいる様子である。
「詳しく聞かせてもらえますか?」
会合から戻ったらしいサラ様が、あやめの背中から手元を覗き込む。何やら紙の束を抱えて、服には香を焚き染めているらしい。
「こちらの墨は粗悪品だった、ということですか?」
「粗悪品とは言えないかと。祖国のイバでは、質の悪い墨に分類されます。書くことは可能ですが、長期保存には向きません。また、書き味もやや良くないかと。ジアさん、これ使ってて書き辛くなかったですか?」
首を振るジアさんに、ため息を吐くサラ様。
「インクを国内で作ることはほぼ不可能です。紙も同じく。基本的には隣国から民間で流入したものを買い上げています。ただ、業者は買ったものを混ぜるところもあればそのまま売るところもある。中身を入れ替えて売る者もあり、一定の品質を担保する入手経路の獲得が困難なのです」
「そういえば、スーリーは鎖国状態なんでしたっけ」
「えぇ、その通りです。国外のものを手に入れるのは、公式には不可能です。ですのでサラ様は、民間から秘密裏に、諸々の必需品を購入されているのです」
良い伝手はないか、と思いを巡らせるものの、心当たりは皆無だった。残念なことに、役に立てそうもない。
「使う前に、あやめに検分させましょう。明日の午後、買い物に付き合ってください」
「承知いたしました」
かくして、およそ一か月ぶりに建物の外に出ることが決定した。