畏れながらも、奴隷でございます 5
「てめぇのせいだ!おかげで明日からの酒代がチャラじゃねぇか!!どう責任取るってんだ!!」
酷い訛りで、ガンガン耳に響く声で怒鳴りつけられる。ぐらぐら揺さぶられるあやめに、助けを求める余裕などない。何とか髭男から逃れると、サラ様のため息が聞こえた。
「随分な言いがかりですね。写本が消えたのは司書の管理能力の欠如が原因では?」
サラ様の指摘に髭男はさらに顔を赤くする。怒りはとうに頂点を超えているらしい。毛むくじゃらの手が首にかかる前、一歩身を引いて距離を取る。まるで獣だ。厄介なことに、手負いの獣である。面倒なことだ。
「女は女らしく、大人しく家に籠もってやがれ」
「何だと?」
唸るような声がそれに答える。聞こえないのか、髭男は続けた。
「女のくせに出しゃばりやがって。お前、女の格好した男なのか?それはそれで笑いものだがな」
下卑た嗤いを浴びせかけられる。内臓が煮えくり返るような感情に、拳を握り締め、髭男を睨みつける。
「お前、何者だ?女装して勤めに出るなんて、変わってるな。それとも娼婦か?母ちゃんが病気であんちゃんもデクノボウで『あんちゃんの代わりにお仕事させてください~』ってか?なぁ?」
一歩大きく踏み出すと、髭男が動きを止める。まっすぐに見返せば、顔が少しずつ青白くなっていく。呑まれそうな殺気を背中から感じる。怒っているのはどうやら、あやめだけではないらしい。その事実に、少し安心した。
「恐れながらも、奴隷でございます」
慇懃に頭を下げるあやめ。毅然とした態度を崩さないまま、はっきりと口にする。男はとうとう、口を閉ざした。
背後でサラ様が楽しそうに笑う声がした。ジアさんが刀を鞘に納める音がする。いつの間にかやって来ていた司書が丁重に詫び、彼を引きずって部屋を出て行き、ジアさんがそれを追って部屋を出て行く。
「随分と奴隷らしからぬ態度でしたね」
「申し訳ございません。やりすぎました」
何事もなかったように紅茶のカップを差し出したサラ様が、おかしそうに笑う。
「怒ってなどいませんよ。こんなにも良い拾い物をしたとは、私も幸運でした」
白魚の手とは、こういう手を指すのだろうか。白い指先が、あやめの右頬に伸びる。長い髪をかき上げて、サラ様の左手があやめの右耳をあらわにする。そのままそこに鎮座する、真っ赤なピアスに触れた。
「このピアスは私の所有物である証。あなたがこれを身に着けているのは、随分と気分がいいものです」
赤い石に赤い房飾り。
「これからも期待していますよ。私の奴隷として、存分な働きを見せなさい」
「――もちろんでございます。サラ様の奴隷として、最善を尽くします」
最敬礼で答える。
奴隷にとって、主人は絶対。行き場のないあやめに、これの他に生きる術など残されていなかった。