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畏れながらも、奴隷でございます  作者: 無花果あやめ
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畏れながらも、奴隷でございます 2

遡ること十日ほど前のこと。夜中に怒鳴り込んできた髭面の男は、用件も言わず、部屋の主人に掴みかかった。


「お前、何てことしてくれやがったんだ!!」


湯浴みを済ませ、髪を拭き終え、ゆったりと書を楽しんでいた主人は、泥と汗と血の香りのする、脂ぎった両手に揺さぶられ、文字通り目を白黒させた。

突然の出来事に硬直するあやめが気を取り直すより早く、部屋に大男が飛び込んでくる。あやめより頭二つ分大きな彼が、主人に怒鳴り散らす無法者を引き剥がした。


「お前のせいだ!お前のせいで、こんなことになったんだ!!」


大男に羽交い締めにされた髭男は、手足をバタつかせながら喚き散らす。密かにため息を吐き、綿の布で主人の頬を拭う。夜分に大声とは。


「ジア、そろそろ」


大男が静かに頷き、そっと手を緩める。同時に太い縄を取り出して、髭男を縛り上げた。床に膝をつかされた髭男に、主人が声をかけた。


「して、何用でしょうか」

「お前がやったんだ!さっさと白状しろ!!」


主人の手を拭いながら、全く話を聞かない髭男の方に、ちらりと目を向ける。廊下の床も部屋の絨毯も泥で汚れている。掃除のやり直しだ。

綿の布を取り下げて、着替えを差し出す。小さく首を振った主人に頭を下げ、布と一緒に部屋の奥に下がった。




砂漠の夜は寒い。羊の乳を温めて、蜂蜜とシナモンの瓶と一緒に盆に乗せる。部屋に持っていくと、主人がこちらを振り返った。


「あやめ、あなたに用事があるそうですよ」


主人の前にカップを置くと、声をかけられる。驚いて顔を上げると、さらりと黒い髪が揺れた。


「改めて、お話しいただけますか?」

「あぁ、何度でも言ってやるさ。お前らが写した本が全部、真っ白に消えてるんだよ。お前らが消したに違いない」


盆を抱えて、まじまじと髭男を見る。少し赤い顔、白が混じった黒い髭。髪はなく、剃り損じた傷がいくつか。服は白い麻の作業着だろうか、やや薄汚れている。背中で腕を、つかされた膝の向こうで足首を縛られているのだろう、少し窮屈そうだった。


(どういうことだ…?)


写本は日々資料として、主人が使っているはずだ。それが真っ白になっている様子はないし、仮にそうであったとしても、主人がまっさらに消してしまうなどあり得ない。同時に、そもそも書いた本が白くなるなど、あり得ないことなのだ。


「——と、いうことだそうですが。あやめ、心当たりは?」

「畏れながら、全く覚えがございません」

「でしょうね」


膝をつき、頭を下げるあやめ。首を振った主人の、絹のような髪が揺れる。


「このように申しております。こちらに覚えはない、そちらの勘違いでは?」

「バカにするな!俺はちゃんと見たんだ!全部真っ白で、大事なものなのに!!」


そんなことは百も承知だ。というかそもそも、貴重な資料だからこそ写本を作成したのだ。ちなみにそれを進言したのはあやめ自身である。



「サラ様、一言申し上げてもよろしいでしょうか」

「どうしましたか?ジア」


後ろに控えていた大男——ジアさんが口を開く。もともと低い声がさらに低く聞こえる。どうやら相当ご立腹らしい。


「写本を提案したのはあやめ、それを承諾したのは我らが主人。貴重な資料の管理もできない身分で、我らを愚弄するのはやめていただきたい」


砂に潜りそうなくらい低い声が部屋に響く。赤ら顔の髭男は顔を真っ青にしている。殺されるとでも思っているのだろう、彼の言葉にはそれだけの迫力がある。


「もしも我らに意見したいとのことであれば、消えた写本とやらを持って、改めて正式に、お訪ねいただこう」


歯軋りが聞こえそうな唸り声の後、ひょいと、まるで荷物か何かのように髭男を持ち上げると、部屋から出て行ってしまう。


「あやめ、掃除を頼みます」

「かしこまりました」


読みかけの書を取り上げて、主人はゆったりと椅子に腰掛ける。一旦その場を辞し、濡らした布で床と絨毯、扉と壁もきれいに磨き上げた。

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