畏れながらも、奴隷でございます 18
(あれだな)
遠く砂漠の彼方に、何やら黒い影が見える。徐々に大きくなったそれは、どうやら車のようだ。ある程度の距離を保ち、双方が歩みを止める。向こうから人が降りてきて、こちらと対面した。見覚えのあるその人影は、頻繁にウルドから現れる、人質を引き取る役目の男だった。前に見たのは一月半ほど前だったか。そのときはまだ、あやめは手元に置いてなかった。
「あれがウルドの、人質を引き取る男だ。今後も顔を合わせることになるだろう。暗いが顔や背格好、匂いや声、言葉使い。何でもいい、覚えておけ」
ジャリ、と音を立てて、あやめが頷く。真っ直ぐにその人影を見つめて、瞬きを繰り返した。
「行くぞ」
あやめを引き連れ、ターリャと人質のハナ嬢を伴い、国境に足を向ける。境界線には小さく花が咲いている。砂漠に咲く、稀有な花である。国境を挟んで向かい合い、ターリャに戻るよう指示する。あやめの鎖を離し、地面に落とす。小さく砂埃が舞い上がった。
「これが件の人質、出身はイバ。詳細はこれに」
懐から書状を取り出し、彼に手渡す。中を改めてから、はっきりと頷いた。
「確かに。イバからの人質、承りました。体調等の覚書も感謝します」
「あぁ、伝えておく」
ハナ嬢に目を向けると、不安げに見上げてくる。促すと、戸惑ったような視線が返された。
「どうぞ」
促して見せても、彼女は動揺している。言葉が通じないのは、随分と厄介なことだ。あやめを振り返るより早く、彼女が動いた。何やら話しかけ、ウルド側へと手を差し伸べる。帰れと、そう示しているのだろうか。国境をハナ嬢が跨ぐ。途端、あやめの鎖を握り取り、強く引いた。