表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
畏れながらも、奴隷でございます  作者: 無花果あやめ
15/20

畏れながらも、奴隷でございます 15

「ハナ⋯――?」


扉が開かれ、患者がこちらを振り返る。その瞳が僅かに見開かれたのを、サラは見逃さなかった。その唇が動くより早く、あやめが何やら叫び、そちらへ駆け寄った。興奮した様子で、何やら言葉を言い交わしている。ハナ、という言葉が聞こえる。患者の名前だろうか。

落ち着いたところで、ターリャが歩み寄る。その背中に、そっと一歩近づいた。


「知り合いかい?」

「はい。ハナ――私の姉です」


どうやら身内であるらしい。それならば、話が早い。


「具合が悪い部分、痛みはないかい?」


ターリャの言葉をあやめがハナ嬢に伝え、ハナ嬢の言葉を聞く。それをターリャに、ラビヤ語で伝えなおす。


「痛みや不快感はないそうです。また、食欲がないのではなく、味や水が合わないのだろう、とのことです」


ターリャが何やら手元に書き留める。あやめとは似ても似つかない、黒い髪に黒い瞳、青白い肌。対するあやめは明るい色の髪に薄い色の瞳、少し焼けた肌。似ても似つかないが、どこか見覚えがあるような顔立ちをしている。


「個人的に、ですが。昔から体が弱いので、環境の変化に対応しきれず、具合が悪くなったのかと」

「なるほど。ところで、返す先はイバでいいのかい?」


ターリャの質問に、あやめがまた何やら話をする。


「はい。イバに返してもらえれば大丈夫です。母たちがいるので、国外に出た時点で、彼女から連絡を取るそうです」

「では、次の満月の夜、ウルドへ出す。よろしいですね?」


サラが口を挟むと、再び通訳が始まる。良い拾い物をしたと、我ながら思う。これは、手放す訳にはいかない。


「はい。大丈夫です。よろしくお願いします」


あやめの隣で、ハナ嬢が頭を下げる。ターリャと何やら相談した後で、あやめがハナ嬢を寝かしつける。眠ったのを見届けてからターリャに彼女を託し、あやめと連れ立って部屋を後にした。



「知り合いだとは思わなかった」

「私も、まさか身内だとは思いませんでした」


月を浴びて、あやめが苦笑する。すっかり夜になってしまった皇居は、風に揺れる木の葉の音さえもしないほど、静まり返っている。

部屋に戻りながら、中庭を回る。イチジクの木の枝が、小さく風に揺れた。


「我ながら、良い拾い物をした」

「そう仰っていただけて、何よりです」


小さな右手が、その耳に刺さったピアスに触れる。それを着けてから、随分と時間が経っている。だいぶ慣れてきた頃だろうか。


「あやめ」


小さく呼べば、返事が聞こえる。立ち止まって振り返り、その頬に手を伸ばす。指先が頬を掠め、髪を退けて、耳を月明かりに晒す。青白い光に照らされて、真っ赤なピアスが毒々しく光った。


「このピアスは俺の所有物である証。お前がこれを身に着けているのは、随分と気分がいい」


赤い石に赤い房飾り。


「これからも期待している。俺の奴隷として、存分な働きを見せてくれ」

「――もちろんでございます。サラ様の奴隷として、最善を尽くします」


最敬礼で答えるあやめ。


奴隷にとって、主人は絶対。行き場のないあやめに、これの他に生きる術など残されていない。縛り付けるのは本意ではないが、貴重な人材を他人に取られるくらいなら、こうして閉じ込めてしまうのが一番だろう。



「このピアスは、誰にも見せないように。ジアも、ライヤも、ターリャにも見せるな。いいか?」

「畏まりました。誰にも、見せません」


従順なあやめは、命じたことに背くことはない。


「誰に触れさせてもいけない。朝起きて身に付けるときは、俺の元に持ってくるように。夜寝る前、俺の前で外すように。いいな?」

「畏まりました」


恭しくお辞儀をするあやめ。聞こえる左耳を塞ぎ、顔を寄せる。硬直するのに苦笑しながら、額を突き合わせる。こうして見た目さえも武器にして、これを手元に置き続けようとするのは、随分と馬鹿げていると、自分でも思う。


「わかったな?」

「っ――わかり、ました」

「いい子だ」


そっと親指で、左目の目元をなぞる。耳の裏の窪みを、頬骨を、眉に残った、小さな傷跡に。首の大きな傷跡に指先を這わせると、擽ったそうに身を捩った。弾みでピアスが左手に触れる。それを手で弄び、髪で元通り隠した。


「誰に見せても、触れさせてもいけない。これを持つ限り、お前は俺のものだ。これはその証だ」

「⋯はい」


頷いたのを確かめて、身を引く。これ以上は、たとえ皇居内でなくとも、色々と問題になりそうな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ