畏れながらも、奴隷でございます 11
「本当に、申し訳ありませんでした!!」
目の前で、あやめが頭を下げている。膝をついて床に座り込み、額を床に打ち付けそうな勢いである。
「あやめちゃんは何も悪くないの。悪いのはサラ様なんだから、気にしなくていいの」
「ですが⋯」
「いいからほら、紅茶冷めちゃうでしょ?」
夜が明けるより早く、あやめの枕元で眠ってしまったらしいサラは、ジアに運び出されたのだとターリャから聞かされた。朝食の途中だというあやめの様子を見に食堂へ顔を覗かせた途端、この有様である。あやめは半泣きで謝り、ライヤがこちらを睨みながら彼女を宥めている。
「体調はどこも悪くないのか?」
「はい、全く問題ございません」
そう言っている割には、ふらふらとしている。ターリャによれば、あと数日は様子を見るべきらしい。
「こちらこそ、すまなかった。顔をよく、見せてくれないか?」
「ダメです」
伸ばした手は、ライヤに叩き落とされる。
「若い女の子に触ろうだなんて、何をするつもりですか」
「何もしない。様子を見るだけだ」
じっとりとした目に睨まれ退散する。
「とにかく、体調が戻ったなら問題ない。また、街に一緒に行ってくれるか?」
「もちろんです」
「なら、それでいい」
ライヤに追いやられて食堂を後にする。着替えを済ませ、朝の会合の後書斎に顔を出せば、写本に精を出すあやめの姿があった。
「体調は大丈夫ですか?」
不意にかけられた声に顔を跳ね上げる。振り返ると、肩口に黒い髪がさらりと揺れ、慌てて仰け反れば椅子ごと床に倒れそうになる。すんでのところで抱き留めてくれたサラ様は、困ったように苦笑した。
「驚かせてすみません。具合は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
未だにバクバクする心臓を抑えて、何とか答える。
「そんなに避けないでください。それとも、私が嫌いになりましたか?」
「いえ、そういうわけでは⋯」
奴隷の分際で主人を嫌うなんて、命知らずにもほどがあるだろう。むしろ随伴途中でぶっ倒れる奴隷を嫌う主人のほうが道理に適っていると思う。
「では、なぜそのように?」
「すみません、寝言を一つ言ってもいいですか?」
「どうぞ」
笑って促す彼に、聞き流してくれるように念を押す。顔がいい、と零せば、弾けるように笑われた。
「顔がいいから避ける、と?」
「こちらの心臓には死活問題なので、笑わないでいただけるとありがたいのですが」
泣きながら聞き返されて、頭を抱える。聞き流してくれると言ったのは嘘だったのだろうか。
「顔がいいと言われたのは初めてですね。そんなに気に入りましたか?」
「イバに来たら絶世の美男子として注目の的になること請け合いです。もっとも、私個人の意見ではありますが」
「それは面白い。いずれこの国を出られるようになれば、ぜひ行ってみたいものです」
涙を拭い、主人が笑う。そんなにも面白いことを言ったつもりはないのだが。
絹のように滑らかな髪は、黒く長く、まっすぐに伸びている。鼻先まで長く伸びた前髪を下ろしているのが殆どだが、昨日からは編んだり止めたりして視界を確保しているらしい。鼻筋はすらりとしているし、眉と目もくっきりとして、形もいい。瞳は黒く透き通り、薄く形の良い唇は色が薄く、それ以上に肌も白い。晒した額は傷一つなく、生え際は綺麗に整っている。いわゆる美形、あるいは好みの顔、というやつである。
「あやめが人の顔に興味があるとは思いませんでした」
随分な言い草である。覚えるのは不得手だが、興味がないわけではない。
「そんなに気に入ったなら、もっと近くで見てみますか?」
ずい、と身を乗り出す彼から後ずされば、一歩踏み出される。机を離れ、部屋の奥に逃げるうちに、とうとう角に追い込まれてしまった。あたふたするあやめをじっと見つめて、サラ様が手を伸ばす。綺麗な目だ、と場違いなことを思った瞬間、大きな音を立てて書斎の扉が明けられた。