新たな目標
その午後は勉強もしながら休み時間には学校内を見渡し、今日中に死んでしまう物を探し、壊れた後こっそり治すという動作を繰り返していた。
短すぎて削れなくなって折られた鉛筆をゴミ箱からこっそり拾い、治し、鉛筆立てに入れ、これまた短くなって粉々になったチョークをチョーク入れから出し、他の砕けたチョークと一緒に新品の長さまで治し、
体育の時間で、健一が割った窓ガラスも放課後治した。
「今日は久しぶりに楽しかった。明日香さんに会えて初めてこの力が必要だったってことに気付いたよ。この二人の力が合わされば、全て死んだものを元通りに戻し、新しい未来を与えられる。また一回分の捨てる作業がなくなるから環境にもいいし、最高の力だな」
「うん、でもこれ何回も使えないし、人前でやったら気味悪がって皆に嫌われちゃう。しかも、誰も知らない中でやると、昨日捨てたはずの鉛筆やチョークが翌朝新品の状態になったり、壊れたはずの窓が、業者も頼んでいないのに元通りになったりしたら、それこそ何も知らない人たちが見たら気味悪いと思うよ」
明日香は馬鹿な俺と違って、冷静で、次のことを考えている。
「じゃあどうする? 最小限に控えるしかないのか?」
「そう。本当に必要な時だけ使う。ただ、人とか動物は別。悟君が今日この人が死ぬとわかったら、その人の後ついて行って、死んだあとまた生き返らせる。でも、なるべく見られないようにね」
そんなこと言いながら家に帰ろうとした時、
「ぎゃあああ!」
後方から女性の叫び声が聞こえた。
振り返ると学校の向かい側の歩道の上で、左手の甲を抑えながら、跪く老婆がいた。
「おっと、さっそく仕事だ。」
沖屋和子。十一月四日、すなわち今日。午後四時四十五分、京都府京都市内の京都美術大学高等部の前に建つ斎藤嘉隆家の門前の歩道で、オオスズメバチに刺され、死去。
「何! どうしたの?」
明日香はいきなり走った俺の腕を取った。
「あの人、たぶん蜂に刺されて、死んじゃう」
「待って。なら尚更待って。もし、私達が行って救急車も呼ばないでそこで死ぬまで待っているのを見られたら? 私達を、犯人呼ばわりされかねないよ」
「じゃあ、どうする? こっそり、林の中へでも運ぶか?」
明日香はあきれ顔をして、
「馬鹿じゃないの? そんなことしたら逆に怪しまれるでしょ。今は救急車を呼んで一緒に乗ってって、死んでから助けるしか方法はないはずよ。ほら、ボーッとしないで、早く電話」
「は、はい」
俺は急いで、携帯を内ポケットから出し、一一九にかけた。二回ほどコールが鳴ったあと、若い女性の声がした。
「はい。こちら京都医学大学附属病院救急センターです。どうなさいましたか?」
「あ、あの……歩道にお婆さんが倒れてて、どうやら蜂に刺されたみたいで。早く来てください。場所は、京都美術大学高等部の東門前です」
俺は電話を切り、急いでそのお婆さんの元へ近寄り、話しかけた。
「大丈夫ですか? 今救急車呼びましたからね。すぐ来ますからね」
彼女はすごく苦しそうな顔をしていたが、無力な俺たちにはどうすることもできなかった。
「苦しそうだね。生きているうちに助けられなくてごめんなさい……」
明日香の左目から一筋の涙が零れ落ちた。