託す思い
「私がワールドです。久しぶりですね、柊明日香さん」
ワールドはこちらを見つめてニンマリと笑った。
「あなたは確か…河田忍さん」
「なんだ知ってんのか?」
「ええ。あれはまだ悟と出会ったばっかだったころ。一緒に新大阪駅の新幹線乗り場で死んじゃう人を探してた時に、丁度線路に飛び降りて死んでしまった人よ。後で私が復活させてあげたけどなぜか喜んでなかったのを覚えてるわ。理由を聞く前にもういなくなってたし。あなたが黒幕、これらすべてを仕組んでた張本人なの?」
「そうよ。私がすべて企てたこと。あなた達を殺すためにね」
「それにしても、よくそんな昔の事覚えてたな」
「それは二年前の熊谷さんが写した写真を思い出してね。不思議だと思ってたの。あれは私の一番幸せな写真なんかじゃなくて、ワールドとのかかわりを示した写真だったのね」
「そうです。私はあなたに出会った時からあなたならワールドを倒せると確信しましたので」
ファントムはワールドの後ろから拳銃を向けていた。
「あんたが私の計画を滅茶苦茶にした元凶だね。一体どういうことか説明してくれるかい?」
ワールドは視線を私からファントムにずらした。
「私は二年前、明日香さん達が私の店に来たとき、最初はあなた達全員の記憶を消そうと考えていました。でも海さん、それと明日香さんの記憶をたどっていくと、これだけ悲惨で苦悩な人生を送っているのにどうしてこのような誰もが夢見る大きな希望が持てるのか、どうしてワールド様は彼らを殺したいほど憎んでいるのかが分かりませんでした。
しかし明日香さんの記憶の中にあるワールド様と関わりを見つけた瞬間、すべてが一本につながりました。これはすべて自分のためであって、決して我々のためにはならないことを」
熊谷さんは一歩また一歩とゆっくりとワールドに向かって行った。
「ならばと思い、次来るときは彼らを操り、あなたを殺す計画を立てました。そこで海さんの脳の中に一時的に私との記憶を消す力を施し、後で私との唯一の関わりである海さんと慎吾さんの最初に出会った頃の写真を見て、もう一度行ってみたいという衝動を与えようとしたんです。見事に私の目論みは当たり、数ヶ月前来てくれました。その時に今度は彼の脳内にある彼の仲間達との交流をすべて一時的に消しました。そして彼の記憶が戻るころには我々は本部にいる。そして私は彼に頼んでAIをハッキングしてほしいと頼んだ。二年前に記憶を探った時に彼がコンピューターのハッカーだというのは知っていましたから。そして見事ディアブロ軍は残りワールド様一人という壊滅的危機に陥ったというわけですよ」
「じゃあ、あんたがこいつらにメールを送ったり、デビルを殺したんだね」
ファントムはワールドを鋭い目つきでにらんだ。
「ワールドさん、私はあなたのやりたいことが間違っていると知ったとき正直失望しました。まさか命の恩人だと思っていたワールドさんが私やホワイト、ダークさんにシャドウ、鶴見さんまで騙していたなんて」
「ファントム、失望させているのはどっちだい? 今の今まで私は君に一度たりとも失望感を味合わせたことなどないはずだ。君は私の誠実なしもべだと思っていたのは私の思い違いだったかしら。どうやら頭の切れる君にはもっと上質な餌を与えて、忠誠を誓わせるんだった。知ってたかい? 私は仲間には優しく接するが、一度でも土足で私の顔を踏みにじった者には容赦しないってことを。覚悟しなよ、ファントム。いや、熊谷誠司!」
「私は自分が正しいと思った道に進んだだけだ。あんたが何と言おうとこれは私の人生だ。あんたなんかが勝手に決めるなよ!」
「随分はっきりと物を言えるようになったじゃないか。最初は何にも無反応だったお前が。中学生の頃からずっと力の事でいじめを受け、人間に対し恨みを持ち、ひねくれてたお前が。私はお前の願いを忠実に再現しようとしただけだぞ。すべてお前のためにやったんだよ」
ワールドは睨み付けるファントムに対し子供を心配する母親のような目つきファントムを見つめた。
「五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い! あんたはそういって私達の人生を勝手に決め、自分勝手な理由をつけて人間という生物がいかに醜くて、憎たらしいものかを私達の心の中に作り出し、今日、この日人間を支配する、人間を見下す、人間を皆殺しにする、人間に復讐する。という自分が望んだ計画を自分は一切の手も下さずに遂行させようとしたんだ。すべては自己満足のため。私達には今までやってきたすべての事は一個たりとも身になった覚えはない! 私達はあんたのしもべじゃない! 私達もあんた自身も全員、あんたが憎んでいる人間なんだ! もう私達をほっといてくれ!」
「おいおい、実の親のように育ててやったこの私に牙を剥く気か? 私がいなかったらお前たちは一生人間以下の存在として私以上に奴隷のような過酷な労働をされてたんだよ。それに比べたら私の計画なんて…」
「そんなの、経験しないとわからないだろ。あんたが勝手に決めるなよ! あんたは…」
「その辺にしろ、熊谷。こいつにこれ以上何を言ってもお前の喉が嗄れる(かれる)だけだ。お前の思いは一生かかっても届かないだろうぜ。それじゃあ聞かせてもらおうか。何であんたがそんなに人間を憎んでいるのかを」
南君は興奮するファントムの肩に手を置き、落ち着かせるよう促した。
「そんなに言うなら教えてあげるわよ。私がなぜ人間を恨んでいるのか」
ワールドはフゥと息を吐いて淡々と話し始めた。
「私はね、自分が二十歳ぐらいになるまで自分の力の存在に気が付かなかったの。で、二十五歳の時に子供ができた。普通に旦那と息子の康彦と幸せな時間を過ごした。そう、まるで飛んでいくように時が流れたわ。でもそんな時間もあっという間だった。
康彦はよく失敗をする子でね。ジュースをこぼしたり、おむらししたりと私もいろいろと大変だった。最初の方は子供だから仕方がないかと笑って見過ごしてたけど、全く治る気配もないし、そういう失敗が毎日続いちゃったときについ嫌気がさして、この子はもういらない、殺したいって思っちゃったの。でも普通だったらそんな感情は息子との愛情が上回って消えちゃうけど、あの時にそんな感情は感じられなかった。ただ息子を殺めたいという感情に駆られた。ふと寝ていた息子の前で右手を前に出し、何かを潰すようにその右手をギュッと強く握りしめたその時、突然安らかに眠っていた息子の寝息が途絶えた。急いで病院に連絡したけど、もう手遅れだった。あなた達に分かる? まだ小学生にもなっていない初めての息子を自分の手で殺めてしまったこの気持ちが! それから先は不幸の連続だったわ。
旦那には本当のことを話しても信じてもらえず捨てられた。近所の住人からも人殺しと呼ばれるようになり、家の周りを囲む報道陣には自分の愛する息子をも手にかけた悪女だと取り上げられた。家を変えても変えても私はもう日本中に知れ渡った有名人、居場所なんてどこにもなかった。裁判でも死因が分からずじまいに証拠不十分で釈放、不起訴となった。一番安全に身を置けると思っていた刑務所にも入れてもらえなかった。
私は人間を憎んだ。もちろん自分の力もね。でも憎んでも何も起こらない。ふとしたきっかけで私と同じような子が他にもいることがわかった。私はその子たちに私と同じような思いをしてほしくないと思って、彼らを引き取って、息子同然ように育てたわ。ファントムやダークがその息子たちだったわ。これでようやく第二の人生を歩める時が来たと思ったわ。
そんな時だった。同じ過ちを私はもう一度犯してしまった。子供はね、3人引き取ったの。そのうちの一人を私は殺してしまったの。私はまた人生のどん底に落ちたわ。せめてもの償いで死のうと決意した残り二人を他の人に引き取ってもらった後でね。なのに、あんた達によって助かってしまった。息子たちは死んだのに私だけは何度やっても死ななかった。そして死ねないまま家に帰ると預けたはずの息子たちがアザだらけで帰って来てた。その時確信したわ。私のこの最強の力を使ってあんたらもろとも人間どもを地獄に送ってやるってね。あんた達の言ってた使い道の分からなかったこの最悪最強の力についに愛情を注ぐことを決意したのよ! そのあとは簡単だった。日本中にいた能力を持つ人間どもを集めて、餌をやって手懐けた。人間は悪という餌をね。後は私の思惑通りに私の願いを実行してくれると思ってたのにまたしても邪魔が入った。あんたの親友を二人とも殺してもまだ吐き気のする戯言を突き通すあんたが私の目の前に立ちはだかった。でもこれで最後よ。あんた達は私のこの死の力で今ここで地獄に落ちるのよ!」
ワールドは長々と話した後、突然声を荒げてこちらに向かって右手を出した。
「死ね、柊明日香! 死の囁き!」
「やめろ!」
突然、ワールドの鋭い視線で足がすくんで動けない私の前にファントムが立ちはだかり、そのまま地面に伏した。
「熊谷さん!」
私は急いで倒れているファントムに駆け寄った。
「今、助けますからね」
「ち、ファントムが庇ったか。まあいい、お前も私の計画を邪魔をした張本人だ、死んで当然だな。さあ次こそは…」
「そうはさせるか!」
ワールドを囲んでいたみんなが私を守ろうとワールドに向かって走り出した。
「ファイヤーボール!」
「ロックフェス!」
「薔薇の劔、ハアァ!」
「衝撃波!」
「辻斬り、フン!」
「居合、五月雨崩し」
「二回転ジェットキック!」
「ジャイアントストレート!」
「ウオオォ!」
ワールドは辺りを見回すと、両腕を横に広げた。
「そんなもの効くか。デスソリッド!」
ワールドの言葉と共に、ワールドの手から放たれた黒い霧のようなものが突進してくるみんなの視界を遮ったと思いきや、突然うめき声と共にみんながあちらこちらに飛んで行った。
「ほら、デスマスク!」
「明日香ちゃん、逃げて!」
どこからか叫び声が聞こえたと思うと、海が呆然と立ち尽くしている私を突き飛ばし、上から降ってくるワールドの黒い霧に飲まれた。
「海君!何で? なんでみんな私を庇うの!?」
二人の亡骸の前で涙を流していた時、動向を見開いたワールドが私を見つめていた。
「フフッ。あんたもすぐに行けるからね、みんなの元に。死の睡蓮!」
私の顔をワールドの大きな右手で覆いかぶされたと思うと、生気を吸い取られたように突然意識が薄れた。
後ろの方で私を叫ぶ声が聞こえた。真斗だ。
あの時とはまるで逆だね、悟。私、もう限界みたい…
私達の願いはもう永遠に叶わない…
ごめんね、みんな…
私の前に顔をのぞかせている真斗が完全に見えなくなると私の希望の光が完全に遮られた。