仲間
「どうしました、海君。さっきまでの威勢は?」
「お、おめえなんかに君づけされたくないね」
「そう強がっても、三対一じゃ相手になりませんよ」
海君は私の目と鼻の先で体中傷だらけのまま静かに立っていた。助けてあげたいけど恐怖で足がすくむ。このままでは海君が死んでしまう。この感情がもう五分は続いている。自分の無力さを初めて目の前で痛感した。もう立たないでと願ってもすぐ立ち上がる。私にはもう見てられなかった。
「俺は…こんなところで負けるわけにはいかないんだよ。まだこれから先たくさんの高い壁が俺達の行く手を阻んでいる。明日香ちゃんはこれからずっと振り返らずに前に突き進まなければならない。そのためにも俺がこんなところで死ぬわけにはいかないんだ! ウィンド…」
「フリージング」
海君が両手を前に出し風を生み出そうとした瞬間、海君の両手が一瞬にして凍り付いた。
「くそ、また氷か。あのロザリアってやつ」
「残念だったわね。私にかかれば何もかもが停止する。動物も水も草も風も。冷気、フゥ―」
ロザリアは顎を右の掌に乗せると海君に向かって息を吹きかけた。瞬く間に海君の血だらけの両足が地面に凍り付いた。
「さ、これで終わりね。ホワイト後は頼んだわ」
「はい。必殺ドロップキック!」
ロザリアの後ろから突然現れたホワイトは右足を胸のあたりまで上げ、左足で大きく地面をけり上げた。一瞬にして氷漬けで動けない海君の元に移動すると、上げた右足を一気に海君の顔面まで伸ばした。私はとっさに目を瞑った。
しかし何秒か待っても骨が砕ける音やうめき声は聞こえなかった。
ゆっくり目を開けると海君の顔とホワイトの棒のような右足との間に慎吾君が握っていた日本刀が挟まっていた。
「大丈夫ですか、先輩」
慎吾君は海君に背を向けながら尋ねた。
「全く、遅えんだよ。お前らのところに敵いなかったはずだろ。もっと早く来いよ。マジで死を覚悟したぞ」
「すいません、あなたが操作したAI達を呼び戻すのに手間取ってしまって」
「何だ、知ってたのか?」
「先輩がパソコンとか機械に詳しいというのは知ってましたよ。先輩はパソコンを操るとき僕でも知らないような専門用語を使っていましたから。でもあなたが記憶を失ったときは一時どうなるかと…」
「ああ、俺も最初は熊谷さんに言われて記憶を一時無くしてたんだ。嘘はすぐばれるから最初は本当に記憶を無くして、本部に着いたら記憶を戻してくれるってことでな」
「だから、淳平さんの時も助けられなかったんですね」
「ああ、ごめんな。俺もそれ聞いたのは記憶が戻った後だったから何もできなくて」
「いえ、いいんです。先輩が敵の陣地に潜入できたことで厄介だったAI達を仲間にすることができたんですから、きっと淳平さんも喜んでいるはずです」
慎吾君達はホワイトを見ながらほんのりと笑みを浮かべた。
「ち、あんたかよ。また変な奴が増えちまった」
ホワイトは突き上げた右足を地面におろし、今度右手のフックを慎吾君達に浴びせた。慎吾君はとっさにそれを刀で受け止めた。
「あんたも僕にとっちゃ弱いんだよ」
「これ以上、先輩を傷つけさせるわけにはいきません。拓郎さん、先輩の氷を溶かしてください」
突然どこからか飛んできた鈴木拓郎はサーカス団の一員のように口から火を噴き、あっという間に海君に張り付いた氷を溶かした。
「よし、溶けた。ホワイト、よくもさっきはやってくれたな。今頃命乞いしても遅いぞ。ウィンド…」
海君が右手を前に出したと同時にホワイトの後ろにいたロザリアが右手を前に出した。
「そうはさせますか、まとめて凍らせてやるわよ。アイスブリザー…アァ!」
ロザリアが手から吹雪を出そうとした瞬間、突然ロザリアの首から血飛沫が上がった。
「今いいとこなの。邪魔しないでくれる」
林檎ちゃんは首が切れたロザリアの後ろから退屈そうな顔でこちらを見た。
「よくも…この…私が…」
ロザリアは後ろから現れた林檎ちゃんの目を睨み付けたままその場に倒れ、動かなくなった。
「ロ、ロザリアさん! くそ~! こんなことで僕が負けてたまるか。僕が、この僕が〜!」
ホワイトは右手に目一杯力を入れ、目の前にいた慎吾達に思いっきり振りかぶった。慎吾君はそれをすんなりと躱し真一文字にホワイトの体を切り裂いた。
「辻斬り」
「サイクロン!」
「う…はぁああああ! ワ、ワールド…様…」
胸あたりが赤く染まったホワイトは海君の風の力でどこかへ吹き飛ばされた。
慎吾君が血の付いた刀を一二度振って腰の鞘に収めたとほぼ同時に右からボロボロになった南君とマークス君とAIが三体、そしてディアブロ軍を裏切ったファントムが、左の国会議事堂内からAIが四体現れた。そして正面入り口にいる私と真斗、林檎ちゃん、慎吾君に海君それとAIの鈴木拓郎が中央で佇むワールドを囲んだ。
「さあ、最後はあんただ」
隣で私を抱きしめながら真斗が私達に背を向けているワールドに言った。
「やれやれ、どうやら私の幹部達はまだ未熟者だったようですわね」
ワールドはしわになった右手を白髪交じりの頭の上に乗せ首を横に振った。
「ですが、最後の一人と思って私を甘く見ないでいただきたい」
そう言って帽子を深くかぶっていたワールドの顔があらわになった。
その顔は今にも沈みそうな夕日の光で血のように赤く染まっていた。