見えない敵
「ワールド様、着きました」
ワールドは黄土色のトレンチコートに茶色いソフトハット、ロザリアは深緑のトレンチコートに黒のマウンテンハットという映画に出てきそうなスパイのような恰好をして、ホワイトの運転する車から降りた。
「では行きましょう。シャドウとファントムに連絡を」
「はい」
ホワイト運転席から顔を出すや否やポケットから携帯を取り出し、どこかに電話を掛けた。
「皆さん、聞こえますか。ただいまワールド様、ロザリア様が目的地に到着した。シャドウとファントムは政治家らを外に誘い出してください。ダークと大沢君は門の両側を固めて無理やり出ようとする者を殺して結構です。ただし、首相だけは残しておいてください。後は外から入ってくる野次馬を食い止めていただくだけで結構です。ではシャドウとファントム、お願いします」
ホワイトは相手の回答も待たずに電話を切った。
「準備が整いました、じきに政治家たちが出てくると思います」
そう言った途端、議事堂内で発砲音が聞こえ、入口がバタンと開いた。中から何百人もの人が逃げ惑うように外に出てきた。が、ワールドがトレンチコートのポケットに入れていた右手を前に出したその瞬間、突然大声で議事堂内を駆け回っていた政治家達や記者らが姿を消した。
「何?」
「き、消えた!」
「どうなってるの? 声は聞こえるのに」
そこら中に恐怖で怯えている声が聞こえてくるが実体が見えず、正面にいた三人はただただ茫然とその場に立ち尽くすほかなかった。
「これは…まさか!」
ホワイトは何かを思い出したように手に持っていた携帯のプッシュボタンを押した。
「どういうことですか、これは? 政治家達が忽然と姿を消すとは。あなた方の仕業ですか?」
北門の前にいたダーク、岩城庄司、三門孝宗、小野寺実は姿を消した政治家達の代わりに後ろから来る佐藤南とアーサー・マークスにこの状況を尋ねた。
「いや、そのことに関しては俺達も知らねえよ。俺達はただここでお前らを止めに来ただけだ」
「そうですか。それよりたった今議事堂の方へ向かって行った人達は?」
「ああ、あいつらは俺達ディオス軍の戦闘員だ。ボスの近藤翔さんが淳平の無念を晴らすために動員してくれたんだ。気をつけろよ、全員砲術と剣術を身に付けている。ここには十人、議事堂内に二十人、南門には十人、正面入り口にも十人いる。今頃政治家達の保護に当たっているはずだが、透明でよくわからないな」
「そうデスね、何で透明になってるんデスか?」
「我々の方もそういう作戦は入っていませんでした」
突然、何かに気付いたダークがポケットから携帯を取り出した。
「思った通りのようですね。どうやら作戦を変えなきゃいけないかもしれませんね」
「で、どこにあいつがいるのよ?」
「えーと、どこでしょう」
慎吾と林檎は大沢海がいるはずの南門の前にいた。
「作戦を変えたのかしら」
「ですが、ディオス軍の皆さんによるとほかの場所には作戦通りの幹部が配置されているようですし、もしかしたら海先輩、記憶が戻ったのかも」
「じゃあ家に戻ったのかしら。でもAIはどうなんの? 正面入り口や北門にはAIいるんでしょ。じゃあ、ここにもいるはずでしょ?」
「いえ、それがAIは北門に三体、それと議事堂内には五体いてそのほかの場所には確認できなかったそうです」
「一体どんな配置の仕方してるのよ。だったらもう私達がこれ以上ここに居座る必要もないわね。正面入り口には幹部が四人いるんでしょ。そこに行きましょう」
「いえ、それが正面入り口には三人しかいないと」
「もう! どうなってるのよ。何かがおかしい…」
「ですね」
そして、正面入り口に移動しようとしていた二人にも一本の電話が届いた。
「あら、どうなってるの? 私はAIなんてニ体しか頼んでいないのに何で五体に増えてるのよ。ファントムとははぐれちゃうし、それに政治家達はあんたらに保護されたみたいだし。あんたら誰?」
「あなたが殺った淳平さんの部下ですよ、シャドウさん」
「ああ…あいつは最期まで威勢があって殺しがいがあったって感じだったわ」
「よくも淳平さんを…覚悟してください」
「あーはいはい、分かった分かった。それにしてもこのAI達はあの新人君のところに行ってるはずじゃないの?」
ロボット達はその場に立ち尽くしたままシャドウを見つめた。
「そうなんですか…あなたは誰ですか?」
ロボットの集団の先頭にいた孝宗は何も分からないというような表情を見せ、首を横に傾げた。
「は、何言っちゃってるの? まあいいわ、ちゃっちゃとこいつら殺しちゃって。私は一度正面入り口にいるワールド様に事の状況を説明してくるから。たぶん正面入り口にももう敵が入り込んでいると思うけどね。じゃ、ここはよろしく頼むわよ」
シャドウは孝宗の肩をポンと叩き、議事堂を出ようと走り出したが、ロボットの一人が彼女を引き留めた。
「あなた敵です。ここであなたを抹殺することが我々の使命です…」
「つまり、すべて知ってたっていうことね。じゃあやっぱりうちらの中に裏切者がいるっていうのは事実のようね」
「そうよ。誰かがメールですべて教えてくれたの」
正面入り口に着いた私と真斗は議事堂の玄関前でこちらに背を向けて立っている三人を見渡した。それはホワイトらしき人物と小柄な女性二人だった。
「あなたがワールドね」
「そうよ。久しぶりね、明日香さん」
「ねえ、自己紹介は後にしてくんない。早くこっちも対策を取らないと、あなたの計画が台無しよ」
「そうだな。ホワイト、さっき電話して応答しなかったのは三人だったね。その中で一番疑わしいのは南門にいるはずの新入りじゃないのかい。おいホワイト、奴を探してきな、逃げたら殺しても構わないよ」
「かしこまりました」
「待ちなさい、私達がここから逃がさないわよ!」
「明日香さん、随分と威勢がよくなられて日向悟と近藤屋良がいた時は弱々しい感じでしたのにね」
「明日香は下がってろ、俺が行く」
真斗は足を踏み出そうとする私を止め、前へ一歩進んだ。
「待って、私も…」
「真斗さんも下がっていてください、ここは我々が請け負います。あなた方は我々の希望である以上ここで死なせるわけにはいきません」
突然、後ろから屈強な男達が現れた。
「初めまして。私はディオス軍戦闘指令隊長の桑原です」
「ディオス軍の人達ね、でも気を付けて」
「たった今部下達を政治家の保護、およびAIの抹殺に行かせており、できる限りのサポートをしていきたい所存であります。しかしなぜかそのAIらがなかなか見つからず、今はほとんどここに集結させています」
「どういうこと、うちの優秀な部下たちがいないって? まさか裏切ったのは彼ら?」
「そんなはずありません、彼らは厳密にプログラミングされてて裏切るようなことは…」
遠くで聞いていたホワイトとロザリアは何かに怯えるようにワールドを見た。
「どうしますの? もしAIが裏切者だとしたら我々に勝ち目はないかも」
「ああ、その通りだよ」
私は議事堂の入口から聞きなれた声が聞こえた。それはあの人だった。
私達に背を向けているワールドらしき人物の肩がわずかに落ちた。
「やはりあなたでしたか…」