影の支配者と記憶の管理人
「初めましてかしら。私の名前はシャドウ、よろしくね」
「あなたがシャドウデスか。でもディアブロ軍の幹部がここにいるってことはやはり熊谷サンもあなた方の一員デスね」
「そうよ、彼の名前はファントム。私と同じ潜入捜査及び情報収集隊よ。あなた達気づかなかったでしょう。彼は変装のプロ、京都医学大学付属病院の医師として潜入したり、あなたのところの大家に変装したりして、ちょくちょくあなた達を監視して、ワールド様に情報を提供していたのよ」
「…」
「それに引き換え私はこんな能力があるけど、潜入はあんまり得意じゃなかったのよ。その分こういう戦闘で活躍しているのよ。ま、いつもは戦闘の脇役であなた達の戦闘を外からわからないように気配を消してあげてるんだけどね。今回久しぶりの主役での戦闘だからワクワクしてるわ」
するとシャドウは笑いながら足を前に出した。それと同時に五人は身を引き締め、いわゆる戦闘態勢に入った。
「まあまあ落ち着いて。私も不意打ちなんて物騒なことはしないわよ。それに今日あなたたちがここに来たのも偶然じゃない。彼の能力で今ファントムといるあの男の子の記憶の中にこの場所を強く記憶させたの。のちに彼が思い出してあなたたちをここに導くだろうって予測してね。では、ここで問題です。なぜ、ファントムはこんなことをしたと思う?」
シャドウが右手を横に広げると、その後ろから二体のAIが現れた。
「紹介するわ。小野寺実、APタイプは透明人間。それと三門孝宗、鏡を使った反射人間よ」
「ほう、新しい手下か」
「まあね。私一人でも十分だと思うけど念には念を入れってとこかしら」
「なら、もっと念を入れるべきだったな!」
淳平が懐に忍ばせていた日本のナイフを両手に持って、シャドウめがけて走った。
「随分と血の気の多い子ね。私はもっとおしゃべりしたかったのに」
「ハッ! おしゃべりなら南とかからたくさん聞いた。聞きすぎて飽きてたところだったんだよ!」
そう言って右手に持ったナイフを思いっきり振り上げた。
「終いだ!」
シャドウは避けようともせず、ただその場でため息をついた。
「孝宗、こいつはお前に任せたよ。私はもっと冷静沈着な子が好きだからね」
「かしこまった」
すると、AIの一体がどこからか丸い鏡を取り出した。
「反射鏡」
そう言った途端、突然鏡が輝き出した。
淳平は臆することなく、そのまま鏡に向かってナイフを振り下ろした。
ナイフはガラスに突き刺さって割れるかと思いきや、液体のようにナイフが刺さったあたりから波紋が広がった。淳平も違和感を感じ、急いで引き抜くと、まるで傷を癒すかのように周りの波紋が刺さった場所の中に吸い込まれた。
「何だ? あの鏡」
波紋が徐々に消えてくると突然刺さったあたりから神々しい光と共に何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
淳平はそれをとっさに受け止めた。それは横に大きく伸びたナイフの刃部分だった。それは鏡からほぼ直線上にあった淳平の心臓めがけて突き刺さろうとしていた。
「こいつは、俺の…」
「そうですよ。これはあなたがさっき私の鏡に向かって突き刺したナイフの刃、それをそっくりそのままあなたに返しただけです」
「ほう。これが反射の力か。なら、その鏡に当てなきゃいいことだろ!」
そう言うと今度は肩に下げていたライフルバッグから拳銃を一丁取り出した。そして今度はAIの足めがけて撃った。
「バァアン!」
サイレンサーが付いていない拳銃の銃声は違う部屋にいる熊谷や海にも聞こえるかのように大きな音を立てて、部屋中に何度もこだました。
しかしその銃弾はAIの足には当たっておらず、淳平の後ろの壁にめり込んでいた。
「シャドウさんが言ったはずですよ。私は鏡を操る者だと。私は鏡をどこからでも出せるんですよ。むやみに撃つと自分の急所に当たってしまいますよ」
淳平はAIに向けていた拳銃を下げた。
「ま、確かに危ねえな。だが今の二回の反射攻撃で分かったことがある。今のお前が出した攻撃はすべて俺の攻撃を反射したもの、つまり入射角度さえ分かれば簡単に避けられるってことだ。最初のナイフを刺した時は、ナイフの刃と鏡との入射角度はほぼ直線、だから反射も鏡から百八十度の直線上に返した。次の拳銃の時、俺の腕と手に持った拳銃の銃口はおよそ直線から三十度ほど下だった。だから反射した銃弾はお前の足から三十度上に跳ね返った。そうだろ?
それとこれは俺の推測だが、その鏡は攻撃を表面で反射してるわけじゃねえだろ。お前は俺の攻撃を鏡で吸収して、その中で攻撃の入射角度や速さ、強さを記録して自分が作り出した俺とそっくりな攻撃を放している。まるでコンピューターみたいに瞬時でな。しかも自分で作り出した攻撃だからいつ発射するかも自分で決められる。一回目と二回目で反射するタイミングを変えただろ。俺に隙ができた時を狙ったって感じだろ。どうだ、違うか?」
「それは私が答えなければなりませんか?」
「いや、それは自由だ」
「そうですよね」
AIは二ヤリと笑い、握っていた右手を開くと、鏡が掌に現れた。
「でも、一つだけいいことを教えてあげます。私の鏡は反射だけが脳ではないんです」
「おい、透明人間。消えてばっかじゃつまんないわよ。あんたも攻撃してこいよ」
「ホホホ、中々威勢のよろしいお嬢さんだ。でもこの状態で攻撃されたらいくら何でも受け流す、いや避けるので精一杯じゃありませんか?」
「そこだ、ハァ!」
「ホホホ。残念、ハズレですよ、青年。ほら、今のであなたの背後に隙ができましたよ」
シュッという何かを切り裂く音と共に、小さなうめき声が響いた。
「う・・・・・・」
慎吾のポロシャツの腕辺りが切れ、その切れ目から一筋の血が垂れた。
「むやみに動かないの。じっとしていればチャンスは来るから」
「はい、すいません」
「ホホホ、そんなことをしても無駄ですよ。あなた方は私を見つけることなく私に斬られて死ぬのですから。もうあなた方は袋の鼠です。もう逃げ場は…」
「あんたのその声、いつか命取りになるわよ」
「ホホホ、そうですか。ではあなた方に狩られる前にこちらが先に狩って差し上げますよ!」
AIはゆっくりと辺りを見渡して、相手の気配を感じ取ろうとしている林檎の後ろから刀を大きく振り上げた。
「ヒュッ…」
「そこだ!」
「ウッ!」
林檎が突然後ろを向き、刀を振った。
AIは思わず自分の胸めがけ放たれた太刀筋を頭の上まで振り上げていた刀で受け止めた。
「フン、こんなもんか透明人間。慎吾、ここよ!」
林檎は首で慎吾に合図を送り、刀を交えたまま、左足を前に蹴った。
何かに当たる音と共に、足で思いっきり踏ん張った様な音を聞くと、林檎と慎吾が一斉に前に飛び出し、音のした地点からの左右両側に回り込み、刀を真横に振った。二人は互いに見合いながら刀の先が何かに当たったのを感じ、今だとばかりに刀を勢いよく前に押した。その瞬間、大きなうめき声と共に何かを斬った感触を感じ取った。
「ば、馬鹿な…」
「フン、透明人間だったらもっと静かにしてよ。たとえ目が見えなくても丸聞こえなのよ」
「う…こうなったら…カモフラ―ジュ!」
「わ、私を斬ったことは褒めてあげましょう。しかし、あれが最後のチャンスです。今私は透明ではありません。擬態をしています。つまり何かに溶け込んでいるということ。これでもう…」
「うるさいわね」
林檎は構えていた刀を振り上げて自分の肩に置いた。
「お前が擬態したことは分かったから。わざわざそれの長所とか教えなくていい」
林檎の言葉に透明人間は口を閉ざした。
「それにしても、擬態ってことはつまり物の近くじゃないとダメって事でしょ。じゃあ部屋の中央にいる私達に攻撃できないんじゃないの? 全く、何考えてんのか全然わからないけど、とにかくここにある物全部斬ればいいんじゃないの」
「ここは僕に任せてください。要は人数が足りないってことですよね。なら…」
慎吾は突然部屋の中で口笛を吹いた。それで何かに気付いた林檎は天井高くについている天窓まで壁や物を踏み台にして一気に飛び、窓を開けた。
その瞬間部屋中にハトやカラス、スズメなどが一斉に入ってきて、慎吾の周りに集まった。
「これで何とかなるでしょう」
慎吾は天窓のふちに腰を下ろしている林檎を見上げ、にっこりと微笑んだ。
「あんた達が相手かしら。いい男ね」
「そいつはどうも」
「でも、たった二人で大丈夫? ワールド様やダークには劣るけど幹部の中では強い方よ」
「フン、そっちこそ仲間二人だけで大丈夫か?」
「余裕そうね。なら、遠慮なく行くわよ!」
シャドウは腰に下げた日本刀を二本引き抜くと一本を自分の足元に突き刺した。
そしていきなり南の方へ走り出し、手に持っていた刀を振り上げた。
南はそれを難なく躱し、空いた懐へ入り込み、蹴りを入れた。
するとそれを何かが食い止めた。
「何だ?」
そこには黒い何かがシャドウの影から手だけを出し、南の足を掴んでいた。
「これは私と一心同体のもう一人の私。ドッペルゲンガーよ」
シャドウは前に突き出していた刀を勢いづけて横に振った。
「フン!」
二人の後ろから大きな影が出てきた。それは巨大化したマークスの腕だった。
マークスはシャドウを押しつぶすかのように真上から腕を振り下げた。
「どうやら、相手も二人のようデスね」
「いいわね。最高よ!」
シャドウは刀を振るのをやめ、後ろに一歩下がると思いきや、今度は高くジャンプをして、マークスの頭めがけて刀を振り下げた。
南は足を掴まれた影に飛びついて、もう一方の足で影の頭部を蹴った。
影は怯むような仕草を見せ、その場から二、三歩退いた。
南は左足を軸にしてそのまま高くジャンプし、空いた右足で空中で刀を振りかぶっているシャドウの首を蹴った。
「フリップ」
シャドウがそう言った瞬間、体全身が黒く覆われた。
南が構わず蹴りを入れると、風船のような弾力で蹴りを跳ね返した。
「まさか!」
南は何かを察知し、急いで体制を立て直そうとしたが足元にはさっきまで影があった場所にシャドウが獲物に食らいつくような目で落ちてくる南を見上げていた。
「くそ、いつの間に!」
「言ったでしょ、私達は一心同体だって」
そういうと落ちてくる南の背中を思いっきり切り裂いた。
「ウワァ!」
「南サン!」
「ああ、そこの外国人君も気を付けた方がいいよ。そこには私の影が私とすり替わった状態のままでいるんだから」
マークスは何かに気付き、上を見上げた。するとそこにはマークスの頭めがけて刀を振り下ろそうとするシャドウの影があった。
「くっ!」
マークスはとっさに体を逸らし床に転がったが、大きくなった腕は避けきることができず、大きな切り傷が周りから赤く染まった。
「あら、随分俊敏なのね。あの状態で躱すなんて」
「ちゃんと…当たってマスよ」
「フフフ、私の能力は影よ。知ってるでしょ。影と本体は同じ動きをしなければならない。影っていうのは光さえあればできるものよ。つまりこの部屋のすべての物を私が操ることができるのよ。もちろんあなた達もね!」
するとシャドウの影が独りでに動きだし、倒れている南の方へ向かって行った。
「これで終わりよ!」
南は立ち上がって影が振り上げている刀を避けようとしたその時、
「ドカァァン!」
「な、何?!」
突然、シャドウの目の前を何かが通り過ぎていき、そのまま壁に激突した。
「く、そ…」
「実!」
「終わりましたよ、こっち。手伝いましょうか?」
シャドウが声のした方見ると慎吾がシャドウの影を受け止めていた。
シャドウは何かの気配を感じ、一歩下がって後ろを振り向いた。
「こんにちは、影さん」
「随分と強いのね、ファントムの情報通り。あなたが霧島林檎ね。丁度いいわ、あなた達もかかってらっしゃい、この私がまとめて相手してあげるわ」
「ウワァ!」
「どうです? 私の鏡の力は」
「く、ナメんじゃねえよ!」
淳平は持っていたナイフをAIめがけて、思いっきり投げた。
するとロボットの目の前に大きな丸い鏡が現れ、ナイフはそのまま鏡に飲み込まれていった。
「スティーリング。言ったはずですよ、あなたの攻撃は私には当たらないと。また私の武器が増えましたね」
「くそ。さっきまで鏡が反射するだけだったのに今度はどんどん吸い込まれていく」
「そう、これは吸収鏡。相手の攻撃を鏡の中に閉じ込める技。さっきまでの反射鏡とは違い、スピードも入射角度も変えられる。もちろん、いつ放つかは私が決められます」
「へえ、なかなかいい力じゃねえか。俺も欲しいぐらいだぜ」
「なら差し上げますよ。ほら受け取ってください、あなたの攻撃。反射光」
AIが突然空いた天窓の方を向いたかと思うと、そこから入ってくる太陽の光が鏡に反射して、淳平の目に飛び込んできた。
「う…ま、眩しい」
「そうでしょう、太陽の光だけに集中させていますから。目の前が見えずらいでしょう。この状況で私の鏡が吸収したあなたの今までの攻撃、受けきれますか? 吸収鏡、リリース!」
すると、鏡の中から銃弾やらナイフらが顔を手で隠している淳平のもとへ一目散に飛び出した。
「ウワアア!」
砂埃と共に淳平の叫び声が部屋の中にいた全員に聞こえた。
「淳平!」
「さあ、これで最後です! 反射光、強化」
孝宗は鏡からナイフや銃弾を放ちながら、自分の肩に鏡を出現させ、天窓の太陽光を淳平の方へ反射させた。
「く、これ以上食らうか!」
体中に銃弾やナイフをあちらこちらに受けながらもその場から張って、逃げようとした。
「逃がしませんよ、乱反射、万華鏡!」
すると、部屋中のいたるところに光線が飛び交った。
「う、眩しい。しかも熱い!」
「さあ、あなたの目を捉えたら最後、あなたの目を焼き尽くすでしょう」
「ピュウゥゥゥ」
部屋にいた全員が目を閉じていると、突然部屋の出入り口の方から強風が吹いた。
ゆっくりと慎吾が目を開けると、そこには熊谷と海が立っていた。
「先輩!」
海は何も聞こえていなかったかのようにそのまま部屋の中に入り、辺りを見渡した。
「敵ですね…」
海の言葉が部屋中で起こっていた乱闘を一瞬にして静止させた。
「どうやら、やっとのようだね。流石、怖いわね。うちの管理人は…」
シャドウは二ヤリと笑い、海の後ろで無表情で立っていた男に話しかけた。




