絶体絶命
「おい、もういいぞ。俺も行ってくる」
「何言ってんだ、お前はまだ俺の患者だ。俺がいいって言うまでどこにも行かせないぞ」
「だがよ、ここに五人いてもしょうがねえだろ」
「だから、しっかり治したら行っていいと言ってるだろ」
「大丈夫だ。俺はもう治った」
「何言ってるん…だ!」
真斗は丸岡君の背中を思いっきり叩いた。
「ウハァ、痛ってえ!」
「ほらな、まだ治ってない証拠だ」
「あんたの馬鹿力だったら誰でも痛たいだろ。とにかく、俺はもういい」
「ほう、そんなに俺の治療を受けたくないのか。手荒な真似はしたくないんだが、仕方がない。マークス君」
「ハイ、今押さえつけますね」
「いや、気絶するまで殴ってくれ。こいつは痛い目見ないと分からないらしいからな」
「分かりマシた。じゃあ淳平サン、行きマスよ」
マークス君は右手に力を入れて、丸岡君の顔面殴る素振りを見せた。
「ま、待て。分かったよ。じっとしてるから。な? お前のパンチなんか喰らったら、マジで死んじまう」
「分かってくれる人で良かったデス。僕は殴るという行為はあまり好きでは無い性分ナンで」
「それにしても、海君大丈夫か?」
真斗は南の方を振り向いた。
「大丈夫のはずですよ。彼もなかなかしぶといですから、死ぬことはないはずです。それより僕らは作戦を立てましょう」
「そうだな。今ある情報だけでも整理しておこう。たしか鶴見さんいやデスが組織のトップだったよな」
「ううん、ワールドっていう人がトップで鶴見先生はその幹部。で、その下に五人いて、そのうちの二人、守君と健太っていう子が死んで、残りは小森さんとまだ名前も知らない二人」
「他にもAIが数体、加藤一サンもその一人でしたよね」
「じゃあ、さっきの雷男は何だ?」
「普通に考えれば、残りの名前も知らない二人のうちの一人でショウ。でも新しい仲間やワールド氏の側近っていう可能性もありマス」
「ま、それは海君が戻ってからわかることだろう。で、敵の能力だが…」
「確か、箕輪健太サンが水、金子守サンが物体を動かす力デス。小森サンやほか二人、ワールド氏も不明。鶴見医師は…」
「教えてやってもいいですよ」
その聞きなれた声がした方に五人は一斉に振り向いた。
「あなたは…」
「久しぶりですね。皆さん、お元気でしたか?」
そこには二年前より更に老け、杖を突いていても過言ではない顔つきの老人が、しっかりと立っていた。その老人は私を見ると、しわがびっしりと刻まれた額を上げ、にっこりと微笑んだ。
「鶴見…」
「あれ、ボクもいるんだけど」
その老人の後ろには体格はいまだ子供のようだが、顔は幾分か大人びた三十代前後の男がいた。
「小森…」
「何の用デスか?」
「いや、久しぶりに一目見ようと思ってね。どうだね。ちゃんと人を救っているかね?」
「あんたに答える義理はねえが今ちょうど情報を集めていたところだ、外に行く手間が省けたぜ」
「まあまあ、そう焦らなくても私たちは逃げないから安心したまえ。それで、どこまで情報を掴んでいるのですか? 見事私らに勝てたら、多少の情報は教えてやってもいいですぞ」
「真斗サンと明日香サンはどこかに避難してくだサイ。恐らくここで一戦やり合うでしょうカラ。後で海サンと慎吾サンに家の被害の弁償をしなければいけませネ」
「分かった、怪我したら俺をすぐ呼べ、飛んでくるからな」
真斗は私の手を引っ張るとその場から立ち去ろうとした。
「無理ですよ。ここからは逃げられません。あなた方も是非とも我々の二年間修業の成果を見て行ってください。私はナイトです。戦闘が命ですからね、ここから逃がすわけにはいきません。それに我々、ディアブロ軍の技術力を駆使して作り上げた新しい兵器も試したいのでね…」
すると、二人の後ろからニ体のAIが現れた。
「お久しぶりです、皆さん」
「お前は…加藤一」
「こんにちは、柊明日香さん。病院の時以来ですね」
もう一体のロボットが静かに私に語りかけた。
「あ、あの時の」
「知ってんのか、あいつ」
「ええ、あの病院の騒動の時に会った、確か名前は…」
「鈴木拓郎です。以後お見知りおきを」
「ヒュッ!」
突然、後ろから果物ナイフが私の後ろ髪を切り裂いて目の前のロボットに飛んで行った。
「ふぅー!」
目の前のロボットはドラゴンのように火を噴き、ナイフを溶かした。
「いきなり、ナイフを飛ばすとは危ないですね」
鈴木拓郎は鼻から煙を出しながら、私の後ろにいた丸岡君をにらんだ。
「フン、名前なんてどうでもいいだろ。敵だって分かれば殺すだけだ」
「そうですか。では雑談はここまでにして、我々もあなた方の排除に全力を注がせていただきますよ」
「は!」
「ほらよ!」
鈴木拓郎は炎に包まれた剣を手に丸岡君に突進していった。
丸岡君は懐から小刀を取り出し、目の前に飛んでくる剣を左にかわし、スキができた、左わきを狙って小刀を突き刺した。
「な、何だ?」
小刀はAIの体内にのめり込む前に粉々に砕けてしまった。
「残念ですが私の体の硬度はAIの中で一番硬いのです。あなたの刃は決して私の体を貫くことはできません」
「ほう、なら機能停止するまで殴るのみだな」
「どうしました、佐藤先輩? あなたの速さはそんなもんですか?」
「軽々しく先輩と言うな。お前なんかもう俺の部下じゃねえんだよ」
「じゃ、そこどいてもらえますか? 僕は鬼庭先生夫妻に用があるんです」
「ほう、お前俺を見くびると痛い目見るぞ。今俺は久しぶりにイラついてんだよ!」
南君は勢いよく地面を蹴り上げ、空中を翼を広げて飛んでいる加藤一に右足の踵落としを食らわせた。その強烈な踵落としを翼で塞ぎ、そのまま、鋭い爪が生えた前足で南君の足を掴み、もう片方の前足で南君の体を切り裂いた。南君はそのまま地面に真っ逆さまに落ちた。不意打ちを掛けるように翼に生えた刃物のような鋭い羽を倒れている南君に向かって振り落とした。
「ウハァ!」
南君は地面にイエス・キリストのように磔にされていた。
「どうですか。僕が手に入れたこの鳥の力」
「なんなの、ロボット達も何かの能力を持ってるの?」
私と真斗はリビングの奥で寄り添うようにその場に立っていた。
「そんなバカな、人間が作り出した奴に潜在能力なんてあるわけないだろ」
「教えてあげましょう、真斗さん達の疑問の正体を」
「小森…」
「僕とデビルさんという研究の天才の方との共同制作でアーティフィシャルパワーという物を開発して、AI達に取り入れたんですよ。すごいでしょ。褒めてくださいよ、鬼庭さん! 僕達はついに最強の兵士を手に入れたんですよ。こいつらでワールド様の夢である世界征服も実現できるんだから」
「おい、誰が鬼庭さんだ。俺はお前の事なんて知らねえよ。それにしても、馬鹿だな。わざわざ人工でお前らの能力を作っちまうなんてよ。人間がもってるから、普通の人間は魅力を感じる。だから俺たちは明日香ような普通の人間では考えもつかないような希望を実現させてあげようと思った。だが、それがただの殺人ロボットがもっていたとしても何の魅力も感じない」
「大丈夫ですよ、全世界を征服するだけですから」
真斗はため息をついた。
「ふん、ほんとに馬鹿だな、お前ら。希望ってのは征服では叶えられない。希望だけではない、自分がやりたい、なりたいと思ったことも誰かの手助けがなくちゃ成り立つことはできない。そんなことも知らずに、お前らの言う希望は一生叶えられるはずはねえんだよ!」
「ほう、流石鬼庭さん。心に沁みますよそのお言葉。ではそれができるということを今から証明してみますよ」
すると、小森は左のポケットから何かを取り出した。それは試験管のような小さな管に入った液体だった。
「これは僕が作った薬、ハイドの秘薬です。これを飲むと、体のどこでも一定の時間、爆発的に強くなる。聞いただけだとすごい薬と思うけど、デメリットもある。それは一か所だけしか、強くすることができない。でもその代わり、その強くなれる場所は自分の意思で転移することができるという物だよ。僕の力は戦闘向きではない、だからこの力を存分に発揮して自分自身の戦闘力をサポートしなければならない。そういうことではこの薬は僕が発明した物の中で最高傑作といえる」
「そうか、薬に頼る奴なんかに俺は負けねえぞ」
小森はニヤリと笑い、液体を飲み干した。
「今の言葉、後で後悔しても知りませんよ、鬼庭先生!」
小森は勢いよく前に飛び出した。その瞬発力は凄まじく、あの鉛筆のように細い小森の足では決して耐えられないようなスピードだった。瞬きを一回しただけで、五十メートルほど先にいたホワイトはあっという間に真斗の目の前にいた。
「どうしました? 反応が遅いですね。僕はここですよ」
そういって、右手の人差し指を真斗の目の前に突き立てた。真斗はその指に恐怖感を覚え、目を瞑りながら身をかがめた。
「ドコッ!」
という石で頭を殴ったような、鈍い音がした。見ると、真斗は腰を抜かし、上を見上げていた。見上げた先には小森が指で開けたと思わしき、直径三センチほどの壁に空いた小さな穴を見つめていた。そして、視線を恐怖で顔が強張っている真斗の方へと向けた。
「よく避けましたね。あのまま何もしていなければあなたの眉間に風穴が空いていましたよ」
小森は指を壁からゆっくりと引き抜くと両手を天井高く上げ、勝ち誇ったように大きな声で笑った。
「どうです、お分かりいただけましたか? 私の天才的頭脳と進化した科学の力を」
「ウハァ!」
その叫び声で私は玄関の方を見た。そこには倒れたマークスさんと、マークスさんの前で仁王立ちしているデスがいた。
「失望しますね、どうやら私はあなたの強さを見くびり過ぎていたようだ。私とあなたでは持っている力にここまで差があるということを」
マークスさんの体は打撲の痕があり、全身が青アザだらけだった。
「言ったはずですよ。私の力は一種の催眠だと。いくらあなたの腕が巨大化して私をつぶそうとしても、その指令を送っているあなたの脳に意識を飛ばせば、あなたの体丸ごとを操ることができるのです。どうやら、あなたと私の力の相性が悪すぎるようですね。さてと、残りの人たちも片づけるとしますか」
デスはそのまま倒れているマークスさんを跨ぎ、こちらへ向かってくる。デスの視線が刺すように私を見つめくる。まるで、目の奥にある脳を見られており、何を考えているのか知られているかのように思えた。私は心の中で自分の死を悟った。もう、誰も助けてくれない。もう、私の願いはかなえることはできない。助けて…悟…
見てくださっている皆様にご報告があります。まだはっきりとした日時は未定ですが、五月から新作を投稿しようと思っています。よろしければそちらの方も楽しみにしていてください。