信頼と犠牲
「あら、その顔ではどうやら病院占領は失敗したようですね」
部屋の一室で物音一つ立てずに座っているワールドが伸一に向かって静かに檄を飛ばした。
「やはりそうでしょうね。敵は多いのです。こっちの損害は大きいことでしょう。相手の方は一度だけ復活できますから、損害はゼロです。あのロボット、いったいいくらすると思ってるのですか?」
「すいません。今度は必ず成功させて見せます。あのロボットたちを百体ほど一気にある場所になだれ込ませ、ある程度、ディオス軍らが集まったら、本当の目的である国会議事堂を私と幹部で制圧します」
「それは必ず成功しますか?」
「もちろんです。その為にあのロボットたちを改造してもよろしいですか?」
「そこまで自信を持っていうのであれば、あのロボットたちの改造を許します。しかし、それでも結果を得られなければ、あなたを殺させていただきます。心に刻み込んでください。あなた方の命は私が預かっているのです。私にはいつでもあなたがたを殺すことができるんだと」
「承知の上であります。では、失礼します」
鶴見が去ったあと、部屋にまた一人となったワールドはテーブルの上に置いてある、クロユリが浸かった水が入ったコップにアジサイを落とした。
みるみるうちに鮮やかな青色をしていたアジサイを漆黒の闇が包み込んだ。
「人を救うことは確かにいいことだけど、時に悪いことでもある。人を救うことによって、あなたの心は真っ白に輝いていて、他の人たちに生きる勇気を与えてくれることでしょう。しかし、ある人間は救われることを嫌がります。もし、あなたがそのような人間を救ったならば、あなたにはその人の呪いが降り注ぎ、あなたの心を徐々に黒一色に染め上げることでしょう」
「おや、どうしました? 箕輪健太さん」
「ワールド様。なぜあなたはあの者たちがお嫌いなんですか?」
健太がノックもなしに突然部屋に入ってきた。
「一言で申し上げますと、私はあの者たちに人生を大きく狂わされたからです」
「では、他の軍の人たちもそうなんですか?」
「さあ、どうでしょう。しかし、この軍にいるほとんどの人は理由は違えど、あの者たちを憎んでいるんだと思いますよ。まあ、本当のところはどうか知りませんけど」
「私が思うに本当に明日香さんたちを憎んでいるのはワールド様だけだと思います。ほかの幹部たちはあなたに忠誠を誓っていて、従わざる終えないのです。我々ディアブロ軍は本当は人殺しなどしたくはありません。しかしあなたのその力と残虐さに怯えて裏切ることができないんです」
健太は思い切って本音を口走った。
「では、健太さん。あなたはどんな未来を求めてこの軍に入ったのですか?」
ワールドは怒りもせずただ淡々と健太の話を聞いた。
「私は物心ついた時にはもうこの軍の幹部になっていました。デスが言うには、私がまだ幼かったころ、両親を普通の人間たちに殺され、その復讐を果たす為に、この軍に入ったのだと言っていました」
「そうですよ。あなたの場合はあなたの両親を殺した人間たちに対する復讐。そして、何よりあなたの両親が殺されることを知っていたにも関わらず、仲間だと疑われたくなくて、自らの力を封印した臆病者たちの抹殺です。我々はディアブロ軍しかいない未来を作ろうとしているんですよ。つまりあなたの目的は私と同じで、力のある者の抹殺なんですよ。さ、あなたの願っている夢ももうすぐ叶います。早く次の戦闘に備えてください」
「し、しかし、例の彼らは自分の力を世のため、有効に活用するものではないのですか?」
「人のためにができることには限りがある。彼らの身の一つや二つで世界中の人を助けようとしている。彼らは自分たちの力を過信しているのです。彼らがあんな行動を起こして、もし誰か救えなかったら、非難の目は私たちにも降り注ぎます。そうすれば、我々は自分たちの計り知れない潜在能力を存分に発揮することなく滅亡していくのです。せっかく他の人間どもとは違う力を神が授けてくれたのです。きっとこれはこの世に、今を生きる人間どもに革命を起こせという、神からのお告げなのだ。その神のお告げを遂行するためには、彼らの存在を排除する必要があるのです。納得頂けたかな?」
「はい。失礼しました」
健太は出て行った。
健太が出て行ったのを見届けたと、机の引き出しからオダマキを取り出した。
「フ、やはり幼児の時からえさを与えていれば、私のことが正しいと思う者なんですね。育ての親であるこの私が本当の両親を殺したとも知らずに。何の罪もない平凡な人間と、力のある人間を勝手に憎み、殺すなどとは。本当に人間というものは愚かで貧弱ものですこと。しかし彼もそろそろ真実に辿り着こうとしている。このままでは他の者たちの真実まで知られてしまい、私の目指している未来が叶わなくなる。早急に手を打たねばなりませんね、わが軍内で大反乱がおこってしまう前に…」
そんな会話を部屋の外から放心状態の健太が聞いているとも知らずに、ワールドは反乱防止の策を独り言をつぶやきながら淡々と練っていた。