薄れゆく信頼
「鬼庭さん、佐藤の奴どこ行ったか知りませんか?」
小森が俺に話しかけてきた。
「いや、どっかその辺に居るんじゃないのか。そんな事より新人救命士の方にもっと気を配ってやれよ」
「むちゃくちゃ気を配っていますよ。彼意外と働き者だし、もう自立しても十分かなと」
「おい、おい。まだここに来て数時間しかたってないぞ。もしもの時何かのやり方とか、ここの病院独特のルールを知らなかったら、お前の責任だぞ」
酒井真斗小森祐樹は病院内にある喫煙所でタバコを吸いながら、携帯を操作していた。
「それにしても、俺が事務員になっちまうとは哀しいな」
「仕方ないじゃないですか。鬼庭さんもうここ十年近くこの仕事で働いていて、もうお偉いさんですから。あなたが我々新人救命士に指示を出さなければなりませんし、年を重ねるごとに体力が衰えてきますから、わざわざ出向くこともあまりなくなるはずですよ」
「なんだよ。俺はもう退職か? 俺はまだ三十七だぞ。まだバリバリ働ける年だ。それとも何か、みんな俺がよぼよぼの爺さんに見えるってか?」
「いえ、そんなことはないと思いますけど…ね、そこはどうにか理解して、我々のような次の世代の救命士に受け継いでもらえると、この病院的にもいいんじゃないんですか。ほら、歳を取ると認知症とか、五十肩とか肉体的疲労の蓄積も多いですし、何しろ若い人の方が患者さんにとっては元気をもらえるっていうか、嬉しいんですよ」
「あ、そう。この病院はいつから新人医師の育成所になったんだ。俺のような一世代昔の奴はさっさと教える係に回って、体力面が少しでも欠けたら、とっととお払い箱行きってか? 冗談じゃねえ。いったい何年かけて高い金払って医学勉強したと思ってんだ」
「まあまあ鬼庭さん。あなたが明日香さんと一緒に人を救いたい気持ちは山々ですが、ここはどうか我々若い者にチャンスをくださいな」
「お、おい。 なんで知ってんだ、そのこと。俺はお前にはこのこと話したことないぞ」
「あ、いえ。あの…ほらご結婚する前よく明日香さんたちと一緒に救急車に乗っていて、鬼庭さんが患者さんを助けるところを明日香さんたちが見ていましたから」
「あ、何だそういうことか」
「おや、他に何か?」
「いや、いいんだそれで」
真斗は一瞬明日香たちと一緒に人を救っているところを見られたと思い、息をのんだ。
それとも小森はそのことを前々から知っていたのだろうか、と真斗が小森に違和感を抱いたその時、背後から俺の名を叫ぶ声が聞こえた。
「鬼庭さん!」
「真斗!」
左右を見渡すと、左の東口から佐藤南が俺を呼んでいた。そして正面入り口から、明日香と見知らぬ青年二人が真斗めがけて突進してきた。
「なんだどうしたんだ、お前ら? それに君たち誰だ?」
「よかった無事で」
「早く逃げましょう」
「外に変な奴が」
「あ、初めまして。明日香さんと行動を共にしています。京都大学ミステリー研究会の萩野慎吾です。こちらは同じくミステリー研究会の大沢海さんです」
真斗の質問に四人は同時に答えた。
「あ、ああよろしく。それと外に何がいるって」
次の瞬間、正面入り口のガラスが割れて、何十という同じ顔立ちの人間が侵入してきた。
先頭には本物の人間二人が拳銃を持っている。
「おいお前ら。今からこの病院いや、この世界は我々神の力を授かったディアブロ軍が占領する。おとなしくここを明け渡せ」
人間の一人が話すと同時に、地面が揺れた。
「うわあ!」
「きゃあああ!」
「助けて!」
「早く逃げましょう!」
明日香に連れられて、真斗はディアブロ軍が侵入してきた正面入り口から遠ざかった。
辺りを見回すと病院内に居たすべての人間が恐怖に怯え、病院中を駆け回っていた。真斗はその中で小森祐樹、大沢海、加藤一、そして偽人間を連れた人間二人だけが微笑んでいるように見えた。




