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鍵穴の人間  作者: 蒼蕣
脳が誘う幻想
38/83

過去の幻想

「ようこそ、過去の写真館へ」

小柄な男はそうつぶやき三人を館へ招いた。

中には壁中に写真が貼ってあった。

長方形のフレームにはめられた、白黒で映った父と息子のツーショット。

これまた白黒、今度は丸いフレームにはめられた戦争へと出向く夫を見送る妻。

今度は台形のフレームに囲まれたカラーで映った男女のキスシーン。

また三角のフレームの中に映った息子の大学卒業を祝う母親など、様々な色や形のフレームが写真の中の人間の様々な表情を美しく醸し出していた。

そんな写真に三人が見惚れていると店主が背後から声をかけてきた。

「お気に召されましたかな。これらはみな、ここを訪れた人たちの幸せな過去を私が彼らの心の中から探し出し、写真として写したものなんですよ。どうですか、せっかく来てくださったので自分の一番の幸せを写真に収めてみてはいかがですか?」

「おじさん、占い師かなんかですか?」

「いえ、ただ勘がいいだけです。あなたたちの表情と見た目で決めているので、時に間違ってしまうんですけど、滅多にありません。どうです一つ、騙されたと思ってやられてみてはいかがですか。お代は取りませんよ。気に入らなかったらそのままこの館に貼らせていただきますし、気に入ったらお買い上げいただいて結構ですので」

「よし。やってみようぜ」

海が即決してしまったことによって、残りの二人も参加せざる終えなくなった。

三人は奥の部屋に導かれ、椅子に座って待っているよう指示された。部屋は円柱と半球が合体した形でちょうど広島の原爆ドームのようなところでそこにステンドガラスがはめてあるどこか昔のヨーロッパの豪邸を連想させるような場所だった。

しばらくして、店主が奥の扉から出てきた。

「お待たせいたしました。準備が整いましたので、どうぞお一人ずつ中へお入りください」

そういうと中から扉を開き、空いている手で、奥へどうぞと合図を送った。

明日香はちょっと不気味という感情が現れ、行くのをためらっていると、横に座っていた海が席を立った。

「じゃあ、俺が最初で」

そういうと扉の向こうに足を進め、奥の部屋へと入っていった。

亭主は海が部屋に入ったのを確認すると、待合室に残った二人に軽くお辞儀をし、扉を閉めた。


しばらくしてから、海が嬉しそうな表情で扉から出てきた。

「おい、見ろよ。あのおじさんすげーぞ。慎吾と初めて会った時の写真が写ってる」

そういって、手に持っている写真を見せた。

そこには空に浮かんだ二人の青年が写っていた。一人は空中に浮いていて、もう一人は大きな鳥の上に乗っていた。二人ともすごく幸せそうな顔をしていた。

「たぶん僕も先輩と同じ写真をくれるはずですから、僕はいいです。明日香さん、先どうぞ」

明日香はゆっくりと立ち上がって、奥の部屋へと向かった。

「おい、なんでお前は撮りに行かねえんだよ。この感動がお前には伝わらないのか」

「あとで先輩のをコピーさせてもらいますんで大丈夫です」

「なんでだよ。お前には俺は友達じゃな…」

そこで二人の会話は途切れた。

奥の部屋も待合室と同じ造りでただ椅子が向かい合わせに並べてあることだけが違っていた。

店主に奥の椅子に座るよう言われゆっくりと座ると、店主の方もゆっくりと座り、いきなり流暢な丁寧語で自己紹介を始めた。

「改めまして、このたびは過去の館へようこそおいでくださいました。今回あなたの過去を映す役を担当させていただきます、熊谷(くまがや)と申します。宜しくお願い致します」

店主は軽くお辞儀をした後、

「では、さっそく始めたいと思います。まずあなたの氏名を教えてください」

「柊明日香です」

「では、柊明日香さん。このアイマスクを付けていただけますか?あなたの心を読み取らなければならないので、無心になっていただきたい。大丈夫です。いやらしいことは一切しませんから」

そういうと、そばの年代物の棚に置いてあったデジタルカメラを首に下げた。

明日香はアイマスクで目をふさぎ、瞼もとじた。

実際に時間を見ていないのでわからないが、感覚で五分程度たった後、店主に「できましたよ」と声をかけられた。

アイマスクを取り、手渡された写真を見ると、懐かしい光景が目に飛び込んできた。

悟と明日香。まだ悟が生きていたころの写真。ある駅のホームで人身事故を起こした女性を救ったの写真だった。女性の名前はたしか河田(かわだ)(しのぶ)、当時四十八歳。なんでも息子の後を追いたくて、自殺しようとしたらしい。。この人を救った時が一番幸せだったのだろうか、と明日香は疑問に思った。

「おや、そりゃあごめんなさい。私の勘もついに衰えてきてしまったかな。あ、お代はいりませんよ」

「い、いえ一応買っていきます。これもいい思い出の一つなので。もしかしたらこれが私の一番の幸せかもしれませんし」

「そうですか。では三百円です」

明日香は店主の熊谷さんに五百円玉を渡すと、「今お釣りをあげますので、どうぞ」と待合室を通って正面玄関に向かった。


「では、我々はこれで」

館の正面玄関にあるレジでお会計を済ますと三人は丁寧にお辞儀をした。

熊谷誠司(せいじ)はレジに慌てて代金を入れると、彼らを引き留めた。

「あ、お嬢さん。あなたの過去、素晴らしかったです。ですがこれからの人生何が起こるかわかりません。くれぐれも自分の最後の命、大切にしてください」

明日香は熊谷店主に何もかも知られてしまったと焦った。なぜなら、自分たちを見送った熊谷誠司の目は全てを見透かした、あの頃の悟のような誰かを助けたい、でも助けられないと訴える悲しい目をしていたから。

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