鳥人間と風男
「は~疲れた」
大沢海と萩野慎吾は明日香の帰った後で、部屋の後片付けをしていた。
「そんなこと言ってないでください。先輩がこうしようと言ってきたんじゃないですか」
「だってそうだろ。俺たちが見たことを当の本人に言わなくてどうする。俺たちもこの力の使い道に困っていたんだ。明日香ちゃんのやりたいことも俺は痛いほどわかる。そうだろ」
慎吾は黙り込んでしまった。
海はコーヒーを飲みながら、棚の上に立てかけてある写真立てを見つめた。
「俺たちは、人間たちに酷い仕打ちを受けた。俺たちは生まれてすぐ、両親に殺されそうになった。俺は物心が付いたころにはもう親たちはまるでこの世の物とは思えないような目つきで俺を見ていた。
俺は、そんな親が怖かった。だから、よく一人で勝手に家を抜け出し、途方に明け暮れていた。公園で見た楽しそうに遊んでいる子供とそれを温かく見守る親の視線が羨ましかった、ましてや嫉妬していた。
家に帰ると親が獲物を狙う獣のような目つきで、玄関先で仁王立ちをしていた。そして、いつも俺を縛り上げ、気が済むまで、俺を痛めつけた。俺はそれをひたすら耐え続けた。いつかきっと、人間のような優しい目に戻ることを祈って。
でも、何日、何か月、何年待っても変わらなかった。そして、ついに俺の存在に嫌気がさしたのか、ナイフで俺を刺した。俺は叫び声をあげながら、家の中に強風を生み出した。家の中は風で溢れかえっていた。ドアをぶち破り、窓ガラスを割り、壁に穴をあけ、家中の物は風で外へ飛んで行った。俺の親は吹き飛ばしたナイフが刺さってその場に倒れていた」
海は自分の過去を悲しい表情を想い浮かべ、ひと段落を話し終えると、コーヒーを静かに口へ運び、「フッ~」と一息つき、話をつづけた。
「そのあとは少し楽になった。獣がいなくなったからな。俺は逃げた。いけるとこまで逃げた。親を殺したのは正当防衛だったとしても、俺が悪いことをしたんだという自覚はなぜかあった。俺はこの風の力で、できるだけ遠くへ逃げた。
だが、獣に刺された傷が相当深く、一キロほど進んだ所で、地面に倒れた。血が、周りのアスファルトに染み込んでいった。あの痛みは今でも鮮明に覚えている。自分は死ぬのだろうと覚悟した。せっかく、獣から自由になって、新たな人生を自分で歩もうと思ったのに」
「気が付くと、俺は病院に居た。俺は天国かと思ったが、身体にまだかすかに痛みが残っていた。俺は誰がここまで運んで来たのかと思って、病院内を聞きまわった。そして、鬼庭真斗という救命士によってここまで運んでこられたことを知った。
しばらくして柊明日香、日向悟と近藤屋良という人達に助けてもらったことを知った。俺はさっそく、その人達を探し始めた。すると、彼らも俺と同じ不思議な力を持っていることを知った。そして、俺は明日香ちゃんに命を救われたと確信した。
俺は感謝の意味も込めて、彼らの仲間になりたいと思ったが、まだ、中学生だった俺を仲間に入れないだろうと思って、大人になったら彼らと一緒に世界を救うと心に決めた。その後はあの人たちをはるか上空から見ていて、彼らがどういう気持ちで、どうやって人たちを助けていたのかを観察していた。そんなときお前と会った」
また、海はコーヒーを一口飲んだ後、一息つき、怒りっぽい口調で語り始めた。
「だが、悲劇は突然やってきた。屋良さんと、悟さんが続けて死んでしまった。しかも、二人の一回目の交通事故と悟さんの二回目の交通事故は作為的だった。俺は、許せなかった。命の恩人をああも簡単に殺されるなんて、自分の無力さをひどく後悔したよ。お前もそうだろ」
というと、今度は慎吾に自分の過去を語るようふってきた。
「そうですね。僕は物心付く前にはもう親から見放されていましたから。気が付いたら、鳥達の巣の中。鳥たちの話を聞くと、僕が生まれたときにもう親は僕に絶望感を抱いていたらしいです。僕は、母のおなかからどういうわけか鳥の姿で出てきてしまったようで、生まれた瞬間、生かすか殺すかで大分迷ったようです。しかし、鳥の姿だったのはほんの一瞬であってすぐに人間の姿になりました」
「あれ? 慎吾君は確か鳥ちゃんたちと会話はできるけど、鳥の姿にはなれないんじゃなかったっけ?」
「はい。しかし、生まれたときは理由はわかりませんけど、鳥の姿だったようで…」
「ま、いいや続けて」
「というわけで結局は生かしてくれましたが、気味悪がってそのまま道端に捨てたようです。僕は無意識のうちに仲間を呼んで、小鳥たちと一緒に生活していたんです。
そして、行くところもやるところもなく、ただ鳥たちとのんびり暮らしていました。言葉は路上で話している人たちの話を聞いて覚えました。たまに、ゴミ捨て場から本や雑誌などを盗んで日本語を勉強しました。
僕は鳥にはなれません。姿かたちは人間なので、鳥たちと一緒に木の上で過ごしているところを人間たちに見られ、鳥男として怖がられることもしばしばありました。なので普段は人間同様、地面で暮らすようになりました。しかしその時になると、僕は既に鳥男として気味が悪られていて、僕に近づくものはいませんでした。そしてついに僕は猟師に命を取られました。しかし、僕はまだ生きていました。いえ、正確に言えば柊明日香さんによって復活させられたのです。こんな鳥男を見捨てず、復活させてくれたことがすごく嬉しくて、明日香さんの仲間になることに決めたんです」
海が残りのコーヒーを飲みほしてた。
「俺たちの過去もひどいもんだった。でも思い返してもしょうがない。過去のことは水に流すとまではいわないが、頭の片隅にでも置いとくんだ。たとえあの人生が苦しくて思い出したくなくても、身体ははっきりと覚えている。嘆いてもどうにもならない。だったら、この経験を未来に生かそうと思って、俺は命の恩人である明日香ちゃんの仲間になることに決めたんだ」
「それには僕も賛成です。ていうか、なんでこんな回想シーンに一人で入ってるんですか?」
「おい、それより今の俺たちの話、本にしたら売れそうじゃないか?」
「それを書いて、編集して、出版社に出していくのはどこの誰ですか?」
「それは勿論、頭のいい萩野慎吾君にお願いしたいな~って」
「バタン!」
萩野慎吾は、大沢海の意見を無視し、外へ出て行った。
暗黒に包まれた心を持っている、人間という恐怖の生物の棲み処へ。




