託した未来
明日香が死ぬまであと五分……
「今日も結構助けたな。救命士でもこんだけの人を救えることはまずない。いや、やっぱり人を助けた後はスッキリするな」
鬼庭さんが背伸びをしながら明日香と話している。
「ほんと、今日もいい仕事したね。日本の全国民を救うにはあと何年かかるかな?」
俺は一人、彼らの後ろを歩いていた。まだ、俺はスッキリしてない。助ける方法が全く見つからなかった。
「あ、見て。ボール」
嗚呼、時間が来てしまった。
「危ないな、あんな道路のど真ん中じゃ」
「タッタッタッタ」
後ろから誰かが走って来る。まだ、小学二年生ぐらいの男の子が走って来た。
箕輪健太八歳。八年後、拳銃を向けられた女の人を助けようとして、左胸を打たれ死亡。
きっとあの子の彼女が誘拐でもされてその子を助けようとして、自分が死んでしまうんだ。すごい勇気を持ってるな。
そうだ。そうだよ。
俺もあの子みたいに勇気があれば明日香を救えるかもしれない。
未来が変えられるかもしれない。
なあ屋良、お前だって明日香相手だったらこうするだろ。
俺は自分の心に鞭を入れた。
「プップー。プー。プー」
車のクラクションの音がする。
「あ、危ない」
明日香が道路に出ようとする。
俺はそんな明日香の手を引っ張り、歩道に戻し、俺はその勢いで道路に出た。今までにない爽快感を味わった。これが本当の俺の気持ち、本当の俺が大好きな人のためにやる最後の事。
なあ、屋良。俺やっぱりお前との約束守れないや。
俺はボールを持って呆然としている健太に覆いかぶさった。
「ガッシャアアン!」
ああ、これが俺の運命か。これが俺の最期に見た空か。神様、俺にこの能力を与えてくれてどうもありがとうございました。この能力のおかげで幸せな思い出が作れました。神様は俺のこの力の使い方に満足しましたか?でも今度からは何度でも生き返られる不死身の人に与えてやってください。
「悟! 悟! しっかり!」
明日香、俺はもう生きられない。初めて俺の力を俺自身に使えた。だから分かった。
俺は両足の骨、頭蓋骨が陥没しながらも、かろうじて意識があった。
救急車を呼んだ鬼庭さんに俺は屋良も果たせなかった二人の望みを託した。
「鬼庭さん。明日香を宜しくお願いします。明日香さえ生きていれば世界は救えますから。明日香を幸せにしてあげてください。それだけで俺と屋良は満足です」
俺は明日香の方を向いた。
「明日香、お前だけは必ず生きなきゃならない。たとえお前の仲間がバタバタと倒れて行っても前へ進め。不思議だな。大切な人を守って死ぬっていうのはこんなにも幸せなんだな」
泣きながら俺の手を握っている明日香の奥に俺の手から抜け出した健太が見えた。耳にマイク付きのイヤホンを入れながら誰かと喋っていた。そして話し終わると、かろうじて意識のある俺を見てあざ笑い、風のように姿を消していった。
五感のすべての感覚が薄れた俺は、「フー」と息を吹き、雲一つない蒼い空を見上げた。
「空は嘘をつかない。俺の気持ちを分かってくれたみたいだな」
ゆっくりと目を閉じると、全身の力が抜けた。最後まで動き続けていた脳が停止し、最期に心の時限爆弾のタイマーがゼロを指した。
これにて、第1章は終わりです。最後まで見ていただきありがとうございました。ここからは話の流れが大きく変わります。引き続きお楽しみください。