ゼロ…
「自分の最期の時間が過ぎるのってすごく早いね」
屋良の前には鶴見医師、明日香、鬼庭さんが絶望的な顔で見つめていた。
「悟ちゃんは来ないのかな。きっと怖いんだよ。自分で僕の寿命を言ったのに助けられなくて」
いや、俺はいる。屋良の声は聞こえている。
俺は病室の外の椅子に腰かけている。
俺は屋良の最期の姿はもう何度も頭の中で想像したから……もうこれ以上見たくない。ただ、最期一分前の時に訪れて、別れを言おう。そう思った。
「悟ちゃんに伝えてくれる? 短い間だったけど、本当にありがとう。これからは僕なしで、世界を変えていって。僕も応援してるから。それと、明日香ちゃんのことはやっぱり君に頼むよ。やっぱり僕じゃ明日香ちゃんを幸せにできないから。僕の分まで明日香ちゃんを守ってあげて。それと二年は長すぎるよって」
俺は泣きそうになった。ただ明日香と鬼庭さんは違和感を感じた。
「二年って何のことだ?」
鬼庭さんの質問に屋良は{クスッ}と笑った。
屋良が壁の時計に目を向けた。
「あと五分か。なに話そうかな。もう言いたいことは全部言ったし」
最期の一分前……
「よう、屋良。準備はできてるか?」
俺は病室の中に入った。
「遅かったね。もう悔いは全て話し尽しちゃったよ。悟ちゃんに伝えたいことは全て鬼庭さんか、明日香ちゃんから聞いて。あ、でも一つ死ぬ前に言いたいことがあるんだ」
屋良の酸素マスクが曇った。
「なんだ。あと三十秒だぞ」
俺は屋良の最期の言葉を聞いた。
「二年はいくらなんでも長すぎるよ。先生からもらったMRIでもうわかっちゃったよ。でも君が僕にしてほしいことはこの時間で分かった気がする」
屋良は深く息を吸った。
十秒前……
九……
「悟ちゃん」
八……
「二年間」
七……
「本当に」
六……
「楽しかったよ」
五……
「僕の」
四……
「明日香ちゃんを」
三……
「どうか」
二……
「大事に」
一……
「して……」
屋良が初めて涙を見せた。
ゼロ……
「ピー」
最期の音は機械の音だった。でも顔は笑っていた。
「屋良、本当にありがとう。俺の望みをかなえてくれて。それと、明日香はお前のじゃない、俺のだぞ」
四畳ほどの病室の中で声をあげて泣きじゃくる二人に対し俺は一筋の涙だけを屋良に授けた。